▼書籍のご案内-後書き

[チャート付]実践針灸の入門ガイド

あとがき


 1995年,残暑厳しい北京の9月。当時,私は,中国・大連で1年間の中国語研修を終え,北京に移って来たばかりであった。北京中医薬大学で中医学を学ぶためである。
 北京中医薬大学の教室には,日本語,英語,韓国語,スペイン語などの様々な言語が飛び交っていた。私には,まだ国際針灸班の私と同じ立場の留学生はもちろん,北京に知人もなく,不安と期待,希望が交差するなかで,最初の講義となる「針灸学」の先生が教壇に到着されるのを待っていた。
 私は,2年目にしてようやく中医学の勉強を本格的にスタートできる嬉しさも感じていたが,正直なところは,専門用語の多い中医学の講義を中国語で受けて,講義についていけるのかと不安のほうが大きかった。
 ガチャッとドアが開き,教室に入ってこられた「針灸学」の先生が,本書の原著者・朱江先生だった。朱江先生は,簡単に自己紹介をされたあと,自分が以前日本に滞在されていたときの経験,日本語が話せることなども話され,日本人である私は非常に親近感を覚えたのを鮮明に記憶している。
 その後の北京留学期間中,朱江先生には,中医針灸について多くのことを教示していただいた。なかでも北京留学2年目からは,週に一度,個人的に特別講義を受けさせていただいた。ふだんは講義のない時間に,朱江先生の研究室で補講していただくものだったが,夏期休暇や冬期休暇には,先生のご自宅にまで押しかけ個人講義を続けていただいた。
 個人講義では,「弁証実践練習」という目的で,主訴・年齢・性別症状・病状経緯などが4~5行にまとめられた病案を渡された。私は,その場で患者に対しているつもりで,分析・診断し弁証を組み立て,導き出された弁証にもとづき治療法則を定め,治療法則にもとづき治療に用いる経穴を選択し,さらに経穴に対しどのような手技を行うかをレポート用紙にまとめていった。ここで一番難しかったのは,すべての症状を1つひとつ中医学的な角度から病因病機を考え,図で表し説明することだった。私なりの弁証,治療法則,選択した経穴や病因病機図を記した答案を作成し,朱江先生が赤ペンで訂正しながら,解説してくださる形式の個人講義であった。この講義は,1年近く続き,当初はほとんど書けなかった病因病機図も徐々に正確に書けるようになり,それに比例して私の弁証する力,正確性がともに向上していった。ここで学んだ図解による繊細な弁証方法は,今日,私の臨床の礎になっている。
 本書の原著『実用針灸医案表解』は,2000年9月に中国で中医古籍出版社から出版されたものだ。じつは,私の「弁証実践練習」講義の際に使われていた教材資料が,当時,朱江先生が執筆中であった『実用針灸医案表解』の原稿であったという経緯もあり,私個人としてもたいへん思い入れのある本である。東洋医学全般,特に針灸に携わる者にとって,中医針灸の基本的な弁証論治法がシステマティックに図解された本書は,日々の臨床上での弁証論治の実践に非常に参考になり,とても心強い。
 20世紀なかばまでの中国では,現在の日本のように,針灸や漢方薬を使う医師にも多くの派閥や流派のようなものがあった。しかし中医学が大学教育に組み込まれるにあたり,多くの中医師が専門用語などの統一に努め,中薬の名称,経穴の名称と位置,弁証論治,治療法則など中医学全体の基礎が統一され,中医学を体系的に学ぶシステムが作られたのだという。日本でも同じように,針灸学の基礎や基本の部分はしっかり統一し,横のつながりが生まれるようになることを私は願う。
 
 「病因病機の解説」図のなかの中医学用語については,細かく文章化してしまうと,図解のもつシンプルなわかり易さを損なう恐れがあるので,あえて翻訳していない。しかし,わからない中医学用語に対して1つひとつ読者が中医学辞典で調べていると膨大な時間を費やしてしまう。そこで,原著にない「図の説明」の項目を設け私なりの図解の解釈を執筆し,さらに本書に出てくる内容に限った中医用語辞典として活用していただけるよう,巻末に「訳者注釈」をつけた。

 最後に本書の翻訳にあたり,お世話になった山本勝司会長をはじめ,編集部の方々,快く私に翻訳させてくださった朱江先生に感謝します。

訳者 野口 創