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中医学をマスターする5つのステップ

【著者のことば】『漢方医学概論』(加島 雅之 著)



【著者のことば】
『漢方医学概論』を読むために
加島 雅之

『漢方医学概論』


 『漢方医学概論』は,「はじめに」「おわりに」に書いているように,中医学の教科書を下敷きにしているが,その内容を,さまざまな流派が存在する漢方医学全体を理解できるように,また整合性のとれた内容とし,今日の日本での臨床応用がしやすいように整理・修正・再編している。ここでは,その主な変更内容を挙げてみたい。


■1.気の概念について

 中医学において,気は物質として定義されている。本書では,気を万物の基質としつつ,その働きを強調しており,生理学的には身体の働きやエネルギー全般を指すものとしている。物理学では,エネルギーは「物体が他の物体に対して仕事をすることができる潜在的な能力」であり,スカラー量とされている。気には,減少としての気虚,停滞に伴う量の増大である気滞,熱的側面の増大である内火,運動性の増大である内風と,その多少を表す概念はあるが,あくまで他の精気との相対的なバランスで認識されるものであるため,絶対的な量として数値化できない。このため,本書では絶対的尺度での数値化は行っていない。
 中医学では,気の作用を温煦作用と営養作用に分けて説明する場合がある。しかし,営養を別個とする場合,血や津液の営養との差異を説明することが難しい。また,気の作用から営養作用を除き,営気において営養作用が強調される場合があるが,気の基本作用にない唐突な表現である。したがって,本書では温養作用として,熱量・エネルギーの供給という概念としている。
 気の種類として,中医学では元気・宗気・衛気・営気を取り上げているが,本書では加えて,陽(陽気),神(神気)を取り上げている。これらは特に南宋代以降の基本的な精気の概念であるため,ここで気の基本的種類として取り上げている。
 気の病態については,中医学では気滞・気逆・気虚・気陥(他に気閉・気脱を含めることがある)を取り上げているが,本書では加えて,陽気の暴発である内火,陽気の虚損である陽虚,気の過剰運動である内風を基本病態として取り上げている。現在の中医学では内風は肝の病態の一部になっているが,歴史上はさまざまな病態に内風が想定されており,肝の問題が合併することは多いものの,必ずしも肝の病態の一部とは言えない。また,現在の漢方の直接の由来となっている明代医学は,朱丹渓学派を中心に金元医学を総合することで誕生している。朱丹渓学派の中核となる病態学説は風火痰鬱論であり,こうした観点からも内風を気の基本的病態として位置付ける必要がある。
 なお,気閉は,神気が外に発露できない状態(神気内閉)のことで,開竅法の適応となるものであり,気全般にわたる問題ではないため,一般的気の病態では取り上げていない。気脱に関しては,気の散逸による重症の気虚であり,大量発汗などによる気虚の要因および,病態の結果・状態としての脱証として取り上げている。


■2.陽気,特に相火について

 中医学の基礎理論では陽気についての議論を避けているが,陽気およびその供給源である君火・相火は,宋代以降の医学の中心命題であり,金元四大家がそうであるように,それをどう位置付け,どう対応するかによって論争が起こり,流派が生まれた。陽気が一般的な気と同一であるとすると,陽気の暴発である内火は気虚を起こし,気虚が内火を生じる(補中益気湯の気虚発熱)といった内容を説明することは困難である。このため,本書では陽気・相火を正面から取り上げ,理論の基盤となるものとして位置付けている。明代を通じて起きた複雑な解釈論や,現在中国で最も注目を集める流派である火神派も含めて整理・統合して理解するためにも,陽気を生理学・病態理論の中心問題として取り上げる必要がある。これは,中国のみの問題ではない。日本の古方派の嚆矢とされる名古屋玄医も,陽気・相火への対応により一家をなしている。また,後世別派およびその方法論的継承者であり,近代日本漢方の主要な流派である一貫堂医学を理解するためにも必要である。
 中医学の基礎理論では,陽虚は気虚の連続的な発展形としているが,臨床では気虚を経ずに陽虚を呈する場合もある。また,治療法としての補気法と補陽法はその内容において異なり,使用する薬剤も異なる。中薬学では,補陽薬は専ら性機能を高める働きを期待された生薬であり,附子や桂皮といった,補陽を目的として方剤に配合される生薬は散寒薬に分類されている。このため,本書では補陽薬を,附子や桂皮といった散寒作用を持つものと,中薬学で補陽薬として取り上げられている穏和な作用を持つものとに分離し,散寒薬については補陽作用を持たないものを中心に解説を行った。


