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中医臨床 アーカイブ

2005年12月05日

強皮症の中医学的治療について

 南京研修旅行中にお1人の先生から、強皮症の患者さんに漢方エキス剤3剤(啓脾湯・当帰芍薬散・十全大補湯)を組み合わせて処方したところ,すごく効果があったとのお話を伺いました。
その患者さんは3カ月前から漢方薬を飲み始めて以来,次のような改善がみられたそうです。
・顔色がよくなり,人からもそう指摘されるようになった
・手指の潰瘍がはじめは穴が開いていたのが,いまはほとんど痂皮に覆われてきた
・指の曲がりが少しずつ取れてきた
・背中に手がまわせるようになった
・体をかがめて爪を切ることができるようになった
・お腹の皮膚が柔らかくなり,二段腹になって横皺ができ,皮膚色が白くなってきた
・食道の蠕動運動の低下により,寝ると胃液が逆流して苦しく,毎晩タケプロンを飲まなければならなかったのが,週に1回に減った
 
 ですが,じつはこの患者さんが先日再診されたところ,皮膚の硬化が悪化してしまったそうです。
患者さんの話によると,いつも寒くなると症状が悪化するとのこと。
先生は「今後の経過をみて変方するつもりですが,重症の患者さんはやはり難しいものです」とおっしゃっていました。

 東亜医学協会の『漢方の臨床』誌第52巻第5号に,風間洋一先生が発症から3年半が経過した,皮膚および関節症状のある進行性の全身性強皮症の症例報告をされています。
先生は「補気活血・袪風湿・温陽散寒」を治法として,補中益気湯の加減方(補中益気湯−甘草+茯苓・紅花・川芎・牛膝・独活・羗活・薏苡仁・防已・秦艽・木瓜・附子)を処方されていますが,その処方は強皮症治療の基準処方として取り入れ,加減して試してみる価値のあるものかもしれません。

 風間先生は「治療は理屈じゃ説明できない世界だけど…」と前置きしながらも,「強皮症の病因としては,「風・寒・湿」の3つの邪の存在を考えたほうがいい」とおっしゃいます。
先生の用薬の原則は,次の通り。
1,補虚として:
  ①脾肺虧虚に対して,補中益気湯
  ②脾腎虧損に対して,六味丸
  ただし黄耆を加える。量も大量(10〜20g)が必要。
2,袪風湿として:独活・羗活・木瓜・秦艽・防已・薏苡仁など
3,活血化瘀として:当帰・紅花・川芎・牛膝など
4,温補・回陽・鎮痛として:附子

「補腎健脾養肺・活血散結」を原則として治療すると効果的であり,その際,特に黄耆と附子を臨機応変に量を変えて使用することが大事とのご意見でした。

 難病情報センターのHPにある強皮症の解説を参考に見てみました。
ひとことで「強皮症」といっても,軽度の限局性・非進行性のものから,重度の全身性・進行性のものまで,患者さんによってさまざまなステージがあるようです。
進行性の場合には内臓の硬化をもたらすなど,西洋医学的に強皮症の治療は難しく,ハイリスクな難治性疾患といえます。
そんななかで,中医学的治療によって,病気の進行を抑え,患者さんのQOLを上げることができるのはすごいことです。

 強皮症の患者さんの治療に取り組まれている先生方に,これからもっと治療経験交流を深めていただきたいです。
 もしこのブログを見て治療に活かせたら,コメントにぜひお書入れくださいね。

2006年01月04日

乾燥総合症の治療について ―劉永年先生の治療法

あけましておめでとうございます。
貴重なお正月休みにも関わらず,どうしてもぼーっとできずに中医学の勉強をされてしまった先生も多いでしょうか!?
2006年もみなさんにとって良い年になるように,お祈り申し上げます。

さて,お年玉は差し上げらないのですが,かわりに興味深い論文がありましたので,ご紹介したいと思います。

「劉永年教授による乾燥総合症の治療経験」
 江蘇中医薬2005年第26巻第11期

南京市中医院で国家級老中医・劉永年先生に3年に渡り指導を受けている駱天炯氏が,劉先生の乾燥総合症の治療経験を要約して報告していました。
先日の病院研修で劉先生の臨床を実際にそばで見せていただきましたが,劉先生の治療に対する考え方はたいへん参考になるものです。
以下に,論文のポイントを抜粋しました。

