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   <title>書籍のご案内 - あとがき</title>
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   <title>中医鍼灸、そこが知りたい</title>
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   <summary>　おわりに 　 　臨床に携わり二十数年が経過する。あっという間に時が流れた。 　...</summary>
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      <![CDATA[　おわりに
　
　臨床に携わり二十数年が経過する。あっという間に時が流れた。
　この間、ふたつの柱を行動の指針とする。
　「患者に益する臨床家を目指す」ことと「先人の教えを次世代へ伝承する」のふたつである。
　まず臨床で感じたこと、出会った事実を極力言語化し再現性を高めるよう努めた。患者の表現する多種多様なオノマトペを中医用語に変化する作業は思いのほか難儀する。言語化しにくい技術的感覚は、そこにたどり着くまでの過程を方法論という形で補うようにした。脈舌のあらわす意味と現状との乖離にも論理の整合性をもって解釈する。
　伝承に関しては、発展過程の人間として、自身の力量から鑑み、主に初級者を中級レベルまで引き上げることを目標にする。
　前半の十年は師匠梁哲周先生の教えを嚙み砕き伝えることに重点を置く。性格上、軽いトーク口調になりやすいため、心の中で師匠と会話し、相手の認識レベルに合わせ、慎重に言葉を選びながら対話する。命門会会長時代の十年であり、自身よく考えた時代でもあった。
　比べて後半から現在までは三旗塾塾長としての顔である。先の経験を理論のなかに埋め、キーワードを作り発信するように努めた。思ったこと、感じたことを解放的に語る姿勢に変化する。感じた時代であったように思う。
　考え、感じ、そして悟る。
　今後は悟りの時代に入りたいが、そうたやすいものではないだろう。まだまだ感じる時代が続きそうだ。
　将来を見据えるも、真実は今の一瞬にしかないのではなかろうか？　日々の臨床の一瞬に精魂を傾ける臨床家として生を全うしたい。六味丸合補中益気湯合足三里の灸合太谿の鍼の日々はまだまだ続く。
　
　　　　　二〇一〇年十一月
<p align="right">著　者　　　</p>

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   <title>［チャート付］実践針灸の入門ガイド</title>
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   <published>2010-06-04T01:57:41Z</published>
   <updated>2010-06-04T01:58:09Z</updated>
   
   <summary>あとがき 　1995年，残暑厳しい北京の9月。当時，私は，中国・大連で1年間の中...</summary>
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      <![CDATA[あとがき


　1995年，残暑厳しい北京の9月。当時，私は，中国・大連で1年間の中国語研修を終え，北京に移って来たばかりであった。北京中医薬大学で中医学を学ぶためである。
　北京中医薬大学の教室には，日本語，英語，韓国語，スペイン語などの様々な言語が飛び交っていた。私には，まだ国際針灸班の私と同じ立場の留学生はもちろん，北京に知人もなく，不安と期待，希望が交差するなかで，最初の講義となる「針灸学」の先生が教壇に到着されるのを待っていた。
　私は，2年目にしてようやく中医学の勉強を本格的にスタートできる嬉しさも感じていたが，正直なところは，専門用語の多い中医学の講義を中国語で受けて，講義についていけるのかと不安のほうが大きかった。
　ガチャッとドアが開き，教室に入ってこられた「針灸学」の先生が，本書の原著者・朱江先生だった。朱江先生は，簡単に自己紹介をされたあと，自分が以前日本に滞在されていたときの経験，日本語が話せることなども話され，日本人である私は非常に親近感を覚えたのを鮮明に記憶している。
　その後の北京留学期間中，朱江先生には，中医針灸について多くのことを教示していただいた。なかでも北京留学2年目からは，週に一度，個人的に特別講義を受けさせていただいた。ふだんは講義のない時間に，朱江先生の研究室で補講していただくものだったが，夏期休暇や冬期休暇には，先生のご自宅にまで押しかけ個人講義を続けていただいた。
　個人講義では，「弁証実践練習」という目的で，主訴・年齢・性別症状・病状経緯などが4～5行にまとめられた病案を渡された。私は，その場で患者に対しているつもりで，分析・診断し弁証を組み立て，導き出された弁証にもとづき治療法則を定め，治療法則にもとづき治療に用いる経穴を選択し，さらに経穴に対しどのような手技を行うかをレポート用紙にまとめていった。ここで一番難しかったのは，すべての症状を1つひとつ中医学的な角度から病因病機を考え，図で表し説明することだった。私なりの弁証，治療法則，選択した経穴や病因病機図を記した答案を作成し，朱江先生が赤ペンで訂正しながら，解説してくださる形式の個人講義であった。この講義は，1年近く続き，当初はほとんど書けなかった病因病機図も徐々に正確に書けるようになり，それに比例して私の弁証する力，正確性がともに向上していった。ここで学んだ図解による繊細な弁証方法は，今日，私の臨床の礎になっている。
　本書の原著『実用針灸医案表解』は，2000年9月に中国で中医古籍出版社から出版されたものだ。じつは，私の「弁証実践練習」講義の際に使われていた教材資料が，当時，朱江先生が執筆中であった『実用針灸医案表解』の原稿であったという経緯もあり，私個人としてもたいへん思い入れのある本である。東洋医学全般，特に針灸に携わる者にとって，中医針灸の基本的な弁証論治法がシステマティックに図解された本書は，日々の臨床上での弁証論治の実践に非常に参考になり，とても心強い。
　20世紀なかばまでの中国では，現在の日本のように，針灸や漢方薬を使う医師にも多くの派閥や流派のようなものがあった。しかし中医学が大学教育に組み込まれるにあたり，多くの中医師が専門用語などの統一に努め，中薬の名称，経穴の名称と位置，弁証論治，治療法則など中医学全体の基礎が統一され，中医学を体系的に学ぶシステムが作られたのだという。日本でも同じように，針灸学の基礎や基本の部分はしっかり統一し，横のつながりが生まれるようになることを私は願う。
 　
　「病因病機の解説」図のなかの中医学用語については，細かく文章化してしまうと，図解のもつシンプルなわかり易さを損なう恐れがあるので，あえて翻訳していない。しかし，わからない中医学用語に対して１つひとつ読者が中医学辞典で調べていると膨大な時間を費やしてしまう。そこで，原著にない「図の説明」の項目を設け私なりの図解の解釈を執筆し，さらに本書に出てくる内容に限った中医用語辞典として活用していただけるよう，巻末に「訳者注釈」をつけた。

