▼書籍のご案内-序文

『[新装版]中医学入門』

新装版 はじめに


 本書は中医学の入門書としてすでに多く読者を得て,これまで中医学への道案内としての役割を果たしてきた。今回,第3版を上梓するにあたり,なるべく重点を押さえながらも分厚くならないことを心がけ,スリム化をはかった。さらに図は簡明でわかりやすいことをむねとし,入門者でも中医学的な考え方に入っていきやすいように要所で挿入した。過去に偉大な医学者たちが時代時代で様々な研究を重ねて臨床に基づいた理論を構築補強し,現代の中医学界でもこの流れは絶えることなく進行中であるが,いまなお中医学を学んできた医師にとってさえ疑問に思われるところが依然として多い。本書は,現時点で矛盾が少なく臨床で有用な理論を心がけ,理論倒れにならないように検討を加えた。第1版,第2版では現代医学的解釈に力をさいたが,やはり本来の中医学的な観点に基づいてよりわかりやすく説明することの方が入門する諸兄のために有益であると考え,これまでよりも中医学入門書としての原点にもどって記載したつもりである。内容的には弁証論治にいたる基礎,とくに最も中医らしい考え方である陰陽論,人体を構成する基礎物質に対するとらえかたなどは旧版とは一新している。弁証論治の応用については多くのページを割いていないので,本書で興味をもたれた方は是非とも次のステップに進まれてより上級の書物で学んでいただきたい。
 本書によって一人でも多くの読者が中医学に対する興味をもち,もう一つの治療手段として継続して学ぶきっかけになることを心から願っている。なお,本書に対する批判や疑問は当然あるとおもわれるが,さらによりよい入門書に育てていただくために是非建設的なご批判をいただければ幸甚である。

 2012年

神戸中医学研究会


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第2版 はじめに


 漢方薬が日常の診療に定着した現在,中医学も市民権を得つつある。中医学はとりつきは面倒であっても,根気よく学習すれば必ずそれだけの成果が得られるために,次第に受け入れられ滲透したと思われる。
 現在の中国では,教科書的なレベルのものはもちろん,各種の専門分野の深いレベルに至るまで,さまざまな中医学関係の書籍が次々と刊行されて,新たな発展の趨勢を示すとともに,古典の復刻も漸増しており,中国の厖大な歴史と底力をみせつけられる感がある。
 中医学は,自然界と調和しながら生命活動を営む存在として人体をとらえ,生理的・病理的な現象を注意深く観察したうえで,自然界の現象になぞらえて意味づけし抽象するとともに,自然界の事物を用いて治療を行い,抽象した内容ならびに治療の適否などを判断・評価・修正しながら次第に認識を深めてきた。そのために,「生きもの」としての人体を総合的・全体的にうまくとらえ,自然界の事物である金石・草根木皮を用いた,自然で無理のない「治療医学」の体系を形成している。医学上のさまざまな認識は,書籍として後世に残され,少なくとも2000年の歴史的経過を経て,歴代のさまざまな医家が批判・訂正・賛同・強調を行いながら評価し,現在に至っている。それゆえ,現代の場においても十分評価できる内容であることは疑いない。ただし,漏れなくすべてを継承できているわけではなく,価値ある認識が埋もれている可能性が大いにあり,新たな実践による新たな認識を得るとともに,「温故知新」による発展を心がけるべきであり,より高度の「中医学」の完成をめざす努力がはらわれることを期待している。
 西洋医学は分析的で細分化した物質面での実証を重んじ,個々の臓器・器官・組織のふるまいをもとに人間の全体を機械論的にとらえ,個別よりも普遍性に重点をおいている。それゆえ,外科や救急医学のように人間を機械として扱う面では高度の成果をあげてはいるものの,現実に悩める「生きもの」としての個人にとっては,大きな救いになるとは言いがたい。診断医学としては優れているが,「治療医学」の体系としては非常に幼稚であり,純粋な結晶といった自然界には存在しない薬物を使用して副作用を不可避的にかかえたり,いつまでたっても当面手に入れた「手段」に依存するだけの行きあたりばったりの医術しか行えていない。今後は巨大な砂上の楼閣にならないような方向性をみつけるべきであり,その大きな助けとして「中医学」が存在すると考えている。
 本書は第1版と同様に,中医学という医学大系を,できるだけ本来の面目を保ちながら整理し,西洋医学的な解釈を加えて,医師・薬剤師のための入門書とすることを意図している。中医学と西洋医学では切り口が全く異なるので,西洋医学的な病理の解釈や病名には不備が多いと考えられ,第2版編集にあたって十分配慮を加えたが,その面ではご容赦願いたい。中医学の観点に主体をおいて,医学の認識を変更し修正していく方が,今後の実りが大きくなると考えられる。できれば,本書をきっかけに中医学に本格的に参入されることを望みたい。
 神戸中医学研究会は既に20年を越える歴史をもち,この間真面目に研鑽を積んできたつもりであり,本書が医学の発展に寄与できるように念じている。ただし,なお認識の誤りが存在する可能性は否定できないので,多方面からご批判をいただければ幸いである。

