▼書籍のご案内-後書き

「証」の診方・治し方-実例によるトレーニングと解説-

あとがき


 この本の元となった『中医臨床』誌の「弁証論治トレーニング」コーナーはもう75回になりました。この間,大勢の読者に深い関心をもって愛していただいたこと,東洋学術出版社が重要なコーナーとして全面的に支援してくれたこと,そして私たち執筆者もそれに応えて努力したことから,順調に回を重ねることができました。まず執筆者の立場より,熱心な読者と,出版社の山本会長,井ノ上社長,編集者の森由紀さんおよびその他の協力者に心より感謝します。
 弁証論治は中医学の歴史と発展の結晶であり,中医治療学の精髄です。長年の弁証論治の実践は中医学の存在意義と価値を表しています。その意義と価値は次のとおりです。まず,弁証論治は中医学の全人観によって人間の疾病を観ます。そして,望・問・聞・切の四診および耳診・爪甲診・人中診などの特殊診察法により,病気のすべての情報を把握し,確実な疾病の情報によって証を立て,それに対する治療を行います。これは「頭痛医頭」「足痛治足」の局所療法から脱却し,患者の体質改善と病気の治療を含んだ,全面的かつ根本的な治療ともいえます。特に生活習慣病が多発している現代の高齢社会に対して,弁証論治は重要かつ現実的な意義があります。これに対して,西洋医学の診療は病気の原因を細胞・DNAのレベルまで追求し,異常があれば治療します。しかし,異常がみつからない場合,ほとんどが「要観察」のまま放置されることが多いです。そのような半健康者(症状はあるが,検査すると異常が認められない)に対し,弁証論治では積極的に治療することができます。このような西洋医学的治療の不足を補完できる中医弁証論治の治療価値は今後ますます証明されていくことでしょう。
 本書で紹介している症例は75回分の「弁証論治トレーニング」コーナーからの抜粋です。紙面には限りがあるため,一部の症例は割愛せざるをえませんでしたが,これについては続篇に期待していただきたい。本書は症例を中心にして,臨床応用・病因病機・弁証理由・治療原則・中薬・方剤・経絡・経穴・手技など多岐にわたってわかりやすく解説をしているので,読者の理解と学習の一助になることと思います。中医弁証論治のトレーニングはこの本から始まります。これからもより多くの読者が弁証論治を熱心に学んでいかれることを心より祈っています。そうすることで日本における本格的な中医弁証論治は深く根付き,きれいな花を咲かせ,大きな実を結ぶことでしょう。

2012年夏 呉澤森


 季刊『中医臨床』「弁証論治トレーニング」コーナーは1994年からスタートして,今年で75回を超えました。
 私はコメンテーターのひとりとして,1995年の第6回目からこのコーナーを担当させていただきましたが,正直にいえばこれほど長く続くとは想像さえしていませんでした。この間,日本語の微妙な表現の難しさに悪戦苦闘することもありましたし,日本と中国の事情の違いを深く考えなければならないこともありました。しかしながら,日本全国の多くの読者の方々の中医学を学ぼうとする情熱に励まされ,また支えられて今日まで続けてこられました。全国の読者の皆さま,特に忙しい仕事の合間を縫って,一つ一つの出題症例に対して,真剣に分析しながら「弁証」と「治療」へのアプローチをしてくださった方々には,感謝の思いでいっぱいです。皆さまの貴重な投稿により,一つの病案に対してさまざまな観点からのアプローチができ,コーナー自体もよりダイナミックに展開することができました。心より感謝しています。また,長年の間,中医アドバイザーの場所をご提供くださり,コーナーへ症例提示のご協力をしてくださった日本漢方大家の桑木崇秀先生,菅谷クリニック院長の菅谷繁年先生,吉永医院院長の吉永和恵先生をはじめ,多くの諸先生方にもこの場をお借りして心より感謝を申し上げます。
 医学書で得た知識を自らの臨床経験に変えていくには,絶えず訓練や実践を繰り返さなければなりません。その点からいえば,このコーナーは「畳の上の水練」かもしれませんが,一つの練習の場として深い意味があります。しかし,実際の臨床では,症状の真偽もあり,証の挟雑や変化などもあるので,弁証と治療は,一筋縄ではいきません。過去にまとめた症例を振り返ってみると,まだまだ私の経験不足のために弁証も治療も十分でなかったと反省するところがいくつもありました。ゆえに症例に書かれた弁証と治療は,絶対のものとはいえません。あくまでも,実際の現場ではどのように弁証論治を進めればよいか,どのように臨床力を高めればよいかと思い悩む方々に,少しでも思考のヒントになってくれればと思っています。
 今回,東洋学術出版社の井ノ上匠社長と編集の森由紀さんのお力により,「弁証論治トレーニング」で発表した症例のなかから臨床でよくみられる30症例を選び,若干の修正とわかりやすい図表を加えて,新たに本として上梓することになりました。皆さまの臨床の参考としてご活用くだされば幸いです。まだ不十分なところに対して,ご批判,ご鞭撻をいただければ幸いです。

2012年夏 高橋楊子