▼書籍のご案内-序文

痛みの中医診療学



 痛みは,さまざまな病気の上に現れる1つの臨床症状です。痛みは多くの場合,猛烈な,あるいは持続的なものとして肉体や精神を損傷し,人々の心身に大きな影響を与えます。痛みで最も多くみられるのは,頭痛,腰痛,四肢の関節痛などですが,最近は悪性腫瘍や癌の発病率が高くなったことから,末期癌に伴う癌性疼痛に苦しむ人々も少なくありません。そのため,痛みにたいする研究や治療は,早急に行われなければならない重要な課題となっています。
 痛みに関する中医学の診療は歴史が古く,紀元前3世紀に書かれた最古の医学書『黄帝内経』には,さまざまな痛みにたいする診断や治療の方法が記載されています。また,時代と共に培われてきた豊富な経験と研究によって,痛みに関する中医学の診察法・診断法・治療法は次第に完成されたものとなり,今日では治療法の多さと同時に副作用の少ないことで理想的なものとして注目されています。
 もちろん西洋医学で用いられる鎮痛剤はすぐれたもので,高い効果が得られます。しかし,それらは痛みそのものを止めることを目的としているため,痛みを引き起こす病態を変えることはできません。また,鎮痛剤に過敏な人,副作用が出る恐れのある人,慢性疼痛のため長期に用いなければならない人などにたいする使用は困難とされています。よって,これらの西洋医学の弱点を補うものとして中医学の治療が必要不可欠であり,高い治療効果が期待できるのです。
 現代中医学は,西洋医学のすぐれた最新の検査技術や診断技術を用いて明確な診断をしたうえで,中医学の整体観や弁証理論にもとづいて痛みを治療することを重視しています。すなわち,中医学では痛みそのものをみるのではなく,痛みを引き起こす疾患の病態を把握し,証候と体のバランスの状態を総合的にみて,いくつかのタイプに分けて治療をするのです。このような治療法は,痛みを抑えるだけでなく,血液循環の改善,炎症と腫瘍の抑制,体力の増強,免疫の調整などの効果もあります。西洋薬の鎮痛剤を併用する場合には,鎮痛剤の減量あるいは廃薬などの効果も期待できます。また,針麻酔の発達は,中医学の疼痛と鎮痛原理の研究をさらに発展させ,鎮痛効果を高めるうえで重要な役割を果たしています。
 日本では漢方医学が浸透しており,漢方エキス製剤を用いての疼痛治療にも一定の成果があげられています。しかし,「方証相対」あるいは「方病相対」の考え方にもとづいた薬の使い方が多く,体系的な漢方医学としての「中医学」の弁証論治によって疼痛を治療することは少ないようです。
 私たちはこのような現状をふまえ,中医学,日本漢方医学,西洋医学の結合によって痛みにたいする治療効果がより高まることを切望し,本書を著しました。
 総論では痛みにたいする中医学の診察法,診断法,治療法をわかりやすく整理し,できるだけ現代医学的な解釈を試みました。生薬の部分では,現代薬理学の研究成果も紹介しています。
 各論では現代医学の診断にもとづいた中医学の弁証論治を中心に,証候の変化や患者の個人差,特殊性などにも注意を払い,それに応じて加減した処方も加えました。また,日本の現状に合わせて,漢方エキス製剤の使用法も証候に分けて紹介しており,臨床における実用性をとくに重視しました。
 本書は,医師や薬剤師のための疼痛診療専門書を意図したもので,中国で出版された『中医痛証診療大全』『中西医臨床疼痛学』『中医臨床大全』『中医痛証大成』『新編中医痛証臨床備要』など多数の書籍や論文を参考にしました。さらには著名な老中医の経験や日本の漢方医の治療経験も参考にしています。

 本書が中医学や漢方医学を学ばれる医療関係者のお役に立ち,ひいては疼痛で日々苦しんでおられる多くの患者さんの治療に貢献できれば幸いです。
 本書の内容につきましては十分に検討しましたが,不備な点につきましては多くの方々のご叱責,ご助言をいただけることを期待しています。
 ご指導やご助言をいただいた熊本大学医学部の三池輝久教授,岩谷典学講師,江上小児科の江上経諠院長,肥後漢方研究会の藤好史健会長,久光クリニックの久光正太郎院長,熊本芦北学園の篠原誠園長,水俣協立病院の藤野糺総院長に深く感謝の意を表します。
 また,編集にあたってお世話になった株式会社鶴実業の水崎三喜男社長,株式会社ツムラ熊本営業所の坂口宏所長,カネボウ薬品株式会社熊本出張所の佐藤俊夫所長に心から感謝しております。
 出版にあたり,大変お世話になった東洋学術出版社の山本勝曠編集長と皆様および編集協力の名越礼子先生に厚く御礼申し上げます。

編著者:趙基恩・上妻四郎