▼書籍のご案内-序文

『中医オンコロジー ―がん専門医の治療経験集―』 序




 現在の中国では,世界の他の地域と同様に,がん患者は年々増え続けており,その治療も時代の要求に合わせて,めまぐるしく発展している。がんの集学的治療の必要性が叫ばれて久しいが,中国では中医学がすでに集学的治療の一部となっている。
 また,昨今は患者主体の医療としてテーラーメイド治療が注目されているが,中医学はまさしく先哲の作り上げてきたテーラーメイド医療であり,その歴史は長く,症例経験も豊富である。中医治療は中国古来の和諧の精神にもとづいており,がん治療においても,担がん患者の体内の腫瘍と生体の抵抗力に中薬が作用し,平衡状態に導くといった働きをもたらす。
 西洋薬による治療は,がんを攻撃することに主眼をおくため,しばしば過剰医療を引き起こす。そこで中薬治療を併用すれば,この「過ぎたるは及ばざるが如し」の状態を未然に防ぐことができる。早期のがんに対しては西洋医学の治療で腫瘍を取り除き,中医治療でがん体質を改善する。また進行期以降のがんに対しては,中医治療で症状を緩和し,生存期間を延長し,高いADL(日常生活動作)レベルでの担がん生存を実現する。このように,集学的治療のなかで中医治療が果たす役割は大きい。
がんの中医治療学(以下,中医オンコロジー)は,今日まで発展を遂げてきている。ここ30年の間は,扶正培本を治療の基本に,担がん生存を目標とした治療にもとづく臨床および基礎研究を積み重ねてきている。担がん生存の目標とは,腫瘍は消滅していないが増殖は遅く,患者が長期に生存していて,かつQOL(生活の質)が保たれていることである。
 中医オンコロジーの特徴には,症状の軽減,QOLの改善,放射線療法・化学療法・分子標的薬治療の副作用軽減なども含まれている。また,中医オンコロジーの中核となる理念に「未病を治す」という考え方がある。がん治療においては,発病の予防,進行や転移の抑止,寛解後の再発防止が,この考え方にもとづくものである。
 中薬による腫瘍治療の効果は,日増しに国内外の専門家から注目されるようになってきている。なかでも世界規模の研究所であるアメリカ国立がん研究所(NCI)の補完・代替医療センターからは少なからざる関心を持たれている。最近では中薬とがんに関する学会が,アメリカ国立衛生研究所(NIH)によって何回も開催され,現状と植物薬の臨床効果および基礎研究の方法論に関して議論されている。中薬による腫瘍治療は,次第にEBM・個の医療・標準化を目標とするようになっている。すなわち中薬の薬効の評価体系を苦心して完成し,中医オンコロジーの基礎理論を絶え間なく作り出し,基礎研究では免疫学・遺伝学・分子生物学などを取り入れ,従来の簡素な抗がん生薬実験から細胞・遺伝子・分子のさらに深いレベルでの研究へと発展しつつある。
 2006年には,がんは「コントロール可能な慢性疾患」に位置づけられ,前世紀の「いかにがんを見つけて,いかに消滅させるか」という考えから,21世紀的な「分子標的治療と腫瘍のコントロール」へと発想が変化してきている。中医オンコロジーもこの方向を目指しており,人類の健康に大きく貢献し,なおかつ治療の国際標準を変革する契機となるよう,チャレンジし続けている。
 本書では,中国でがん患者に対して行われている中医オンコロジーの臨床の実際を紹介したいと思う。原書『名中医経方時方治腫瘤』(中国中医薬出版社)の日本語翻訳に際しては,2014年よりわれわれの研究グループに参加している平崎能郎が一人で行った。彼は,真面目で誠実な性格であり,われわれの真意を失わずに,わかりやすく適切な表現を用いて翻訳したことと思う。本書により,日本のがん患者に福音がもたらされることを願っている。


2016年5月  花 宝金