　最後に本書の翻訳にあたり，お世話になった山本勝司会長をはじめ，編集部の方々，快く私に翻訳させてくださった朱江先生に感謝します。

<p align="right">訳者　野口　創　</p>
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   <title>『漢方診療日記―カゼから難病まで漢方で治す―』</title>
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   <published>2010-04-15T07:01:41Z</published>
   <updated>2010-04-15T07:02:54Z</updated>
   
   <summary>あとがき 　 　「詩においては『孤絶』を尊び、学問の道は『孤詣独往』を尊ぶ。ひと...</summary>
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      <![CDATA[<strong>あとがき</strong>
　

　「詩においては『孤絶』を尊び、学問の道は『孤詣独往』を尊ぶ。ひとり雲山万畳の奥まで道を極める」
　漢字学の泰斗、白川静先生の言葉です。伝統医学を学ぶうえでも例外ではありません。経方、後世方、中医学の学術思想を学び、優れた先達に倣うことは基本的な姿勢ですが、患者さんを前にして、一つの思想に固執するわけにはいきません。漢方治療に垣根はないのです。「スッタニパータ（仏陀のことば）」にも、「犀の角のようにただ独り歩め」とあります。臨床家は、その時々で苦しみ悩み、最後は自分自身の責任で最適と信じる学術治法を追求するしか道はないでしょう。
　二〇〇二年十二月（『中医臨床』冬号）から連載が始まった「私の診察日記」は、このような気持ちに立って、臨床の現場で悪戦苦闘した記録です。あらためて振り返って視ると、一つ一つの情景を思い出し感慨深いものがありますが、同時に当時の私の思考回路と古典解釈に対し、今では乖離や錯誤を覚えるケースがないわけではありません。しかしその時々の臨床記録として、今回の書籍化にあたって敢えて訂正は加えませんでした。どう考え、何をしたのかという事実は、変わらないからです。
　執筆に際しては、できるだけ漢方治療における私自身の思考回路と、治法選択の根拠を記載することに努めました。また同時に読者が一緒に診察に参加できるように、診療風景の情景描写に意を注いだつもりです。
　本書の出版にあたり、妻の厚子、親友の法橋正虎氏（思想史学者）、同朋同行の坂井由美さん（編集部）、山本勝司前社長（会長）、井ノ上匠社長を始め多くの皆様のご協力に、深く感謝いたします。

<p align="right">二〇一〇年三月</p>　　
<p align="right">風間　洋一　</p>
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   <title>『針灸三通法』</title>
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   <published>2009-10-20T00:15:03Z</published>
   <updated>2009-10-20T02:16:48Z</updated>
   
   <summary>あとがき 近年，中国針灸の国際化，標準化が進み，世界各国からたくさんの人が中国に...</summary>
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      <![CDATA[<strong>あとがき</strong>

近年，中国針灸の国際化，標準化が進み，世界各国からたくさんの人が中国に来て中国針灸を習うようになった。さらに，ヨーロッパやアメリカでは針灸の治療効果に対して高く評価されるまでになってきている。日本でも，中国針灸を用いて難病を治療するなど，中国針灸に対する理解が深まり，普及しつつある。
ちょうど４年前，私はある学会の講演会で東洋学術出版社の山本勝曠社長とお会いし，中国科学技術文献出版社から出版された父・賀普仁の著作『針具針法』を翻訳出版しないかと相談を受けた。じつは十数年前から，私は『針具針法』の日本語版を考えていた。しかし，当時の日本では中国針灸に対する認識がまだまだ足りず，中国針灸の理論を身につけなければ中国針灸の有効性を充分に発揮できないだろうと思い，『針具針法』を日本で出版するのは時期尚早と，断念していた。しかし，今なら大丈夫だろうと思い，翻訳出版の打診を受けてすぐに，著者である父・賀普仁に連絡をした。父は，「日本の鍼灸師が，この本を通じて中国針灸の多種多様な針具，針法の活用を理解し，中国針灸の真髄を認識して，臨床効果を引き上げることができ，日本の患者さんのために役立てば幸いだ」と述べて，快く日本語版の出版を許可してくれた。

