▼書籍のご案内-後書き

『漢方診療日記―カゼから難病まで漢方で治す―』

あとがき
 

 「詩においては『孤絶』を尊び、学問の道は『孤詣独往』を尊ぶ。ひとり雲山万畳の奥まで道を極める」
 漢字学の泰斗、白川静先生の言葉です。伝統医学を学ぶうえでも例外ではありません。経方、後世方、中医学の学術思想を学び、優れた先達に倣うことは基本的な姿勢ですが、患者さんを前にして、一つの思想に固執するわけにはいきません。漢方治療に垣根はないのです。「スッタニパータ(仏陀のことば)」にも、「犀の角のようにただ独り歩め」とあります。臨床家は、その時々で苦しみ悩み、最後は自分自身の責任で最適と信じる学術治法を追求するしか道はないでしょう。
 二〇〇二年十二月(『中医臨床』冬号)から連載が始まった「私の診察日記」は、このような気持ちに立って、臨床の現場で悪戦苦闘した記録です。あらためて振り返って視ると、一つ一つの情景を思い出し感慨深いものがありますが、同時に当時の私の思考回路と古典解釈に対し、今では乖離や錯誤を覚えるケースがないわけではありません。しかしその時々の臨床記録として、今回の書籍化にあたって敢えて訂正は加えませんでした。どう考え、何をしたのかという事実は、変わらないからです。
 執筆に際しては、できるだけ漢方治療における私自身の思考回路と、治法選択の根拠を記載することに努めました。また同時に読者が一緒に診察に参加できるように、診療風景の情景描写に意を注いだつもりです。
 本書の出版にあたり、妻の厚子、親友の法橋正虎氏(思想史学者)、同朋同行の坂井由美さん(編集部)、山本勝司前社長(会長)、井ノ上匠社長を始め多くの皆様のご協力に、深く感謝いたします。

二〇一〇年三月

  

風間 洋一