▼書籍のご案内-序文

『[実践講座]中医弁証』

 「中医は難しい。優秀な中医師になるのはさらに難しい」といわれる。この難しさは,わが国の伝統医学があまりにも広く深いことによるのかもしれない。歴史も長くその知識は海のように広く,医家学派や古典の文献も非常に多いため,伝統医学の理論をしっかりと身につけ把握することは確かに並大抵のことではない。これが難しさの第一の原因であろう。
 またさらに難しいのは,中医をしっかり学ぶということは,豊富な知識を把握するだけでなく,長期にわたる臨床の積み重ねや奥深い研究が必要だということである。その経験や研究があってこそ,はじめて理論と実践を融合して正確に弁証し治療することができるようになる。これが難しさの第二の原因である。臨床にのぞむ医学生が病気を診断できず,正確な弁証論治ができなければ,たとえどれほど理論がわかっていても,テストで高得点をとっていても,いったん臨床の場に立てばきっと手も足も出せないだろう。
 今日の中医薬大学の教育課程では,必要に応じて臨床実践のカリキュラムを組むことはなかなか難しく,また専門的に系統だった弁証を,すじみちを立てて考える訓練をするような科目もないというのが現状だ。それではいったいどのようにして理論から実践に導けばよいのであろうか。それには,私は本書『[実践講座]中医弁証』が非常に適していると思う。
 本書は理論と実践を結びつけ,またその距離を縮めてくれるかけ橋になる。本書は臨床でよくみられる症状を選び,医師が目の前の患者に対し「望・聞・問・切」の四診,および弁証論治を行うという形式をとっている。これは,初学者が患者を目の前にしてどのように臨床の情報を集めればよいのか,またどのように中医の整体観念を運用して弁証・分析していけばよいのかという問題を解決するのにぴったりである。読者がそれぞれの臨床症例において,実際の診療過程を再現しやすいよう,また医者が弁証するときどのように考えて組み立てていくかを適時提供し,弁証論治によって導き出された結論に対しても随時分析・解説を加えている。本書は中医学の特徴を出しつつも,現代医学の病症とも密接に関連づけているため,的確で実用性も高く,また発想も面白く斬新なので,初学者が理論から実践に向かううえで,有効で新しい道筋を提供しているといえよう。
 読者は本書を通じて,短時間のうちに臨床における情報集めの初歩的な方法や,臨床の際の弁証論治の立て方や分析の仕方を理解することができる。そのため診療においてどのように考えればよいかという能力をつけると同時に,今まで学んできた理論や知識を確固としたものにできるので,理論と実践を融合した本当の意味での一貫性が生まれるのである。本書は中医学習者の臨床診療能力と理論のレベルを確実に高めてくれる良書である。
 著者は長年にわたる中医の教育と臨床経験を通して,中医学習者が早急に解決しなければならない問題がわかっているので,その問題を本書の切り口として執筆にあたった。この点から,本書が読者に大きな収穫をもたらし,また中医教育界からも必ずその有用性を認められるに違いないと確信している。

王 燦輝  2004年10月 南京にて

 