針灸療法は中国伝統医学のなかで重要な部分を占めている。そして，針具針法は針灸療法の根幹である。賀普仁は大量の古典文献や現代資料，60年にわたる臨床経験をもとに，『針具針法』を書き上げた。本書では，針具・針法および手法の臨床応用，内功・指功の基本練習法を紹介している。中国針灸に対して，賀普仁が果たした最大の貢献は，「病には気滞が多く，法は三通を用いる」という中医病機学説を打ち立てたことと，「賀氏針灸三通法」という針灸治療体系を創立したことである。
「賀氏三通法」とは，配穴と経絡の関係や，気血運行の調節原理にもとづき，臨床上の「滞」と「通」に注目し，異なった疑難雑病の治療方法を総合した学術思想と方法学の体系である。それは，たんに３種類の治療方法という意味ではなく，賀普仁は，中医薬学・針灸医学に対して深く理解し認識する，ということも含めていたと思う。「賀氏三通法」は，針灸理論の研究，治療手段，操作手法および針具など，多方面において新機軸を打ち出し，多くの臨床経験を重ね，確実に成果をあげて成し遂げられた針灸医学の結晶である。なかでも，伝承が絶えた火針療法を発掘して，中医理論と古典文献の記録より自ら針具を製作し，研究と実践に身を投じて検討したことは特筆される。そしていまでは，火針療法は臨床において幅広く運用され，大きな成果をあげている。
中国政府は，中国針灸に対する賀普仁の貢献を高く評価して，2007年，中国初の非物質文化遺産針灸伝承人（日本の人間国宝に相当）に認定し，2009年には中国国医大師にも選定した。著者・賀普仁は私の父であり，偉大な大先輩であり，そして師匠でもある。師弟として，師匠の業績を受け継ぎ，向上させていくためには大きなプレッシャーがかかっているが，私は臨床経験を通して，「賀氏針灸三通法」以上に，便利で，即効性があり，効果の高いものはないと確信している。そのなかでも，特に切皮の重要性を知り，ツボの大切さを深く学んで十分に活用されることを願っている。今後，熱心に中国針灸を探索し，虚心に学問を研究する針灸同志の協力を得ながら，本書が日本における賀氏三通法の普及や発展を更に推進する一助となるように心から希望している。
末筆ながら，この本の翻訳のために尽力してくださった，鍼灸師であり，優秀な翻訳家でもある名越礼子氏に，感謝の意を表します。また，出版にあたってお世話になった東洋学術出版社の山本勝曠会長はじめ井ノ上匠新社長，出版に関わってくださった関係者のみなさまに，心から厚くお礼を申し上げます。
<p align="right"><strong>精誠堂針灸治療院院長　　賀　偉</strong></p>

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   <title>『［実践講座］中医弁証』</title>
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   <published>2008-05-22T03:27:14Z</published>
   <updated>2008-05-22T03:29:07Z</updated>
   
   <summary>訳者あとがき 　医学の最も基本的な目的というのは一体何でしょうか？　それは病気で...</summary>
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      <![CDATA[訳者あとがき

　医学の最も基本的な目的というのは一体何でしょうか？　それは病気で苦しんでいる方々が，少しでも楽になれるようにお手伝いするということではないでしょうか。では，その目的を達するために最も大切なことは何でしょうか？それは患者さんの疾患の原因を正確に把握し，それに従い正しい治療方針を選択し，治療できる能力だと思います。
　みなさんは，そんなことは至極当たり前のことであり，取り立てて言うほどのことではないとお考えかもしれません。しかし，この当たり前のことを実践するのは，実は非常に難しいことではないでしょうか。
　こういった能力は，けっしてすぐに身につけられるものではなく，ある程度の経験を積まなければ，なかなか手に入れられるものではありません。しかしそうなると，患者さんは経験豊富な「老中医」ばかりを頼りにし，若い中医師の経験の場は，益々少なくなってしまうことにもなりかねません。
　では，臨床研修中や大学を卒業したての中医師は，どのようにしてこの経験の場を勝ち取ればいいのでしょうか？

　本書『［実践講座］中医弁証』は，中医学の初学者に，擬似臨床の場を与えてくれる，ユニークで新しいスタイルの良書です。本書には，付録の「症例トレーニング」も含めて，200近い症例が収められています。しかも本篇部分は，医師と患者との問診のやり取りが記載されており，会話の途中で解説を交えているので，患者さんの話をどのように受け取るか，また，問診に対しはっきりした答えが返ってこない場合には，どのように聞き出したらよいか，ということまでわかるようになっています。
　さらに，中医入門者の方にもわかりやすいよう，中医独特の言い回しはできるだけ簡易な日本語に直し，把握しておいたほうがいいと思われる中医の専門用語については，井ノ上匠氏を始めとする東洋学術出版・編集部のみなさまのご意見もうかがい，巻末に「訳者注釈」としてまとめてみました。
　このように，新任医師も，本書を通してある程度の経験不足をカバーできると訳者は確信しています。本書が中医学を勉強する医師の方々にとって，少しでも経験を積むお役に立てることができたなら，訳者にとってこれ以上の幸福はありません。

　訳者は何分にもまだ翻訳経験が浅く，不十分な部分も多々あるかと思います。諸先輩方のご指摘・ご指導をいただけましたら，非常に光栄に思います。
　最後に，私のようなかけ出しの者に，本書の翻訳という大役を授けてくださった，東洋学術出版社の山本勝司社長にこの場をお借りしてあつく御礼申し上げます。そして，本書の翻訳にあたり多大なご協力をいただいた，山東中医薬大学の諸先生方および「同学」のみなさま，また，本書の翻訳を薦めてくださった，同じく山東中医薬大学の留学生・八木誠人さんにも心より感謝申し上げます。また，翻訳期間中（それ以外にも）いろいろな方面から支えてくださった，私の周囲のすべての方々に，この紙面をお借りして心より御礼申し上げます。

