▼書籍のご案内-後書き

臨床経穴学

訳者あとがき

  『常用腧穴臨床発揮』として,4代100余年にわたる針灸の貴重な家伝が,実に系統的にまとめられて,中国で出版されたのが1985年のことであった。本書の出版に対する反響は非常に大きく,特に針灸臨床家の本書への評価は高かった。比較的容易に内容が把握でき,さらに実用性に富んでいることがその理由である。中国国内では再版されるたびに直ちに売り切れとなって入手が困難であったことからも,その高い評価がうかがえる。
 私も読後に深い感銘を覚えた1人であるが,その感動を1人でも多くの日本の仲間に伝え,共に臨床に活用していきたいと考え,いくつかの研究会で連続講座を設け,2年にわたり本書の内容,特徴を紹介した。研究会用の資料づくりから計算すると8年余の歳月を費やしたことになるが,ここに本書の全貌を日本語訳によって紹介することができる運びとなった。
 著者の前言では「経穴の効能と治療範囲について述べた部分,経穴の効能が湯液の薬効と同じであり,針をもって薬に代えうることについて述べた部分,弁証取穴の部分,そして古典と歴代の経験について行った考察」,これらの内容が本書の精髄であるとしているが,その精髄が[臨床応用]のなかに実にうまく反映されていることに感銘を受けた。本書は臨床家の手引書としての価値が高く,弁証治療の妙味が少数穴(処方)のなかに実にたくみに反映されている。
 本書の内容は膨大であり,ページ数もかなりある。どこからどのように読めばいいのか,臨床の手引書として活用するには,どのように活用すればよいのかを,読者自身で考えていただきたい。まず前言にある本書の組み立ておよびそれぞれの位置づけを参考にするとよい。学生および初学者は,まず総論を熟読し,各章の概論を読み,ついで全穴について[本穴の特性]の項を読むと,中医学の生理観,病理観,および病理と経穴効能との関係を把握することができる。生理観,病理観,弁証論治の学習ができている人は,これらを前提として[配穴]の項を参考にしながら,[臨床応用]の項を学習することができる。病証と処方構成との関係を意識しながら考察すると,本書で紹介されている処方を暗記することなく,自分で処方を構成する力が養われる。ただし本書で紹介されている湯液処方の効能に類似する針灸処方ぐらいは,処方構成意義を比較し熟考したのち,頭に入れておくことをお薦めする。
 針灸治療と湯液治療とは,その生理観と病理観,弁証は共通しており,治療手段として外治法,内治法の違いがあるだけである。またそれぞれの特徴および優位性がある。本書の特徴の1つとして,この前提のもとに,針灸治療の可能性について針灸サイドと湯液サイドの両サイドを比較しながら臨床的,文献的な研究を行い,針灸医師として薬を用いないでどこまで多くの疾患や病証の治療が可能なのかを提示している。そのため本書では湯液の経典の1つである『傷寒論』の条文に対して,深い考察が行なわれており,またこれらに対する針灸サイドからのアプローチを紹介している。「穴は薬効のごとく針をもって薬に代える」というテーマに対する検討が,本書の精髄の1つとされていることもうなづける。 
 また本書では[症例]を多数紹介しているが,この多くの症例を検討することにより中医針灸学の理・法・方・穴・術という一連の流れを把握し,4代100余年にわたる李家家伝の学術思想の一端をうかがうことができる。さらに本書の各所で述べられている臨床的な見解が,どのように症例報告中に反映されているかを考えていただきたい。
 本書で用いている手技に関しては,まず冒頭の[説明]の項をしっかり把握しておくとよい。著者の指摘にもあるように,本書で提示している補潟手技はけっして複雑なものではなく,比較的容易に再現することができる。ただし最終的には熟練を要する。
 訳者にとってとくに興味をひいたのは,[古典考察]の項であった。日ごろ時間がないことを口実に,つい古典研究にあまり時間をさけなかったが,本書の訳を通じて私自身多少なりとも古典の学習ができたつもりである。特に著者に敬服するのは,古典研究の目的が臨床のためとはっきりしており,また臨床を通して古典を再考察し,自身の見解を明確に提示していることである。古典研究の1つのありかたを実践により示してくれている。
 以上,本書の組み立てと感想を述べたが,なんども本書を学習・研究・応用することによって本書がもつ系統性,一貫性,実用性を読者にも感じていただきたい。
 現在,中国では針灸処方学という新しい領域を構築するために,非常に多くの古典文献の整理が行なわれている。これは古典臨床書のなかに散在している針灸処方を整理し,古人がどのような病証に対して,どのような角度から,どのような治療目的で,どのような経穴を選穴配穴して処方を構成しているのかを研究する領域である。この研究を通して,それぞれの経穴がもつ効能およびその臨床応用の可能性はいっそう明確になることであろう。本書はこのことを研究テーマとし,さらに家伝を公開していることも含めて,先駆的役割をもつ専門書であるということができる。本書では[歴代医家の経験]という項を設け,古人の経穴に対する臨床的な認識・経験を広く紹介していることからも,このことがうかがえる。本書の学習を通じて,古典臨床書を解読する力がつけば,大いに古人の臨床経験を学ぶことができる。最後に多くの針灸臨床家が本書を座右の書として活用し,臨床に励まれんことを希望してやまない。

兵頭 明
1995年1月吉日