  まえがき

 「診」とは診察・理解のことであり,「断」とは分析・判断のことである。つまり「診断」とは病状の情報を集め,帰納・分析し,そこから患者の病症の性質を識別し判断を下すということである。弁証論治は中医の真髄であり,本書が読者に紹介しているのは,まさにこの中医診断に欠くことのできない弁証を立てるすじみちなのだ。
 周知のとおり,正確な診断は正確な治療の前提となる。筆者は長年教壇に立ち,また臨床で学生たちを見てきたなかで,つねに感じることがある。それは,非常に勉強熱心で試験の「カルテ分析」を得意とする学生でも,はじめて臨床の場にのぞみ,複雑な病症や断片的でとりとめのない患者の返答に出合うと,どうすればよいかまったくわからなくなるのだ。彼らにいわせると「患者が自分たちの前に座っているとき,自分たちは表面上は落ち着いた顔をしているけれども,心のなかでは患者よりも慌てていて,次はどうすればよいのか,何を話せばよいのかもわからなくなっている。なぜなら,臨床の病症はどれも教科書に書いてあるような,系統的で典型的な症例ではないのだから」ということなのだ。学生たちは今まで学んだ知識をいかに使って,さまざまな患者のごく簡潔な主訴からどのように「診」と「断」を行っていくべきかという問題につねに深く困惑している。確かに「どんなにその航路が遠くても,いつか必ず向こう岸につく日がくる」という言葉があるように,しっかり勉強し積極的に実践を重ねていけば,経験が蓄積されるにしたがい習熟できる日がくるであろう。しかし,どのようにすればその過程を少しでも縮めることができるのだろうか。
 まさに,こういった臨床医師になろうとしている学生や,はじめて臨床に立った青年医師,あるいは中医愛好家の要求が本書のテーマの選択を促したのである。中医薬大学の学生がこれまで学んできた知識や理論を,複雑で変化の激しい臨床のなかでより有効に運用し,臨床の仕事に従事した際にもより早く適応して臨床の弁証分析能力をさらにアップできるようにと,われわれは長年にわたって教育と臨床の仕事に携わってきたメンバーを集め本書の執筆にあたった。
 本書はある情景を設定して診断を行うという形式をとっている。臨床でよくみられる症状を選び,診察という場面のなかで,医師が患者に対し実際に弁証論治を行う過程を文章にして表している。さらに医師の弁証論治の立て方や分析の仕方,結論の導き方などを,医師が実際に臨床の診断を進めていく過程に沿って1つ1つ読者に示していく。本書は本篇・副篇の2部に分かれ,本篇はさらに4部に分かれている。臨床でよくみられる約60症例を,医師が実際に診断していく形式によって表している。途中,要所ごとにどのように分析しているのかというすじみちを示し,「望・聞・問・切」の四診によって臨床に必要な資料を集めた後,その病状を記録し,証や診断の結論を導き出し,治療法則や方剤を決定していく。そして,なぜこの結論が導き出されるのかという解説・分析を加えている。1つの症状に対し,いくつか症例をあげ,毎回,小まとめとしてその症状によくみられる証の種類や特徴,また鑑別などを論述している。最後に代表的な古代文献の摘要を少々加えてある。初学者が臨床でよくみかける症候の実用的な知識を確立できるようにと,数十例の四診の情報が揃った比較的簡潔な症例のカルテを付録として掲載した。読者には,要求にしたがい,まず自分で考え診断分析を導き出したあと,答案を参考にするようにしていただきたい。
 本書の100以上の症例を通じて,読者は比較的短時間に,初歩的な弁証診断の過程,およびその組み立て方を理解し把握することができるであろう。もちろん本書では,1つ1つの診断過程ごとに,まるでとても親切な先生がそばにいて,手とり足とり「これはどうするべきか,どう考えるべきなのか,なぜこうしなければならないのか,こう考えなければならないのか」を教えてくれているかのように書かれてはいる。しかし読者には本書を読みながらも,できるだけ自分で考えるようにしていただきたい。思考することを通して,前半部の模擬中医診断では自分の診断能力を高めることができ,また後半部の自己トレーニングテストでは,学んだ知識をより確実なものにすることができる。そうなれば,臨床の場でも弁証診療能力の面で比較的大きな向上がみられると信じている。またこれはわれわれ執筆者全員の願いでもある。ただはっきり言っておきたいのは,ページ数に限りがあるため,本書で重点的に紹介しているのは,臨床においてどのように必要な情報を集めたらいいのか,また弁証を分析する方法とその組み立て方であって,現代医学の技能や知識,および「病」の診断については重点をおいていない。そのほか口語の特徴と一般の文書体の形式ともに持ち合わせなければならないため,模擬診断過程の医師と患者の対話についても,われわれ執筆者が一部修正を加えている。
 著名な温病学者であり,全国の名老中医でもある王燦輝教授がお忙しいなか本書のために序文をくださったことに心から御礼を申し上げる。また,南京中医薬大学副校長・江蘇省中医院院長である劉瀋林教授もご多忙のなか本書の監修を担当してくださったことに心からの感謝の意を表したい。そして本書の執筆中,われわれを励まし支持してくださった方々にもこの場を借りて御礼を申し上げたい。筆者は本書が出版されたのち,各方面からの御意見・御指摘をお待ちしている。今後,われわれが再版するにあたって,よりよいものができるよう本書の誤謬・手抜かりや不完全な点などおおいに指摘していただきたい。

楊 亜平