<p align="right">2008年4月14日<br />
山東中医薬大学にて　平出　由子</p>　


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   <title>『傷寒論を読もう』</title>
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   <published>2008-04-28T03:20:20Z</published>
   <updated>2008-04-28T03:32:56Z</updated>
   
   <summary>あとがき　　　　　　　  　漢方はよく『傷寒論』に始まって、『傷寒論』に終わると...</summary>
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         <category term="1)古典" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[あとがき　　　　　　　 

　漢方はよく『傷寒論』に始まって、『傷寒論』に終わるといわれる。これは漢方の学習においても臨床においてもいえることで、私自身の漢方学習も大塚敬節先生の『傷寒論講義』から始まり、その後の三考塾でも毎回行われている寺師睦宗先生の『傷寒』『金匱』の講義を、すでに何回も繰り返し聴講している。臨床の場でも最初に覚えたのは葛根湯や小柴胡湯などの『傷寒論』の処方であったし、また中医の処方を使う機会が増えても、いつも「この処方の方意は『傷寒』『金匱』ではどの範疇に属すのか」ということを常に考える習慣が身に付いていた。
　張仲景の『傷寒卒病論集』がはじめて世に出たとき、おそらく当時の人々に大きな感激と期待を与えたであろうことは想像にかたくない。人々はこの活人済世の福音書ともいうべき十六巻の内容を先を争って写本し、その教えは速やかに世に広まり強烈な影響を与えたことであろう。しかし戦乱の世である。その原本はわずか五十年後には亡失したそうである。
　それ以来、およそ医を志す者にとって、一度はこの世に医術の真髄を体現してみせた『傷寒卒病論集』の原本を再びこの世に甦らせたいということが共通の悲願となった。歴代一流の学者たちが心血を注いで原本を復元しようと努力していくうちに、それぞれの時代の医学理論と実践を積み上げて、最高の臨床医学体系が作り上げられ、時代とともに継承された結果、出来上がったのが今日伝えられる『傷寒論』であり『金匱要略』であると考えられる。換言すれば各時代のエネルギーと精華を吸収し尽くして成長し完成した『傷寒』『金匱』であるからこそ、時代を超えて常に漢方医学の聖典として強い光とエネルギーを放ち続けるのであろう。
　そのような『傷寒論』を学べば、とりもなおさず漢方医学の精華と真髄を修得できるはずであるが、ただ講義を聴いたり本を読んだりするだけでは、どうもいまひとつ曖昧な部分が残り、自分でも『傷寒論』を理解できたという実感が得られなかった。そこで勉強してわかったことを逐一自分の言葉で書いてみたら、どの程度に理解できているのかよくわかると思い、約十年前から少しずつ書き始めた。その作業のなかで、それまで気がつかなかった発見が少なからず得られた。その中の一つは『傷寒論』の条文はただ漫然と書き連ねられているのではなく、読者の理解の流れを妨げないように十分配列に工夫が凝らされているということであった。例えば互いに関連のある条文同志が隣接して配置されるのは当然であるが、次にそれに対比する概念や変証などへ主題が移行するときの巧みさ、次の篇に移る前の伏線の配置など、現代でも十分通用するような編集技術が用いられており、一見多岐亡羊の感さえある三百九十八箇条もの条文が、いささかの齟齬を生じることなく見事に一本の太い線で繋がれている。
　今回東洋学術出版社の山本勝司社長のお計らいと、編集担当の坂井由美さんのご尽力により一冊の本となって世に出ることができたことは望外の喜びであり、深く感謝している。願わくば一人でも多くの先生方にご披見いただき、そのうえで忌憚のないご意見やご批判をいただければ幸せである。

<p align="right">二〇〇七年九月　東京虎ノ門の寓居にて<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　髙 山　宏 世]]>
      
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   <title>【図解】経筋学－基礎と臨床－</title>
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   <published>2008-01-17T07:58:16Z</published>
   <updated>2008-01-17T08:00:28Z</updated>
   
   <summary>経筋学を志す 　数年前から，現代の針灸学には「経筋学」の考え方が欠けているのに気...</summary>
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      <![CDATA[<strong>経筋学を志す</strong>
　数年前から，現代の針灸学には「経筋学」の考え方が欠けているのに気づき，経筋について調べ始め，臨床でも経筋療法を試みてきた。
　まず，『黄帝内経』を調べてみて，十二経筋は，先人が人体解剖を行い，筋肉は機能しているものと考えて記述されたものであることを知った。
　その後，経筋について調べているうちに，わが国よりも中国で「経筋学」がはるかに進歩しているのに気づいた。原書で読むためには中国語の語学力が必要である。そこで当地に留学中の中国医師・崔泰林氏に１年間，医学中国語を学んだ。しかし，やはり言葉は喋ることが大事である。当地に住む李今丹女史（翻訳家，日本人と結婚）に中国語会話を習い始めてもう４年半になる。経筋について，より深く知るために中国語を学び始めたが，これは正に「盗人を捕らえて縄を編む」きらいがある。
　この間，臨床的にも経筋療法を応用して，いろいろな症例を経験してきた。
　「経筋学」の必要性について確信が得られたので，東洋学術出版社の山本勝曠社長に「『経筋学』を本にまとめてみたいのですが……」と，電話で相談してみた。
　すると驚いたことに，即座に「わかりました。引き受けましょう」と答えてくださった。私はこのことを非常に感謝している。
　もっと早くまとまると思っていたが，『［図解］経筋学』として原稿をまとめ始めてからすでに５年が経過した。
　書名を「図解」としたのは，イラストや写真をできるだけ多く掲載して理解を容易にし，日常の臨床にただちに役立つようにしたかったためである。

