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通巻123号(Vol.31-No.4)◇リポート



日本の漢方医学を世界へ向け発信
  ――ISOM・Japan 五苓散シンポジウム

 
2010年10月31日,東京品川にて国際東洋医学会(ISOM)日本支部の主催する「五苓散シンポジウム」が開催された。ISOM日本支部では,国際活動の一環として「日本の漢方医学の優れた研究成果を海外に向けて発信する」ことを始める。今回のシンポジウムはその口火を切る試み。五苓散に関するこれまでの諸研究や症例報告を包括し,その全体像を伝統医学と現代医学の両方から明らかにして,これからの臨床応用に役立てるのがねらいだ。当日は会場が満席となる70名余りが集まり盛会となった。
 
五苓散シンポジウム
 

 国際東洋医学会(ISOM)は,1975年に東洋医学全般を研究の対象とする学術団体として設立され,その翌年にソウルにて第1回大会が開催された。35年の長い歴史を有する。学会は日本・韓国・台湾の3カ国が主要理事国となり,事務局をソウルに置き,各国支部事務局と連携をとりながら活動している。現在の会長(第14代)は医療法人聖光園細野診療所所長の中田敬吾先生。今年2月,日本で11年ぶりに開催された第15回国際東洋医学会(幕張)を契機に,日本支部(理事長・安井廣迪)ではニューズレターの発行やシンポジウムの開催など学会活動を展開することになった。
 
■1日まるごと五苓散
 
 五苓散は『傷寒論』を出典とする,日本の臨床現場でも頻用される処方の1つである。現代中医学では利水滲湿剤に分類され,外有表証・内停水湿の蓄水証や,水湿内停,霍乱,痰飲が適応範囲とされる。利水滲湿と温陽化気の働きによって小便を通利し,水湿を取り除く利水の基本方である。五苓散は,沢瀉・猪苓・白朮・茯苓・桂枝の5味から構成され,君薬の沢瀉は腎と膀胱に直達し利水滲湿に働き,臣薬の茯苓と猪苓はその淡滲の性質によって利水滲湿の力を強め,佐薬の白朮は健脾によって水湿の運化を促進し津液を輸布する。さらに佐薬の桂枝は外では邪を解表し,内では膀胱の気化作用を助ける。
 
 五苓散は近年になって多彩な臨床応用が試みられ,その有効性が報告されている。このシンポジウムを通して五苓散の包括的な理解が深まれば誠に意義深い。今回報告された疾患は,脳浮腫・硬膜下血腫・頭痛・心窩部痛・嘔吐下痢・妊娠浮腫・透析患者の主訴(頭痛・吐き気・下肢の引き攣れ)などであった。
 
 脳外科領域では,近年脳浮腫や硬膜下血腫に対する五苓散や柴苓湯の効果が注目されている。今回のシンポジウムでは,複数例による比較研究の結果が報告され,いずれも五苓散の高い有効性が示された。
 