 1999年

神戸中医学研究会


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第1版 はじめに


 中国の伝統医学は,現在は「中医学」と呼ばれ,我国の「漢方医学」と源を一にするものである。中医学では,統一体としてとらえた人体を基本にすえ,さまざまな病態に数多くの治療を行うことにより,歴史的な経緯を通じて評価を加えながら発展して来た治療主体の医学体系である。人体の生理・病理・病因・病態そして薬理なども,ある程度の観念論をもとにして治療実践から逆に創りあげて来た様相がみられ,また実体的な験証もあまり行われておらず,このことが現代医学を修めた我々にとって難解さを感じさせる原因となっている。しかしながら,治療を通じたアプローチであるがゆえに,分析的・細分化的に進行して来た現代医学が求め得なかった全体観を持つことができ,診断と治療の直結という有利な面も生じている。少なくともこの面に関しては,医学の将来に対し大きな展望を与えるものと確信している。
 最近の中国におけるさまざまな研究から,中医学の提示しているものが単なる観念論や対症療法ではなく,人体のもつ本質的な機能や状態をうまくとらえ,これを改変しうる体系的医学であるという証拠が示されつつある。今後の研究の進歩とともに,ますますこの面での評価が高められるものと考えている。
 日本においても「漢方医学」としての古い伝統があり,数多くの先人が中国の伝統医学を輸入し継承発展させ,現在も続いて存在している。ただし,体系的医学としての認識は十分でなく,社会的・歴史的な条件の制約もあって,日本流の解釈となってしまっており,中医学とはやや様相を異にしている。とくに,生理・病理・薬理に関する基礎理論があいまいで,中医学の基本とする「弁証施治」はほとんど行われてはいない。こうした面から,一部の人達から「対症療法」にすぎないという評価を受けることにもなっているものと推察される。
 本書は,中医学という医学体系を,できるだけわかりやすく整理し,かつ現代医学的解釈を加えて,医師・薬剤師のための漢方医学入門書とすることを意図したものである。基本にしたものは,「中医学基礎」(上海中医学院編・神戸中医学研究会訳・燎原書店),「中医学基礎」(北京中医学院主編・人民衛生出版社),「中医臨床基礎」(翟明義編・河南人民出版社),「中医基礎学」(浙江省〈西医学習中医試用教材〉編写組・浙江人民出版社),「新編中医学概要」(広東省衛生局他編・人民衛生出版社),「中医学」(江蘇新医学院編・商務印書館),「実用中医学」(北京中医医院他編・北京人民出版社)で,このほか種々の論文を参考とした。
 我々の中医学および現代医学に対する認識は不十分なものであり,当然多くの誤りがあるものと考えられる。また,現代医学的な解釈についても推論にすぎない面が多い。本書は中医学を現代医学に応用するための初歩の試みであると考えている。多方面からのご批判をいただければ幸いである。

 1981年7月

神戸中医学研究会