<strong>現代社会は「経筋学」を要求している</strong>
　「経筋理論」は立派な学問であり，「針灸学」とともに重要な存在であるので，書名を「経筋学」とした。これは，本書にも多くの経筋理論を引用し参考にさせていただいた『経筋療法』の著者・黄敬偉氏にも相談して，「学」と呼ぶに相応しい領域であるとのご意見であった。
　治療学は，ただ理論のみに走って臨床に役立たなければ存在価値はない。そのため，本書では読者の理解を容易にするために，東洋医学の用語はできるだけ平易な言葉で表現することにした。
　本書をまとめるにあたり，本当に経筋療法で効果があるのかを確認するために専門書の治療方法を追試したり，自分でもいろいろと治療方法を考案してみた。気がつくと，今では「経筋学」を学ぶことによって，現代医学では治すことができないさまざまな病気を治療できるようになっていた。また，私の住む周囲の人々も，経筋療法を含めた針灸治療を，「現代医学で治らない病気を治せる治療法」として認めてくれるようになっていた。
　大部分の患者は，整形外科・外科・精神科などに転々と治療を求めたが，「治らない」と訴えて来院する。例えば，線維筋痛症は精神的な緊張が原因となって全身，特に頸背部の筋肉に緊張を来す。筋肉痛はさらに進行し，ついには全身の筋肉に異常をもたらすようになる。一方，不安やうつ状態など精神的異常も進行していく疾患である。経筋病巣を治療すれば，精神的異常も改善される。線維筋痛症は，現代医学では原因不明で決定的な治療方法はないが，経筋療法で短期間に治療できる。

<strong>経筋病は筋肉だけの病気ではなく，精神的な異常など全身的に及ぶ</strong>
　一般に，経筋病は筋肉や関節に関係した領域だけだと思われがちであるが，実際には精神神経的な異常などを伴うことも多い。経筋病巣を治療すると精神的な異常が改善されていく。脳やあらゆる臓腑は，経絡（十二経脈や十二経筋など）を通じて，全身とつながっており，けっして個別に存在するものではない。これらの臨床例を本書のなかにも具体的に挿入した。「心身一如」といわれるが，精神状態（心）と筋肉組織（身）とも相互に強く影響し合っている。
　「経筋学」を学問として学ぶことによって，ほかの臨床家が治せない病気を治すことができるという臨床家として強力な武器を手に入れることができたと思っている。これらの治療法をできるだけ多くの臨床家に利用していただきたいと願っている。

<strong>多くの方々の協力に感謝する</strong>
　本書の編集にあたり，東洋学術出版社の山本勝曠社長に，また直接編集の労をとっていただいた井ノ上匠氏の特別のご配慮に感謝したい。
　医学中国語を教えていただいた崔泰林先生と李今丹女史，また古典に詳しい小松一先生にもさまざまな助言をいただいた。これら多くの方々の援助のもとに本書ができあがったことに感謝している。
　本書には，足らないところや誤りがあるかも知れないが，ご叱責をいただき，より正しいものにしたいと思っている。本書が少しでも実際の治療に役立つことを願っている。

<p align="right">西田皓一<br />
2007年12月</p>
 

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   <title>脈診</title>
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   <published>2007-12-20T08:43:02Z</published>
   <updated>2007-12-20T08:44:53Z</updated>
   
   <summary>あとがき 　自分なりに得た脈診のコツや考え方を，呼泉堂の白川徳仁先生に話したとこ...</summary>
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      <![CDATA[<strong>あとがき</strong>

　自分なりに得た脈診のコツや考え方を，呼泉堂の白川徳仁先生に話したところ興味をもってくださり，ぜひ一冊の本にまとめてみなさいとアドバイスされたことが始まりでした。
　その後，できあがった原稿を持って，約15年にわたり指導を受けている上海中医薬大学の何金森教授のもとに，2年の間に4回上海へ行きご指導を受けました。その間に受けた的確な指摘や懇切丁寧な指導があったおかげで，本書が読むに堪える内容となりました。
　出版については，白川先生が熱心に東洋学術出版社の山本勝曠社長へ働きかけてくださり，山本社長のご快諾を得ました。これも日頃から中医学普及に情熱を傾けておられる白川先生の無私の行為と感謝しております。
　また一介の針灸臨床家である私の原稿を，出版決定された山本社長のご決断に感謝しております。「中国伝統医学を現代にいかす」という東洋学術出版社の一助になれたことと，たいへんうれしく思っております。
 
<p align="right">2007年11月吉日<br />
　　山 田　勝 則</p>
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   <title>針灸学［手技篇］</title>
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   <published>2006-11-20T09:29:23Z</published>
   <updated>2007-02-26T07:05:56Z</updated>
   
   <summary>訳者あとがき     　中医針灸学が日本に紹介されてすでに久しいが，このたび，つ...</summary>
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      <![CDATA[<strong>訳者あとがき  </strong>
 