 木元博史氏(永津しとう医院)は,脳梗塞急性期における脳浮腫14例に対して,アルガトロバンと五苓散エキス併用の治療を行い両群の効果を比較したところ,五苓散併用群に在院日数の短縮・神経学的改善がみられた。
 宮上光祐氏(竹の塚脳神経リハビリテーション病院)は,慢性硬膜下血腫22例(27血腫)に五苓散エキスを投与し,血腫の消失または縮小を含む有効率は23血腫(85%)という高い有効性を示した。
 林明宗氏(神奈川県立がんセンター)は脳腫瘍に合併した脳浮腫60例(73件)に五苓散を投与し,自覚的改善度もしくは神経症状の改善度で総合判定した結果,著効(50%以上改善)19件,有効(50~30%)33件,無効(30%以下)21件であった。
 安井廣迪氏は灰本元氏と名古屋百合会の研究グループが10年前に行った気圧低下によって誘発される頭痛に90%という極めて高い確率で五苓散が有効であることを示した研究を紹介。
 木村容子氏(東京女子医科大学東洋医学研究所)は冷飲食がきっかけとなって生じた心窩部痛患者19名に五苓散を投与し,16例で有効を示し,有効例では白苔・白膩苔,無効例では黄苔がみられたほか,有効例では心下振水音よりも心下痞鞕が多く認められたことを報告し,湿をさばく重要性を強調。
 森蘭子氏(森こどもクリニック)は小児の嘔吐下痢71例に自家製五苓散坐薬を投与し,直後より嘔吐が消失した著効例61例,6時間以内に嘔吐が消失した有効例6例,無効例4例と報告し,頻回の嘔吐があり経口摂取困難な小児の急性胃腸炎には五苓散坐薬が有効であると述べた。漢方の坐薬は高い即効性を有することからフロアからも漢方メーカーに対して製剤化の要望が強く出された。
 槇本深氏(秋山記念病院)は,妊娠浮腫患者15例を対象に五苓散投与前4週,投与後4週,投与後5~8週の体重増加を検討して浮腫に対する効果をみた。妊婦検診で五苓散の処方がない患者を無作為に抽出した18例を対照として,五苓散投与後体重増加が有意に小さくなり浮腫の治療効果を認め,さらに5~8週は対照群と差がなく強制的な利尿効果は示していないことを報告した。
 室賀一宏氏(仁恵会・黒河内病院)は,透析患者の訴える頭痛・吐き気・下肢の引き攣れに対して五苓散を投与して効果をみた。結果は患者21名の自覚症状の改善を10段階で評価したところ,頭痛(17例)は4例で改善,7例で7~9割改善,4例で3~4割改善,1例がまったく変化なし,吐き気(2例)は2例とも9割改善,下肢引き攣れ(5例)は1例消失,1例7割改善,1例5割改善,2例2~3割改善であった。
 
■五苓散の薬理解明の鍵となるか――アクアポリン
 
 磯濱洋一郎氏(熊本大学大学院生命科学研究部・薬学活性学分野)は,利水剤の代表格・五苓散の作用点はアクアポリン(AQP)ではないかとの仮説を立て薬理学的基礎研究を展開している。AQPは細胞膜に存在し水分子のみを選択的に通過させる水チャネルタンパク質であり,現在13種類のアイソフォームが同定されている。
 
 氏は今回「五苓散はAQP4を阻害するか」という演題で特別講演を行い,主に脳に発現しているAQP4に着目して五苓散が脳浮腫を抑制する機序を示した。「利水剤である五苓散は西洋薬の利尿薬との類似性が指摘されるが,浮腫状態で選択的に尿量を増やしたり,脱水状態では作用しなかったり,血中の電解質濃度に影響しないなど,利尿薬とは異なる機序によって体内の水分代謝を調節していることが注目される」。氏は研究の結果,五苓散はAQP阻害物質の水銀に匹敵する抑制作用を有し,特に五苓散の構成生薬である蒼朮と猪苓に認められる。さらにAQP阻害作用に関わる活性成分を検討して蒼朮に多く含まれるマンガンに着目して,マンガンイオンに依存することを突き止めた。
 
■古典よりみた五苓散
 
 加島雅之氏(熊本赤十字病院)は,日中の古典を紐解き五苓散が歴代どのように用いられてきたのかについて講演した。現代では五苓散は日本漢方・中医・韓医いずれも貯留した水飲を排泄する利水作用として解釈されているが,原典である『傷寒論』では発汗することが治癒反応であるとするなど単純に利尿を目的とした利尿剤ではないという。
 
 中国では,南宋代の成無已が『注解傷寒論』で表証が残り,体内に脱水の状態があり,なおかつ伏飲がある病態に五苓散を用いると指摘しているように,五苓散は主に外感病の口渇・尿不利を目標に使用されてきたが,『医方集解』で五苓散を内傷雑病の余分な水を追い出す薬としているように明清代頃から内傷病の津液停滞へと応用が広がってきたと述べた。
 
 一方日本では,曲直瀬道三が五苓散は利湿の代表方剤で,小便不利が目標となり,下焦の湿を除くとしている。長沢道寿は太陽膀胱の気化不利に対して,北山友松子は上・中焦の気と津液を通利して発表し膀胱の気化を促す目的で用いた。岡本一抱は中焦の湿を去り小便を通利させ,浅田宗伯は腰痛に応用できることを指摘している。日本の医家は中国の説を受容しながらも独自の解釈・応用をはかっていったと結んだ。
 
