▼書籍のご案内-序文

『疾患・症状別 漢方治療 慢性疼痛』巻頭言



巻頭言




渕野辺総合病院 病院長
世良田 和幸
 
 
 「痛み」は,古来より人間にとって辛く,切ない症状の1つであったと考えられます。身体のどこかの痛みで苦しんだ経験のない人は皆無といってよいでしょう。西洋でも,東洋でも,痛みの緩和を目的とした治療法は,古くから考えられてきました。エジプト時代にはすでにケシの実の鎮痛効果は知られており,中国で紀元前3世紀に書かれたといわれている『黄帝内経(こうていだいけい)』にも,すでに「痛み」に対する記載があります。その『素問(そもん)』挙痛論篇の中に,「痛み」に対する病因,病機,病位,証候,予後などが記載されており,「痛み」はその当時から治療の優先事項だったことがうかがわれます。また,3世紀頃に著されたといわれる『傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)』に記載されている113処方のうち35処方が,「痛み」に関するものであることからも,医学は「痛み」との戦いの歴史であったといっても過言ではありません。
 西洋医学は,東洋医学とは基本的に「痛み」に対する考え方が異なっており,病理学的な視点にも相違が見られます。例えば,東洋医学では主として,気・血・水の流れを「痛み」治療の根幹とするのに対し,西洋医学的治療法では,組織や神経の病理学的な見地から,消炎鎮痛薬の開発や手術療法,ペインクリニックなどを主体として治療を行っています。また,急性期の痛みの治療として,東洋医学には鍼灸があるものの,近年の西洋医学では,さまざまな新しい治療法が確立するなど飛躍的な進歩を遂げました。
 しかし,現代西洋医学は,急性の「痛み」を有する器質的疾患の治療には対処できますが,「痛み」が慢性的に持続し,その病因が明らかでない「痛み」に対しては,治療に難渋することがしばしばあります。また,鎮痛薬は痛みそのものを緩和する作用はあっても痛みの原因を治療する薬ではありません。一方,漢方治療は,西洋医学の弱点を補う意味でも意義のある治療法です。漢方治療は,人間のホメオスターシスを改善し,QOLを向上させることで疼痛閾値を上昇させる働きがあると考えられており,痛みの原因となる身体の
中の病態を是正し,結果的に痛みを楽にする作用があるのです。もちろん,漢方はオールマイティーではありませんが,慢性疼痛に対する治療に関しては,西洋医学よりも分があると思っています。
 今回の企画は,慢性疼痛に対する症状・疾患別の漢方治療について,現在日本において「痛み」の治療を実践されている各診療科の先生方に,中医学・日本漢方・鍼灸の立場から,総論と症例提示をしていただきました。日本の疼痛漢方治療の第一人者である平田道彦先生へのインタビューでは,漢方薬との出会いから今日までの苦労話,漢方による疼痛治療に始まり,今では「痛み」以外の患者も漢方治療を求めて来院される話など漢方の妙味を話されています。一方,滋賀医科大学の福井 聖先生のインタビューでは,学内の学際
的痛み治療センターでの慢性疼痛の臨床と研究について言及されています。難治性の「痛み」の西洋医学的治療には,医師以外にも看護師や理学療法士,臨床心理士など多職種が連携し,個々に合わせたオーダーメイド的な治療法を検討する必要があると説いています。そして,慢性疼痛治療には,西洋医学的な治療法とともに,漢方や鍼灸を活用した補完・代替療法を加えた統合医療の必要性を強調されています。
 また,今回は平田先生が師と仰ぐ,日本の漢方治療の第一人者である織部和宏先生に,古典や口訣の解説をしていただきました。中医学の立場からは,入江祥史先生に漢方・中医学における「痛み」の病態とそれぞれの病態における治療法を解説いただきました。そして,がん治療の日本の草分け的医師の一人である帯津良一先生にもご登場いただき,ご自身が実践されている「攻めの養生」について綴っていただきました。
 個々の先生方の内容は紙面の都合で割愛させていただきますが,ご登場いただいた先生方の「痛み」,とくに慢性疼痛の治療に対する経験と心意気が満ちあふれた内容となっています。本書が,臨床現場はもちろん,慢性疼痛に悩む先生方の座右の書となり,バイブル的存在になればと心から願っています。そして,慢性疼痛治療における「漢方ライフ」を実践していただけければ幸いです。