　中医針灸学が日本に紹介されてすでに久しいが，このたび，ついにその真髄ともいえる伝統手技に関する書籍を日本で出版するはこびとなった。周知のように中医針灸では，「理・法・方・穴・術」という診断と治療が一体化したシステムが確立している。正確な証決定と，それにもとづく処方を含む治療法の決定，そして最後に治療効果を決定するのがこの手技である。
　今日，多くの針灸師が中医針灸を学んでいるが，この伝統的な手技を習得することは，臨床面でいっそうの自信をもたらすとともに，治療効果の向上につながることであろう。書籍の記載にもとづいて自分なりに手技を模索していた人，伝統手技と聞くと何か神秘的または複雑なものと考えていた人，伝統手技を習得しようとしてもその練習の仕方がわからなかった人，これらの人々にとってついに待望の書籍が出版されるわけである。本書ではより理解しやすくするために写真と図説により詳しく紹介を行った。針灸に関する臨床や研究では，今までは主として「刺激の量」サイドからアプローチする傾向があったが，より多くの針灸師が伝統手技をマスターすることにより，臨床面においてだけでなく，また科学研究においても「刺激の量」の世界から「刺激の質」の世界へと発展することであろう。
　このたび，甘粛中医学院の鄭魁山教授に伝統手技について詳しく紹介していただいた。鄭魁山教授はその略歴からもわかるように，中国における伝統手技研究，針灸臨床の第一人者であり，日本に中国伝統手技を紹介するにあたり，その最適任者と考えられる。本書の出版により，本年は日本における中医針灸の「手技元年」を迎えることになる。本年はいろいろな意味でちょうどその機が熟した年でもある。本書においては，針灸学術の発展，臨床効果の向上，さらに針灸の国際交流の促進という先進的な観点から，一般的な伝統手技にとどまらず，さらに家伝をも紹介していただいている。本書はまさに「手技元年」を迎えるにあたり，鄭教授の最大限の心血を注いでいただいた名著ということができる。中医針灸を学習している日本の多くの針灸師は，この鄭教授の精神をうけついで手技習得に研鑽していただきたい。
　最後に，この中医針灸の真髄である伝統手技を無にしないためにも，単に技術の習得に走るのではなく，その運用の前提である正確な証の決定，処方の決定ができるよう，中医学基礎理論の研鑽にもいっそうの努力をはらっていただきたい。 

<p align="right"> 学校法人・後藤学園中医学研究部長<br />
兵 頭　明<br />
1991年１月</p>
 
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   <title>中薬の配合</title>
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   <published>2006-11-20T09:09:34Z</published>
   <updated>2007-02-27T05:12:56Z</updated>
   
   <summary>訳者あとがき     　中医学という世界は，とてつもなく広い世界です。しかし，そ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.chuui.co.jp/book_atogaki/">
      <![CDATA[<strong>訳者あとがき</strong>  
 
　中医学という世界は，とてつもなく広い世界です。しかし，その広さをよく知っている人は，専門家の中にも，そう多くはいません。とにかく広すぎるので，ちょっとやそっとでは，知ることができないからです。そしてこの本は，中医学の広さを垣間見せてくれる，すばらしいガイドといえます。
　ためしに，巻末の「方剤索引」を見てみてください。おそらく聞いたこともない方剤が，ごろごろしているはずです。それは，訳者である私も同じでした。この本には，中医薬大学を卒業したとか，長年臨床に携わっているとか，そういうことだけでは知りえないことが，たくさん書いてあります。自分で興味をもって研究を続けない限り，こういう事柄を知ることはできません。
　そしてこの本の著者である丁光迪先生は，そうした努力をずっとつづけてこられた方です。また丁先生には，その膨大な知識を裏づける，長年の臨床経験もあります。さらにベテランの教授でもある丁先生は，何をどう伝えるべきかということも，知り尽くしていました。つまりこの本は「丁光老をおいて，ほかに誰がこれだけのことを語れるだろうか」という，20世紀中医界における大偉業なのです。つたない翻訳ではありますが，日本で中医学を学ばれる方にも，ぜひこの貴重な内容に触れていただきたいと思います。
　また学問や文化が発展するには，傑出した学者や芸術家がいるだけでは足りません。例えば明代以降の江南文化の知識は，かの大出版業者・毛晋（汲古閣楼の主）の功績によって普及したともいえます。江南文化における汲古閣のような役割を，日本の中医学の分野で果たしてきているのが，東洋学術出版社であると私は思っています。丁先生の本を日本で出版するということも，まさにその慧眼ぶりを証明するものです。
　このすばらしい仕事に，私も訳者として関わらせていただいたことを，たいへん幸せに，また光栄に感じています。自分が適任であるなどとは思いませんが，能力の限り努力させていただきました。そして最後に，同じ道を歩む「ひよっこ」として，丁光迪老師に心の底から尊敬の念を示させていただきます。
　　　　
<p align="right">小金井　信宏
2005年８月</p>]]>
      
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   <title>内科医の散歩道―漢方とともに</title>
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   <published>2006-11-20T09:06:53Z</published>
   <updated>2007-02-27T05:27:25Z</updated>
   
   <summary>東西両医学を実践する山本君     　畏友「山本廣史」君が『野草処方集』に続き第...</summary>
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         <category term="2)中医学" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.chuui.co.jp/book_atogaki/">
      <![CDATA[<strong>東西両医学を実践する山本君 </strong>
  