■五苓散のベストケース
 
 五苓散が劇的に効いたベストケースとして4題の報告があった。渡久地鈴香氏(那覇市立病院)は,生後2カ月の男児の広範囲脳静脈洞性血栓症および顕著な脳浮腫の治療経験を報告。血栓に対してヘパリン,脳浮腫に対して五苓散を用い,1週間後に腎機能が回復。さらに脳静脈洞の血栓は消失し,脳浮腫も改善した。尾崎和成氏(大阪大学)は,高齢者の徐脈が五苓散の投与で改善したことを報告。加島雅之氏は,偶発低体温に伴う心肺停止で搬送され人工心肺装着により蘇生したが,大量輸血・輸液を行った結果,低アルブミン血症・胸腹水の貯留・浮腫を呈した患者に十全大補湯エキスと五苓散エキスを投与し,4日程度で目立った浮腫は改善し,胸腹水も消失した例を報告。竹内健二氏(福井県済生会病院)は,突発性三叉神経痛の患者に,口渇・乏尿・歯根がみられたことから水毒と診断し五苓散エキスを投与。西洋薬を減量でき有意義であったと述べた。そのほか,井齋偉矢氏(静仁会・静内病院)と安井廣迪氏がそれぞれ航空機の離着陸時の耳痛に五苓散が有効であることを報告した。
 


 
 シンポジウム終了後,安井廣迪先生は「この成果は,世界に誇ることのできるものであり,何よりも,それぞれの疾患に対する五苓散の使用法が,まず日本で標準治療のなかに入るべきであるということが明確になったと思う」とシンポジウムの意義を総括した。さらに「今後,国際東洋医学会日本支部では,これらの報告を海外に向け発信していくとともに,国内での普及に向けて努力していく」と語った。日本の漢方医学のエビデンス構築に向けISOM日本支部の試みが今後どのように展開されてゆくのか期待される。

(文責:編集部)


 




認知症治療をになう鍼灸師育成講座スタート
第1回 統合医療による認知症Gold-QPD育成講座
 
 
 2010年10月2,3日の2日間にわたって,東京赤坂にて,「第1回統合医療による認知症Gold-QPD育成講座」が開催された。主催は社団法人老人病研究会(会長:川並汪一),後援は学校法人後藤学園および株式会社舞浜倶楽部。全国の鍼灸専門学校で教員を務める鍼灸師28名が参加した。
 高齢化社会を迎え認知症患者は増加の一途をたどっており,その対策はすでに待ったなしだ。行政は,医療界は,どう対応するのか。Gold-QPD(ゴールドキューピッド)育成プランには,その対策の糸口がみえる。近い将来,全国の高齢者施設において大勢の鍼灸師が活躍することが期待される。


■開催までの道のり
 
 認知症は記憶障害を主症状とする疾患であるが,同時に現れる暴力・徘徊などの周辺症状(行動障害)は患者を介護する家族に非常な負担を強いている。西洋医学では決め手となる治療法が確立していないのが現状であり,超高齢化社会を迎える日本において,認知症のケアは危急の課題になっている。
 昨年(2009年)10月,社団法人老人病研究会は「認知症国際フォーラム」を主催した。日中の専門家を招き,漢方と鍼灸による認知症の予防・治療の現状とその可能性について,講演とディスカッションを行った。その際,中国から招かれ講演した天津中医薬大学の韓景献教授は,独自に開発した鍼灸治療法「益気調血・扶本培元」(三焦の気を動かし,三焦の血を整え,後天の本を助け,先天のもとを培う)によって認知症の周辺症状を緩和できることを示した。
 それ以来,約1年にわたって後藤学園中医学研究所の兵頭明所長が高齢者施設「舞浜倶楽部」(千葉県舞浜市)において,軽度認知症を有する3人の入所者に対して,この韓景献式の鍼灸法を用いてケアを行ってきた。その結果,行動障害の改善がみられるなど,この鍼灸法の有用性が示されたという。
 そこで社団法人老人病研究会では,兵頭所長と協力して認知症治療をになう鍼灸師を養成するためのGold-QPDプロジェクトを立ち上げた。育成システムとして,認知症に対する西洋医学と中医学の基礎的知識を学ぶブロンズコースと,実習トレーニングを行うシルバーコースが用意されている。さらに育成講座のすべてを修了し試験に合格すると,西洋医学的にも中医学的にも認知症に関する高度な知識と,鍼灸技術を有する鍼灸師として認める「認知症Gold-QPD認定証」が授与される。
 将来の介護医療領域において,鍼灸師の力が求められる日が必ずくる。このGold-QPDプロジェクトを契機に,全国の高齢者施設において大勢の鍼灸師が活躍することが期待される。
 
