▼書籍のご案内-序文

名医が語る生薬活用の秘訣

推薦の序


 1980年代は現代中医学の日本への導入の黄金時代であった。日中国交回復前後から始まった先人たちの努力を引き継ぎ,80年代に入り,ありがたいことに私たちはその恩恵を享受することとなった。当時60代であった全盛期の老中医たちが相継いで来日し,日本で中医を学ぶ者を直接指導していただく幸運に恵まれた。張鏡人(上海),鄧鉄涛(広州),陸幹甫(成都),柯雪帆(上海)らの諸先生で,振り返ってみると,私たちは最高レベルの先生に習うことができたのだとつくづく思わされる。
 なかでも何度も来日され,熱心に指導してくださったのが焦樹徳老師(中日友好病院・北京)であった。北京中医学院時代の教え子の兵頭明氏が私たち中医学徒と焦老師を繋げてくれた。京都の高雄病院や東京での勉強会で,一日中あるいは泊まり込みで講演,質疑応答,私たちの症例報告の講評,患者さんに来ていただいての症例検討と濃密なスケジュールをこなし,私たちに真摯に向き合って教えてくださった。この熱心な生徒たちを北京にも呼びたいということで,1986年に中日友好病院で日中学術交流会を準備してくださった。矢数道明先生を団長に参加したが,ここでも焦老師の友人の多くの老中医の知己を得ることができて感激した。私の北京留学時代にも何度かお目にかかり,留学先の広安門病院の老中医の路志正先生に私の教育を託してくださった。温厚なお人柄も魅力があり,来日の際には拙宅にも来ていただいたことがあり,心の通じた恩師だった。焦老師こそ日本の中医学の偉大な教師であったと思う。
 焦老師の専門領域の一つは痹証(リウマチ性疾患)であった。焦老師の講義には日本では流通していない海風藤・伸筋草などが登場して戸惑ったが,幸い本書の原書『用薬心得十講』が出版されており,これを入手して学ぶことで,見知らぬ生薬の使い方にも得心できた。こうして接した本書は臨床に密接に結び付いた生薬の効能と配合を教授する珠玉の宝物で,中薬学の教科書の知識を臨床に活かす格好の手引きとなった。
 本書は中国でも版を重ね,読み継がれている。それは薬物の臨床応用,すなわち弁証論治において薬物を組み合わせ,随証加減する知識を与えてくれる書として,本書がきわめて有用だからに他ならない。各論の各薬物の解説では,その薬物の効能が簡潔にピシッと示され,次いでそのいくつかの効能を活かすための配合が丁寧に述べられている。例えば第3講・瀉利薬にある「沢瀉」の項を見ると,その効能は「肝・腎2経の瀉火,膀胱の逐水である」として,その効能を得るための7通りの配合の例が示されている。学んで応用してみると臨床の場面に役立つことが一目瞭然である。
 中薬学の教科書で同じ分類項目(例えば利水薬・補益薬など)に属していても各薬物には個性があり,またいくつもの顔をもち,それぞれいろいろな場面に応用できる。それは薬物の配合により発揮される。本書は臨床の場面に応じた配合の例が豊富で適切である。中薬学の教科書を学び,その知識を臨床に活かす次のステップの学習に,本書が役立つ。
 まず,ご自分の使い慣れた身近な薬物から学んでみることをお勧めする。その場合,例えば沢瀉を学ぶとき,同じ分類の茯苓・猪苓・車前子・滑石なども同時に読み進み,使用に当たっての鑑別点を学ぶとよいだろう。また,第1講と第10講の総論部分も味わい深い。初心者には得心がいかない部分もあるかもしれないが,本書を臨床に活用しながら,繰り返し総論部分も読み返していただきたい。弁証論治にもとづく用薬の神髄がおぼろげにも理解されるのではないだろうか。
 本書を愛し,その恩恵を受けたひとりとして,日本語に翻訳され,多くの方に学習されることになるのがたいへん喜ばしく思われる。本書を手に取る皆様が,本書の知識を臨床の場面に活用して,弁証論治の能力を向上されることを期待して推薦の序としたい。

日本中医学会会長
平馬直樹