　畏友「山本廣史」君が『野草処方集』に続き第二冊目の随筆集を脱稿し、発行前に読ませていただく光栄に浴した。我々医学を業としている者にとっても、なかなか解り辛い漢方医学を、平易な文章で素人にも理解できるように記述している。このような作業は東洋医学・西洋医学の両方を深く理解し会得した者にしかできない技である。
　山本君は九州大学農学部在学中に、エリート公務員への登竜問である国家公務員上級試験に合格した俊才であるが、昭和三十五年農学部卒業と同時に九州大学医学部に編入学してきた。それ以来、既に四十年間公私にわたり厚誼を頂いている友人である。医学部在学中は出版部に属し、しばしばきらりと光る随筆を同窓会に寄稿し、名文家として知られていた。
　医学部を卒業してからの数年間は心臓病の臨床研究（特に心音図や心エコー図）で頭角を現し、若手研究者として学会の注目を集めた存在であった。しかし、心身の限界を超えた過酷な生活で体調を崩したのをきっかけに、分析的合理主義の現代西洋医学に疑問を持ち、中国伝統医学に傾倒していったようである。数年間にわたる苦悩の中で、食養、運動、心の鍛錬の大切さを身をもって体験し、彼独特の疾病観を確立したのである。
　本稿を一読されたら直ぐにお解りのように、彼の暖かい人間性に裏打ちされた繊細で鋭い感性により描き出される人間像は、積極的に生きようとする人々に対する讃歌である。農学士であり熟達した臨床医でもある彼の薬草に関する知識は広く深い。著者のように伝統中国医学と現代西洋医学のそれぞれの長所と短所を熟知し、中西医学統合を実践している医師は極めて限られている。本書は私たちの身近にある自然の恵みの偉大さを再認識させるだけでなく、現代医学のアキレス腱を気付かせてくれるであろう。 
<p align="right">九州厚生年金病院院長
菊 池　裕
平成十二年十一月三日</p>
<hr size="1"><strong>共に漢方を学ぶ仲間として</strong><br />
　山本廣史君のエッセイ集を読ませて頂いた。山本廣史君と私は九大医学部の同級生で、当時から彼は出版部に属して『九大医報』という雑誌の編集に熱心に取り組んでいた。文字に慣れ親しむのはずっと昔から彼に備わった才能だったに違いない。
　卒業後は彼は循環器内科、私は精神科に進み、その間無給医闘争や大学紛争を経て、再び巡り会ったのは九漢研という漢方の研究会であった。大学を卒業して十年過ぎたあたりである。熱意を以て西洋医学に殉じていたものが、ふとその西洋医学に懐疑的になる瞬間がある。一物質一機能という要素還元主義に行き着くからである。漢方という東洋医学では生命体を単に部分の集合体とは考えない。また、逆に部分はその中に全体を含むと考える。だから漢方治療は常に全体療法になる。
　話がずれそうになるので彼のエッセイ集に戻るが、彼はニガウリやスイカや枸杞の話をしながら実は人間の持っている自然良能、自然治癒力がどんなに素晴らしいものであるかを彼、山本廣史君が患者さんを通じて実感していった過程を我々読者に伝えたいと願っているのがわかる。更に云う「天は自ら助くる者を助く」と。自然良能、自然治癒力が自分の努力次第で実っていきもすれば廃れてしまうこともあると。このことは、目先の快を追い求める現代の風潮に対する彼流の警鐘でもあり、読者の健康な精神感覚に訴えるもの大であろう。
　彼はこのエッセイ集の中で自分が消耗性うつ病にかかり、不眠に悩み、体重が十キロも痩せたと書いているが、海や山の自然に親しみ農作業に親しんで病気から生還した自然良能の貴重な記録を残した。この故に彼の消耗性うつ病について多少なりとも知っている者にとっては彼自身の完全復活を示す自伝的な意味合いをこのエッセイ集に感じるのである。
　ともあれ、薬草について、優しい口調で語りかける内容は、中身は濃く、サボテン体質や水草体質などユーモラスでしかも本質を突いているので、読んでいて楽しい本になっている。原稿用紙を前に万年筆で文章を書くのが何よりの楽しみと常々話してくれているので、気の早い話であるが次作も楽しみにしている。
<p align="right">日本東洋医学会九州支部長
後 藤　哲 也
平成十二年十一月三日</p>
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   <title>中医伝統流派の系譜</title>
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   <published>2006-11-20T09:05:44Z</published>
   <updated>2007-02-27T05:31:25Z</updated>
   
   <summary>あとがき     　このたび、東洋学術出版社の山本勝曠社長と戴昭宇先生、翻訳家の...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.chuui.co.jp/book_atogaki/">
      <![CDATA[<strong>あとがき  </strong>
 
　このたび、東洋学術出版社の山本勝曠社長と戴昭宇先生、翻訳家の柴崎瑛子女史の協力により、『中医伝統流派の系譜』を出版する運びとなったことは、喜びに耐えないところである。
　今日、中医教科書を中心とした中医学が急速に日本に広まりつつあることは、中日文化交流史上特筆すべきことである。ただしここで注意しなければならないのは、教科書を規格化し、基礎理論を偏重して教習することに拘泥するあまり、ややもすれば個性豊かな中医学の生気と活力を損いかねないということである。教科書とは、しょせんは初心者のための入門書にすぎず、中医学という宝庫を発掘整理するためには、伝統的中医学を総合的に理解し、さらなる知識と対応能力を獲得する必要がある。つまり、中医学の発展史を理解していなければ、中医学の今日と明日を見定めることができず、古代の名医たちの個性的な書籍を読まなければ、伝統的中医学の多彩な世界に接することができないということである。同時に、各流派の長所と短所を理解することができなければ、最善の道を選択し、真実を究明することができないのである。
　最後に、本書の出版に際し激励してくださった、順天堂大学医史学研究室の酒井シヅ教授と、北里東洋医学総合研究所医史学研究部の小曽戸洋医学博士に感謝を表すものである。また翻訳にあたって貴重な助言をいただいた戸田一成先生、および心からの友情で私の活動を支援してくださった、東京臨床中医学研究会の加藤久幸先生と平馬直樹先生にも感謝の意を捧げたい。多くの人々の心血と友情が注がれた本書が、中日両国の医学交流に寄与せんことを心より希望するものである。 
<p align="right">南京中医薬大学教授
黄　煌
二〇〇〇年八月二十日　東京日中友好会館にて]]>
      