■講座風景
 
 講座は,①西洋医学系と②中医学系,さらに③高齢者施設における認知症ケアの実態を学ぶという3つのカテゴリーから構成されていた。
 西洋医学系では,若松直樹氏(日本医科大学・文部科学省社会連携事業認知症相談センター)が西洋医学における認知症の基礎知識を解説。認知症の早期発見のために初期認知症徴候観察リスト(OLD)の具体的な活用法が紹介されるなど実践的な内容が含まれていた。
 北村伸氏(日本医科大学教授・文部科学省社会連携事業代表)は,認知症の診断手順をわかりやすく説明し,さらに神経学的所見・画像所見についても映像を交えて解説した。さらに症例を交えて診断の実際について学んだ。
 中医学系では,兵頭明氏(学校法人後藤学園中医学研究所所長)が,高齢者の生理・病理と老化のメカニズムを中医学ではどのように捉えているのかについて解説。高齢者医療に携わるにあたって,中医学理論にもとづいて高齢者の生理・病理の特徴を把握することは有益だ。さらに認知症に用いる常用穴を20穴に絞りそれぞれのツボの使い方について学んだ。
 高士将典氏(東海大学医学部付属大磯病院)は,脳について五臓の生理作用の面から説明したあと,中医学では認知症をどのように認識しているのかについて代表的な弁証治療を解説。それぞれの証に出現しやすい特徴的な症状・所見およびその分析,さらに具体的な治療について学んだ。
 小俣浩氏(埼玉医科大学東洋医学センター)は,欧米における認知症に対する鍼灸治療の研究動向と成果を紹介。認知症の鍼灸治療の臨床研究ではRCTがなく,規模も小さいため,鍼治療の有効性は不確実と言わざるを得ず,ランダム化された系統的臨床研究が急務であると述べた。
 河原保裕氏(アコール鍼灸治療院院長)は,本講座の目的の1つである韓景献式鍼灸法の手技を修得するための実技講習を行った。鍼灸治療において治療効果を決定するのは手技における補瀉法である。鍼灸の補瀉にはさまざまな手法があるが,本講座では韓方式を採用する。これは所定のトレーニングをつめば,誰が用いてもほぼ同等の治療効果を収めることができるからだという。講座ではまず補瀉手技の基本的な考え方と方法を学んだ後,受講生同士がペアになって補瀉手技のトレーニングを行った。そして,モデル患者に韓景献式鍼灸法の基本穴(足三里・血海・外関・気海・中脘・膻中)に刺鍼して補瀉手技を行い,韓景献教授から手技の評価を仰いだ。
 高齢者施設における認知症ケアの実態では,グスタフ・ストランデル氏(舞浜倶楽部総支配人)が,高齢者施設における認知症の実態と,高齢社会における課題について解説。グスタフ氏は福祉先進国スウェーデンの出身で,過去に日本全国250カ所以上に及ぶ高齢者や認知症ケアのための施設を見てきた経験があり,高齢者施設における認知症の実態に詳しい。講座ではスウェーデンにおける取り組みが紹介されたが,それをそのまま日本に持ち込む必要はなく,日本にあったスタイルを確立していけばよいと述べた。
 また,10月2日16時からGold-QPDプロジェクトで採用する鍼灸法を開発した韓景献教授による一般公開講座「認知症鍼灸の実績と展望」が行われた。この鍼法の実力が中国国内における基礎・臨床両方の研究から紹介された。主催者側の予想を上回る70名余りの参加があり盛会となった。
 


 本プロジェクトはサブリーダーを育成することもねらいの1つである。本講座を修了したゴールドキューピッドたちがそれぞれ地元に戻って,今度は彼らが指導者となって各地域を拠点に認知症に特化した鍼灸師を養成していくという。
 今後,本講座は年2回程度の開催を目標にする予定である。これからの動向に期待を抱きながら注目してゆきたい。(文責:編集部)

☞社団法人老人病研究会

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