■3.津液と陰液について

 陰液は,中医学では血と津液を合わせた存在として認識される場合がある。確かに朱丹渓『格知余論』に同様の議論がある。しかし,陰陽論としての気が陽に属し,血・津液が陰に属するという意味ではよいが,陰液と対をなす陽気は,前述のように通常の気とは分けて理解を要する存在であり,これらを同列に扱うことは難しい。補血作用を有する生薬の多くは,陰液を補う補陰作用を兼ね備えるが,生津作用を持つ生薬が補血作用を持つわけではない。このことからも,陰液を血と津液の総称として理解することは難しい。
 また,陰虚では組織の萎縮や内熱が生じるが,必ずしも粘膜の乾燥症状が出現するわけではない。逆に,粘膜の乾燥症状がある際に,必ずしも内熱症状や組織の萎縮が生じるわけでもない。このことから,狭義の津液と陰液は分離して議論することが望ましい。こうした問題からか,第8版統一教科書『中医基礎理論』では,津液を陰津・陰液と分離して説明する試みがなされている。しかし,診断概念の説明では,陰虚は八綱弁証の陰陽の項目で,津液不足は気血津液弁証の項目で取り扱われており,整合性のとれた説明とはなっていない。


■4.精気の生成・代謝について

 精気の生成・代謝については,歴史上,複数の異なる記述が存在し,また流派によって解釈が異なる部分もある。このため,中医学の基礎理論では明確な生成・代謝経路が示されていない。本書では,『素問』『霊枢』の記載のうち,後世に比較的広く認知され,明代医学と矛盾しない内容を機軸としている。さらに,相火・君火の代謝や,腎による肝血の涵養など,明代医学の主要な内容を盛り込む形で明確化し,理解しやすいように工夫している。


■5.血瘀と瘀血,水湿と痰飲について

 血瘀と瘀血について,中医学では明確に区別する場合と,同一視する場合とがある。本書では,血瘀に対する治法である活血法と,瘀血に対する治法である祛瘀法との対応,ならびにそれぞれの効果を持つ生薬との関係から,両者を独立して取り扱っている。
 水湿と痰飲に関しても,中医学ではその違いについての説明を避けている。歴史上,同一視した流派と区別した流派が存在するが,ここでは血瘀・瘀血と同様に,治法とその効果を持つ生薬との関係から,両者を区別して説明を行っている。


■6.各弁証の項目の範囲と相互の関係を明確化

 中医統一教科書『中医基礎理論』や『中医診断学』において,八綱弁証がすべての弁証の基本であることは強調されているが,その他の弁証(気血津液弁証や臓腑弁証)との関連性や範疇についての明確な記載は乏しい。また,八綱弁証における陰陽については,他の六綱の総綱とする一方で,陰陽失調や亡陽・亡陰といった概念の説明がなされるなど,取り扱う範疇に混乱があるとともに,臨床における分析的意義も不明瞭である。本書では,これらの問題を解決するため,八綱弁証の陰陽を全身状態の把握として位置付け,さらに八綱弁証を展開する形で他の弁証を位置付けることで,一体となった診断システムとして臨床で運用できるようにしている。


■7.治法の整理と階層モデルによる定式化

 歴史上,さまざまな治法が使用されてきた。その中で,中医学に採用されている治法についても,代表的なものであっても必ずしも十分に整理されているとは言えない。本書では,中薬学・方剤学の分類に採用されている代表的治法を中心に採用し,その関係と範疇を明確化している。さらに,各流派で用いられてきたさまざまな治法を網羅的に理解できるよう,自然言語モデルによる表記と,それを臨床応用できるようにするための階層化モデルによる定式化を試みた。


■8.生薬・方剤について

 中医学教科書で取り上げられる生薬や方剤は,必ずしも日本で一般的なものではない。このため,取り上げる生薬については,日本で一般に流通しているものを中心とし,また日中で基原が異なる場合には,可能な限りその旨を注記している。方剤に関しても,日本で一般に使用されるものや,伝統的に使用されてきた有名方剤を中心に取り上げている。


■9.日本漢方の経験について

 日本漢方のシステムと,そこで用いられる概念の説明を行っている。また,方剤に関しては,日本での方剤の運用が,中医学における運用法・位置付けと異なっている場合も多い。このため,本書では,日本での方剤運用の経験について,本書が示した体系の中での位置付けを示すとともに,その方意の解説を行うことで解釈の可能性を示している。このため,方意解説については,一般的な中医方剤学の解説とは異なる部分もある。




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