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   <title>経方薬論</title>
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   <published>2006-11-20T08:59:12Z</published>
   <updated>2007-02-27T05:33:01Z</updated>
   
   <summary>あとがき     　江部の書き貯めていたノートを元に和泉正一郎・内田隆一が内容、...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.chuui.co.jp/book_atogaki/">
      <![CDATA[<strong>あとがき  </strong>
 
　江部の書き貯めていたノートを元に和泉正一郎・内田隆一が内容、文章などを討議して作製した。
　内容的にはまだまだ未熟な部分も多いとは思うが、新たな世紀へ向けての漢方の本草書の発展のためのたたき台になることを期待する。
　なお、数回にわたるノートからワープロへのめんどうな転換作業は、株式会社ツムラの宗形透氏に担当していただいた。
　また、生薬の実際の知識、流通状況などについては、栃本天海堂の小松新平氏の意見を参考にした。両者に感謝の意を表す。 
<p align="right">著 者</p>
 
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   <title>経方医学1―『傷寒・金匱』の理論と処方解説</title>
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   <published>2006-11-20T08:58:08Z</published>
   <updated>2007-02-27T05:35:00Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.chuui.co.jp/book_atogaki/">
      <![CDATA[<strong>あとがき  </strong><br />
　この第一集は，1993年６月より１年余り続いた病院内におけるごく少人数の勉強会で，江部が話した内容を基本的に再現したものである。日常の臨床業務ゆえに，作業は遅々として進まず，多くの方々に御迷惑をかけたことを謝らねばならない。ただ遅延した分，それ以後明確にした概念や見解を付け加えることができた。
　話を文章化したという性格上，内容に繰り返しや精粗があるのは避け難いこととして御承知いただきたい。第二集以降は，ノートをベースにして処方解説を行う予定である。第二集は桂枝湯類と麻黄湯類を扱う。

　終わりに，本書の構想に御理解を示し，暖かい御援助のみならず，序文までもいただいた安井広迪先生に深湛の謝意を表したい。またテープをおこしていただいた内田隆一君（当時長崎大学医学部），小林慎治君（当時九州大学医学部），ならびに佐賀医科大学の学生諸君に感謝するとともに，際限なく遅れる原稿に編集の労を取られた東洋学術出版社の山本勝曠氏に御礼申し上げる。
<p align="right">著 者</p>
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   <title>老中医の診察室</title>
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   <published>2006-11-20T08:57:08Z</published>
   <updated>2007-02-27T05:37:45Z</updated>
   
   <summary>あとがき  　一九七八年の夏から秋にかけて、『上海中医薬雑誌』を復刊させるための...</summary>
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         <category term="2)中医学" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<strong>あとがき </strong><br />
　一九七八年の夏から秋にかけて、『上海中医薬雑誌』を復刊させるための作業を仰せつかった。そのころ、中医学の治療に関心を寄せている老作家が、数多い難病の治療過程を物語風にまとめて連載してはどうかという提案を寄せていた。必ずや読者から愛読されるであろうと太鼓判を押すのである。これはいい案だと思い、さっそく構想をかため、作者の物色にかかった。そして各方面からの推薦を受けて、柯雪帆君との面識を得た。彼は快く引き受けてくれ、さっそく執筆に入った。こうして『医林?英』は『上海中医薬雑誌』の復刊とともに連載され、広範な読者にお目見えしたのである。
　『医林英』が発表されてからというもの、読者の反響は予想外に大きく、雑誌があまり出回っていない地方では、手書きした「写し本」が次つぎに回覧されるというエピソードもあった。そして、第八回が連載されたころには優秀科学普及作品賞を受賞したのである。しかし、一方では学術誌に小説風の文章を連載するのは妥当ではないとの異論もあった。一つの事物をめぐって、異なる意見が存在するのは当然のことと思う。それが正しいかどうかは実践のなかで試練を受け、読者が評価すればよいのである。先ごろ、外国における科学技術書の出版事情を視察に行った同業者の話によれば、外国の学術誌の中にも、科学技術関係の読物が掲載されているということだった。
　学術誌には難しい長編の論文が掲載されるのは当然であるが、そうした形式にとらわれることなく、エッセイ、対談、書信、随想録のような、さまざまなスタイルの小品を載せてもよいのではなかろうか。　　　中医学は文学、史学、哲学と密接なつながりをもっており、歴代の中医学者のなかには、医学と文学に長けた者も多く、中医学の著作には、医理と文理が一体化しているものが少なくない。この種の書籍は医学の論述であると同時にすぐれた作品でもあり、中医学の特色をそなえていて、読者の評価も高い。『医林掇英』の成功は、作者が医学と文学の面で高度のレベルを有していることと切り離すことはできない。
　作者の明堅は、本名を柯雪帆といい、上海中医学院一九六二年の第一期卒業生である。先ごろ助教授に昇格したが、彼は同学院に残った同期の卒業生のなかでは、最初の助教授であり、上海中医学院傷寒温病教研室の副主任でもある。私たちは編集者と作者という立場にあって、互いに尊重しあい、意見を交しながら思考し、知識を補い合いながら、楽しく作業を続けている。これも一筆つけ加えたくて記した次第である。
<p align="right">王　建 平
一九八二年夏　上海中医薬雑誌社にて</p>
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