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『中医鍼灸 鍼灸処方学』監訳者あとがき

 
監訳者あとがき
 
 
 本書の出版により,ついに『中医鍼灸 臨床経穴学』『中医鍼灸 臨床発揮』『中医鍼灸 鍼灸処方学』)(原著:それぞれ『常用腧穴臨床発揮』『鍼灸臨床弁証論治』『祖伝鍼灸常用処方』)からなる中医鍼灸3部作がここにすべて揃うこととなった。これらの3部作が揃い,そして3部作が一体化することによって,李氏先祖伝来5世代にわたる鍼灸臨床経験の全貌とその真髄を見ることができるようになったのである。
 その最大の特徴は,中医鍼灸における理・法・方・穴・術の一体性・一貫性・系統性,そして実用性・有用性である。じつは,このことについて李世珍先生は,『中医鍼灸 臨床発揮』の序文において,「これらの3部書が一体化することによって,先祖伝来5世代にわたる鍼灸経験の全貌を示すことができるものであり,一体化した鍼灸弁証論治の理論体系を構成することができるのである」と,鍼灸弁証論治に対する3部作一体化の重要な役割について述べられていたのである。
 臓腑と体表・組織・器官を有機的に連絡させているのが経絡系統であり,鍼灸医学は,『内経』の時代からこの経絡学説を理論的基礎として,診断においては経絡弁証を主として活用し,また治療においては循経取穴・原絡配穴,兪募配穴などを運用することによって,鍼灸医学の特色を体現してきた。
 また内傷・雑病に対する弁証論治においては,主として「臓腑の虚実・寒熱を弁別する」という弁証システムのもとで,関連する原穴・背部兪穴・募穴・五兪穴・子穴・母穴などを選穴し,実証には瀉法を施し,虚証には補法を施すという鍼灸治療の弁証論治システムを構築し,現在においてもこの弁証論治システムは有効に臨床活用がなされている。ただし,この弁証論治システムには蔵象学説や気血津液学説による,生理・病理が反映されていないことに課題があった。
 これらの歴史的な課題を踏まえて,後世の医家や李氏の祖先達は,「鍼灸医学をいかに発展させるか,中医理論の蔵象学説・気血津液学説などを鍼灸の臨床に応用できないか,また臨床実践を指導するにあたり,いかに理・法・方・穴を一体化させて鍼灸医学の弁証論治に応用していくか,そのために解決すべき問題は何か」といった研究テーマに対して,幾世代にもわたり臨床の現場で絶えず探求し研究を行ってきたのである。
 これらの遠大な研究テーマに対して李氏一族は5代にわたって膨大な量の探求・実践・検証を繰り返し,内傷・雑病を治療する際に,経絡学説だけでは足りない部分を,蔵象学説・気血津液学説などを導入することにより,その不十分な部分を解決するための探求に取り組み,ついにこの3部作を一体化させることによって独自の鍼灸弁証論治の理論体系を構築したのである。
 「どの臓腑で,気・血・津液・精・陰・陽のバランスが,どのように失調しているか」を弁証するレベルになると,湯液治療がそうであったように蔵象学説・気血津液学説などを基礎とした病機学説の臨床応用が必要となってくるのは必然的なことであったであろう。そして当然,その弁証結果に対する鍼灸治療のシステム構築が必要となったのである。多くの複雑な内傷・雑病に対しては,しっかりとその病機と証型を解明する必要があり,そしてその病機と証型に対する鍼灸治療の実践を通じて,経穴の効能について5世代にわたって数万症例を通じた探求が行われ,その成果の集大成がこの3部作として一体化されたのである。
 張兼維氏は本書の「序」において,「李氏鍼灸学が提唱している理・法・方・穴のうち,理と法は中医学の基礎理論にもとづいている。また『方』は,中医の病因・病理・病位・病機・病勢・病程に対する理論や,八綱弁証・臓腑弁証・衛気営血弁証を応用し,経絡と経穴の効能・主治を結合させて,鍼灸独自の『方』としている。李氏鍼灸学は,中医学の弁証論治の思想を鍼灸学のなかで具体的に表現したものであり,李氏鍼灸学が提唱している理・法・方・穴と伝統的な中医学の理・法・方・薬は,同源・同体・同功なのである」と非常に的を射た高い概括と評価を行っている。
 読者は本書で紹介されている以下の内容に留意しながら,中医鍼灸3部作を関連させて学習すると,いっそう高い学習効果を得ることができるであろう。また,3部作では合計1,200以上もの症例が紹介されている。特に,『中医鍼灸 臨床発揮』『中医鍼灸 鍼灸処方学』における症例報告の【考察】を精読しながら,以下の内容が症例のなかにどのように反映されているか,また理・法・方・穴・術の一体性・一貫性・系統性について,症例を通じてしっかりと探求していただきたい。必ずや読者諸氏のいっそうの臨床力の向上につながることであろう。
◇3部作のなかで紹介されている鍼灸常用処方は,経穴の効能と配穴後の協同作用を踏まえて創製されたものであり,同時に病機と証型を結びつけることによって全身治療と弁証取穴を行うことができる。
◇経穴にはそれぞれに効能があるが,この効能は静止的なものである。臨床上,経穴の効能を発揮させたい場合は,補瀉などの手技を施すことにより完成される。すなわち,補瀉法が経穴の効能の実現を決定しているのである。そして鍼灸処方の効能は,補瀉などの手技の操作のもとで配穴後の経穴の協同作用が発揮された結果として出現するものである。
◇経穴および経穴の配穴後に起こる双方向性の調整・治療作用は,生体の内在的な機能が健在であるかどうか,生体自身の調節系統が発揮する能力があるかどうかにかかっている。
◇経穴を選穴して処方を組むときは,経穴と処方・処方と証を有機的に結びつけなければならず,各経穴の効能の長所を導き出し,協同作用や補瀉法などによって,しっかりと病機に対応させ,治療効果をあげるようにしなければならない。
◇疾患は,多くの要素が複雑に絡み合い,無数に変化するものである。処方と病機を完全に符合させるためには,法則を明確に理解し,「法を守り,方にこだわってはならない」といわれているように,臨機応変に対応することが重要である。
 李伝岐氏は,鍼灸処方を臨床応用する際には,「鍼灸処方のなかのそれぞれの経穴の効能と,配穴後の協同作用を把握し,同処方の意義・効能・治証および対応する病機と治則を明確に把握していれば,自由自在に鍼灸処方を臨床応用することができるようになる。それぞれの経穴には多くの効能があり,異なる処方において異なる効能と効用を発揮するので,経穴の効能を全面的に把握しておくことは,臨床にあたっては非常に重要となる」と重要なアドバイスを提示している。
 最後に本書のみでなく,この中医鍼灸3部作を座右の書として読者諸氏が日々の臨床に励まれ,そして日々の臨床で高い成果をあげられることを心より期待し監訳者のあとがきとする。
 

兵頭 明
2021年8月吉日