▼書籍のご案内-後書き

『針灸三通法』

あとがき

近年,中国針灸の国際化,標準化が進み,世界各国からたくさんの人が中国に来て中国針灸を習うようになった。さらに,ヨーロッパやアメリカでは針灸の治療効果に対して高く評価されるまでになってきている。日本でも,中国針灸を用いて難病を治療するなど,中国針灸に対する理解が深まり,普及しつつある。
ちょうど4年前,私はある学会の講演会で東洋学術出版社の山本勝曠社長とお会いし,中国科学技術文献出版社から出版された父・賀普仁の著作『針具針法』を翻訳出版しないかと相談を受けた。じつは十数年前から,私は『針具針法』の日本語版を考えていた。しかし,当時の日本では中国針灸に対する認識がまだまだ足りず,中国針灸の理論を身につけなければ中国針灸の有効性を充分に発揮できないだろうと思い,『針具針法』を日本で出版するのは時期尚早と,断念していた。しかし,今なら大丈夫だろうと思い,翻訳出版の打診を受けてすぐに,著者である父・賀普仁に連絡をした。父は,「日本の鍼灸師が,この本を通じて中国針灸の多種多様な針具,針法の活用を理解し,中国針灸の真髄を認識して,臨床効果を引き上げることができ,日本の患者さんのために役立てば幸いだ」と述べて,快く日本語版の出版を許可してくれた。

針灸療法は中国伝統医学のなかで重要な部分を占めている。そして,針具針法は針灸療法の根幹である。賀普仁は大量の古典文献や現代資料,60年にわたる臨床経験をもとに,『針具針法』を書き上げた。本書では,針具・針法および手法の臨床応用,内功・指功の基本練習法を紹介している。中国針灸に対して,賀普仁が果たした最大の貢献は,「病には気滞が多く,法は三通を用いる」という中医病機学説を打ち立てたことと,「賀氏針灸三通法」という針灸治療体系を創立したことである。
「賀氏三通法」とは,配穴と経絡の関係や,気血運行の調節原理にもとづき,臨床上の「滞」と「通」に注目し,異なった疑難雑病の治療方法を総合した学術思想と方法学の体系である。それは,たんに3種類の治療方法という意味ではなく,賀普仁は,中医薬学・針灸医学に対して深く理解し認識する,ということも含めていたと思う。「賀氏三通法」は,針灸理論の研究,治療手段,操作手法および針具など,多方面において新機軸を打ち出し,多くの臨床経験を重ね,確実に成果をあげて成し遂げられた針灸医学の結晶である。なかでも,伝承が絶えた火針療法を発掘して,中医理論と古典文献の記録より自ら針具を製作し,研究と実践に身を投じて検討したことは特筆される。そしていまでは,火針療法は臨床において幅広く運用され,大きな成果をあげている。
中国政府は,中国針灸に対する賀普仁の貢献を高く評価して,2007年,中国初の非物質文化遺産針灸伝承人(日本の人間国宝に相当)に認定し,2009年には中国国医大師にも選定した。著者・賀普仁は私の父であり,偉大な大先輩であり,そして師匠でもある。師弟として,師匠の業績を受け継ぎ,向上させていくためには大きなプレッシャーがかかっているが,私は臨床経験を通して,「賀氏針灸三通法」以上に,便利で,即効性があり,効果の高いものはないと確信している。そのなかでも,特に切皮の重要性を知り,ツボの大切さを深く学んで十分に活用されることを願っている。今後,熱心に中国針灸を探索し,虚心に学問を研究する針灸同志の協力を得ながら,本書が日本における賀氏三通法の普及や発展を更に推進する一助となるように心から希望している。
末筆ながら,この本の翻訳のために尽力してくださった,鍼灸師であり,優秀な翻訳家でもある名越礼子氏に,感謝の意を表します。また,出版にあたってお世話になった東洋学術出版社の山本勝曠会長はじめ井ノ上匠新社長,出版に関わってくださった関係者のみなさまに,心から厚くお礼を申し上げます。

精誠堂針灸治療院院長  賀 偉