▼書籍のご案内-序文

『古典から学ぶ経絡の流れ』 まえがき

まえがき


 鍼灸配穴原則の基本の1つに「循経取穴法」がある。『霊枢』終始篇に「病の上に在る者は下に之を取り,病の下に在る者は高きに之を取り,病の頭に在る者は之を足に取り,病の腰に在る者は之を膕に取る」とあるように,『黄帝内経』には経脈の循行にもとづくこの取穴法が数多く見受けられる。
 ところで『鍼灸甲乙経』『銅人腧穴鍼灸図経』『鍼灸大成』など歴代の鍼灸書には,各経穴に「主治」と「刺灸手技」が記載されている。そして,その主治の多くは「経脈の通じる所は,主治の及ぶ所」という慣用句で言い表されているように,経穴が所属する経絡の循行部位における病症である。たとえば手陽明大腸経の合谷穴は,『四総穴歌』(明代の『乾坤生意』出)に「面口合谷これを収む」とあるように,顔面の様々な病症を主治できるが,これは大腸経が手指から前腕,上腕を通って顔面部まで循行しているからにほかならない。
 しかし,大腸経各穴の主治を1つひとつ見てみると,たとえば同経の商陽穴では,「耳鳴,耳聾」が主治にあげられている。常識的には,大腸経は「上りて鼻孔を挟む」ところで終わっていて,大腸経の循行には耳とのかかわりが出てこないのだが,商陽穴はなぜ,耳の病症を治すことができるのだろうか。
 これは要するに,「其の別なる者,耳に入りて,宗脈に合す」と『霊枢』経脈篇にあるように,大腸経の絡脈が耳に入っているからである。したがって大腸経には,耳に関係する経穴が存在するのである。同様に,足三里穴の主治に「目不明」があるが,これは,胃経の経別(別行する正経)が目系につながっているからにほかならない。
 こうして見てみると,各経穴の主治を各経脈の循行を視野に入れて考える際には,本経のみではなく,絡脈や経別までを含めて,体系的に経絡をとらえなければならないのであろう。
 翻って,日本の鍼灸学校における現行の教科書『新編 経絡経穴概論』は,経穴の解剖学的位置については詳細に述べられているが,歴代の鍼灸書に登場する「主治」や「手技」がまったく示されていない。これは,道具の説明書において,その道具がなにに使うものなのか,どのように使うのかを記していないに等しいことである。さらに,各経穴が「主治」を欠くことによって,十四経の各経ごとに冒頭に書かれている経脈流注は,その後に続く所属の経穴と結びつかず,流注説明は単なる飾り物でしかなくなってしまっている。さらに流注説明も絡脈や経別を省くことによって,学生が経絡流注の全貌を知るには程遠いものとなっている。
 もし東洋医学にもとづく鍼灸治療を志すならば,経穴の主治に依拠するだけでなく,その経穴が所属する経絡の流注に着目しなければならず,さらには,その経絡循行の理解は絡脈や経別も含めた全体的なものでなければならないであろう。
 そうして見てみると,経穴についての書籍は巷にあふれる簡単な「ツボ療法」本から,鍼灸師向けの「経穴主治」書まで様々なものが世に出されているが,「経穴主治」の根底をなす経絡流注の全体像をとらえようとする書は,日本ではほとんど見受けられない。
 本書では読者が経脈循行の理解を深められるよう,『黄帝内経』まで遡り『素問』『霊枢』から,経絡の循行に関する部分を経別や絡脈,経筋など経脈ごとに取り出してまとめた。さらに『類経』(明代・張介賓著)から『霊枢』経脈篇の各経脈流注に関連する部分をそれに附し,日本語訳を施した。そのうえで,経別や絡脈までも含めて各経脈の循行をまとめた『経脈病候弁証與針灸論治』(張吉主編,人民衛生出版社2006年6月刊,日本語版を東洋学術出版社より刊行予定)を一部,手直しして訳出し,「××経の循行についてのまとめ」として,各経の末尾に記した。
 人体の全体像を経絡の体系でとらえようとするとき,本書がその一助になれば幸甚である。とりわけ,鍼灸学校の学生諸君が,教科書『新編 経絡経穴概論』のサブテキストとして,本書を用いていただければ本望である。


2017年7月
浅川 要