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『漢方診療のための中医臨床講義』あとがき

 
あとがき
 
 
 徳島の小さな田舎町の薬屋に生まれて,放課後は日没まで校庭や山や川や田んぼで遊び回っていました。それでも小学校から大学までまた医師になってからも,ずっと良い師に恵まれ続けたなと今思い返します。漢方が実際に医療に使えることを現場で示し眼を開かせて下さったのは,医師になって3年目に内科医として赴任した徳島県立海部病院の山野利尚院長先生でした。その後,県内の僻地診療所赴任中も漢方と鍼灸治療を日常診療に取り入れその有用性を確信し,自治医科大学卒後9年間の義務年限終了後は三浦於菟先生の御高配により千駄木の日本医科大学附属病院で斉藤輝男先生の外来に付かせて頂く機会を得ました。中医学を専門とすることを志した最初の段階で,斉藤先生のオーソドックスで美しい中医学の診療スタイルを直接学べたことは最大の幸運でした。日本医科大学では渡邊裕先生の鍼治療の外来でも学ばせて頂き,先生の医学を超えた幅広い教養にまで感銘を受けました。その6年後,縁あって京都の高雄病院で江部洋一郎先生のもと,経方医学を学びながら江部先生の外来に付かせて頂く機会を得ました。江部先生は斉藤先生と同様に学ぼうとする者に心温かく,時には私の手をとって脈の取り方を指導して下さいました。今の自分があるのはこれら恩師の先生方,またさまざまな交流の機会のあった日中の専門家の方々との御縁のお蔭です。
 今までご指導下さった恩師に報いる一番の方法は,次の世代を担う若手医師への技能の伝承だとずっと思っていました。しかし私は外来では目の前の患者の診療で精一杯で研修医に指導する余裕が無いことも自覚していました。これでは私を快く診療に付かせ病態や処方の意味のコメントまでして御指導下さった恩師に後ろめたい気がして,やるべきことをやらずにいることが心に引っかかっていました。どうやら私は話し言葉よりも書き言葉で伝えることが性分に合っているので,自分の診療を解説付きの症例集として本にまとめて中医学を志す若手医師の一助にしようと思い至りました。受けた恩のほんの一部しかお返しできていませんが,やるべきことを一つやり終えた気持ちです。読者の皆様には,筆者の診療を頭の中で追体験して頂いて,ここは違うとかこうした方がより良いとかいった考えを思い浮かべながら,筆者を超えて中医学の漢方診療の高みを目指して頂ければこれに勝る喜びはありません。
 最後に,時とともに変化する市場流通生薬に関する記述について大阪の栃本天海堂の西谷真理様,宮嶋雅也様にご校閲をお願いしました。衷心より御礼申し上げます。
 

令和三年一月
篠原 明徳