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中医学をマスターする5つのステップ

【書評】『乾くんの教えて!中薬学』

『乾くんの教えて!中薬学』


熊本赤十字病院 総合内科・総合診療科  加島雅之


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  「なんだ漫画かと」と高を括っていたのは不明の致すところであった。
 臨床力を向上させるためには,方剤を自在に使いこなせるようになることが求められるが,そのためには,方剤の構成単位である生薬への深い理解が必須である。
 しかし,生薬を知ることはじつにたいへんな労力を要する。日本で常用される生薬だけでも100種類以上あり,生薬の薬能を示す指標も基本のもので性味・帰経があり,さらにそれぞれの生薬のもつ基本の効能だけでも1つの生薬につき3種類以上ある。また,配合される生薬や,加工調整法である修治,産地などにより効果の現れ方が変わるので,必要となる知識は計り知れない量となる。
 では,生薬の臨床応用に必要なこうした知識の学習はいったいどのようにすればよいのであろうか? もちろん,生薬の薬能を現代中医学の立場からまとめた中薬学の教科書や,老中医の中薬の解説書や古典的な本草書を手元に置いて,折に応じて参照し知識の確認と見識を深めることは必要である。しかし,散発的に知識を蓄積していくより,背景にある生薬に対する古代中国人の理解の仕方やその思いを理解しておいたほうが,莫大な生薬の伝統的薬能と性質を理解するうえでは最短の道となる。しかし,このような生薬に対する古代中国の理解の仕方を示した教科書はなかなかなく,それを知ろうと思えば,大部の中薬学の教科書を丹念に読み込んだり,中薬学の先にある方剤学や各家学説まで学んで考察しなくてはならない。
 ここに画期的な本が現れた。古代中国の生薬の理解の仕方を1つの本にまとめ,かつそれを読みやすい漫画に仕立てたものである。コメディタッチのストーリーのなかで生薬に対する古代中国の理解の仕方,特に現代の中医学のもととなった明代以降の医学のエッセンスを示してある。つまり,以下に示すような生理―病態―薬能観を端的に表現しているのである。
 まず自然界の気の運行に対応して体内の気が動き,変化していくことこそが人体の生理であると捉える。そして自然界の気と体内の気が同調できない,自然界の気の変化に人体が対応・処理することができない状況を疾病と捉える。治療とは,狂ってしまった体内の気の動きを整え,自然界の気と人体の気が同調できるようにすることである。薬は,自然界の気のなかで,ある種の気の性質が際立っているものであり,大きな気の変動が生じてしまっている状態である疾病に対して,その気の偏りを治療目的に合致するように利用したものである。これらを,明代以降の医学では,当時流行していた自然界の気の性質と動きを説明する理論である運気論に由来する記号を用いて,生理と病態を表現して,薬の性質や薬能を示していく。
 本書ではこのような薬能の捉え方を端的に示しているほか,その理解を助けるためにも生薬の修治とその伝統的意味にかなりのページを割いている。すなわち,人体が耐えられないほどに偏った薬の性質である毒性を緩和させるために,薬のもつ気の性質と反対の性質のものを加えて修治する方法や,同じ気の性質をもつものを加えて修治することで生薬のもつある気の性質を強化して特定の効能を強めるといった方法を紹介している。現在日本では修治をほとんど行わずに生薬を使用することが多く,こうした修治の知識を学ぶ書物もほとんどない点からも貴重である。
 このように優れた内容をもつ本書であるが,一部に問題がないわけではない。枳実や陳皮など,紹介されている生薬の一部は基原植物が日本の局方で規定されているものとは異なっていたり,北沙参は日本では一般に防風と呼ばれているなどの日中の生薬の違いが必ずしも意識されていない点である。
 しかし,これらの部分を考慮しても本書の素晴らしさをいささかも棄損するものではない。中薬学を学ぶ前に,またある程度学んだが身に付いた感じがしないときに,ぜひ,本書を手に取っていただきたい。
 「たかが漫画」と侮ることなかれ。



 
 

中医臨床 通巻151号(Vol.38-No.4)特集/聴覚障害の中医治療
『中医臨床』通巻151号(Vol.38-No.4)より転載


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