▼書籍のご案内-序文

『運動器疾患の針灸治療』

はじめに


  下記の事項を伝えるために本書を記した。


1.運動器とは,東洋医学でいう「経筋」のことである
  現代医学でいう運動器とは,骨・関節・筋・靱帯・神経といった人間の身体を支え,動かす役割をする組織・器官のことである。運動器とは東洋医学における経筋のことであり,経筋のラインと病変・治療法については,すでに紀元前に『霊枢』経筋篇のなかに書かれている。
  経筋とは,人体に十二ある縦の筋のことである。「経」とは,たて糸のことであり,縦につながっているという意味がある。東洋医学では,十二経筋は機能的につながっていると考えられており,この経筋ラインを利用して治療に応用してみると実際に機能していることがわかる。


2.運動器疾患には針灸治療が最も効果がある
  運動器疾患は被患頻度が高く,日常診療で遭遇することが最も多い。現代医学の鎮痛薬や局所注射より針灸治療のほうが効果がある。その証拠に,多くの患者は「整形外科や外科で,いろいろな検査や治療を受けたが治らないから……」と,内科の筆者のところに針灸治療を求めて来院する。


3.針灸治療で運動器症候群による「寝たきり」を予防できる
  運動器が障害されると,腰痛や膝関節痛などを引き起こし日常の動作が障害されることが多い。その結果,運動器疾患を起こし,運動器症候群(locomotive syndrome)と呼ばれる状態になる。つまり,足腰の痛みのために運動障害を来し,ついには寝たきり(図1)になるのである。
  現在,わが国は高齢社会を迎えた。多くの人々がなんらかの運動器疾患を抱えそれぞれの生涯を終えてゆく。加齢に伴う運動器疾患は針灸治療によって治療することができる。だからこそ,すべての人々のために針灸治療は役立つのである。


4.早期の針灸治療によって治療費を削減できるので,医療経済効果は高い
  厚生労働省の調査(図2)によれば,日本国民のなかで最も多い症状は,腰痛・肩こり・関節痛である。これらはすべて運動器疾患である。つまり,わが国の多くの人々は,運動器の病気(=経筋病)で最も悩んでいるということである。
  針灸治療によって,患者の抱える苦痛を早く取り去ることができれば,患者のドクターショッピングを防ぎ,治療費の削減につながる。運動器疾患に針灸治療を取り入れると,医療経済効果は高い。


5.針灸治療は,あらゆる部位の捻挫・打撲・筋肉痛などのスポーツ傷害にも効果がある
  本書は,現代医の観点からみた東洋医学の説明である。医師にとっては目新しい言葉が出てくるかもしれないが,治療に際しては,現代医学の病名にこだわることなく,東洋医学から得られた情報に従って治療していただきたい。
  医師にとっては,東洋医学の診断方法や経絡,特に十二経脈についての知識を学ぶことが必要である。
  最初は,経絡の構造や穴位の位置などに当惑するかもしれないが,東洋医学の解説書(参考文献1,2など)を参考にすると理解しやすいと思われる。


  東洋医学の教育を受けている鍼灸師にとっては,すでにご承知の知識かもしれないが,本書に示すのが現代医からみた東洋医学の特徴である。
  本書では刺絡についても記載している。鍼灸師は,下記の根拠により法的にも刺絡を行える。


●鍼灸師の行う刺絡療法は合法的である
  「日本刺絡学会」発足のきっかけになった出来事がある(参考文献3)。それは,昭和62年8月,栃木県鍼灸師会会長・福島慎氏が,「三稜針による瀉血治療は医師法違反である」として宇都宮中央警察署に家宅捜査を受けたことに始まる。しかし福島氏は,「刺絡は鍼灸師の業務範囲であり,医師法違反ではない」と反論主張した。
  その結果,昭和63年11月,検察側が「公訴を提起しない」,すなわち「裁判を止める」と決定したことから,「刺絡療法の正当性」が示された。つまり,鍼灸師が刺絡を行うことは合法的であるとみなされたのである。
  最初は「全国刺絡問題懇活会」として平成4年3月に発足し,平成6年に「日本刺絡学会」と改名した(参考文献3)。現在,日本刺絡学会は,東京と大阪で交互に定期的に学術大会を開催しており,その間,刺絡の講習会も定期的に実施している。こうした活動は,鍼灸師が刺絡の技術力を向上させるために役立っている。
  なお現在では,針灸の一部の教育機関においても刺絡は講義されている(参考文献4)。