1 本病の原因は燥毒であり,津傷液燥が病理基礎にある
 劉先生は,本病でみられる燥は,通常の内燥と比較してもっと進んだ「邪毒」の性質をもつと認識している。
燥毒が生じる背景には,「先天の稟膩不足」と「後天の邪毒の侵襲」が密接に関与している。
 また本病の病理基礎としては津液不足が存在し,津液の正常な生成・分布・転化のサイクルが障害されている。
津液不足には,「陰津の欠損」と「津液の分布障害」の2つの側面がある。
前者は先天および後天による津液不足,後者は気虚と血瘀が主な原因となっている。

2 肝・腎・脾の三臓が主要な病位である
 本病では,人体のあらゆる臓腑・経絡・器官に燥の病変がみられるが,臨床経験から本病の燥証の根源は肝・腎・脾の三蔵にあるといえる。
眼は肝の竅であり,陰血が不足すると容易に化熱・化燥・燻灼上炎して眼部が乾燥する。
 また,口は脾の竅であり,口中の津液は脾の化生の働きにより作られ,腎は精を蔵し五液を主っており,先天の本である。
したがって脾腎の病変は,陰津の化源不足や精血陰津の欠損を招き,その結果燥火が上炎する。
 さらに本病の症状は,しばしば関節や筋肉・皮膚に現れるが,それらは「痺証」の範疇に含まれるものである。
ただし,本病では寒象・湿象のタイプの痺証はみられず,多くは乾燥象である。
そのほとんどは気鬱化熱・素体陽盛あるいは内蘊積熱によって陰液が傷つき,血燥生風・陰傷血滞不通となっているところに,風邪が関節・筋・骨を侵すことによって痺証を発症する。

3 滋陰潤燥が治療の原則
本病の治療の基本は,滋陰潤燥にある。
しかし,その際に注意しなければならないのは,「陰の不足を急激に補うと,効果が現れない」ということである。
猛剤・重剤で滋塡すれば,かえって膩滞を引き起こしてしまうので,忍耐強く養柔するのである。
小雨がじわじわと沁みこむように,時間をかけて滋陰してはじめて効果を得ることができる。

 基本的な方薬は,玄参・生熟地・天門冬・生山薬・楓斗・玉竹・黄精・亀板・白芍・烏梅などを用いる。
もし燥火内熱を兼ねていれば,知母・黄柏・牡丹皮を加え,微熱があれば,地骨皮・白薇・銀柴胡・青蒿などを加える。
 そのほかにも,血虚があれば生地黄・阿膠・赤白芍・当帰・丹参を用い,燥毒熾盛であれば清熱解毒の水牛角(犀角の代わり)・土茯苓・大黒豆・黄芩・連翹・貫衆などと,泄熱降火の生石膏・知母・牡丹皮・生地黄・夏枯草などを用いる。
 また気虚の場合には,党参・黄耆・太子参・白朮・葛根・薏苡仁・炙甘草・荷葉などを,虚寒がはなはだしい場合には桂枝・仙茅・巴戟天・兎絲子・仙霊脾などを,四肢厥冷の場合には桂枝・細辛・当帰・鶏血藤などを用いる。
 ただし,脾虚陽弱がみられないときは,むやみに温熱薬を与えてはいけない。
補脾しても壅滞させないように,益気しても温燥に偏ることのないように,壮陽しても温潤であるように,潤燥しても陰膩にならないように,全体を考えて弁証にもとづいた選方用薬をすることが大切である。


内容は,いかがでしたか?
「個々の患者さんの病態にあわせて,処方全体のバランスを上手にとりながら最大の治療効果を引き出す処方が出せること」
それは経験豊富な老中医だからこそなせる業であり,私たちの目指す目標ですね。

2006年03月31日

黄煌先生の関節痛治療

黄煌先生
中国中医薬報に,黄煌先生の関節痛治療に関する記事を見つけましたのでご紹介します。

『中医臨床』の次号6月号には,昨年の南京研修旅行のリポート記事をひきつづき掲載する予定なのですが,そのなかの吉澤和希先生のリポートに「黄煌先生がリウマチ治療に小柴胡湯加減を使っている点は興味深い」というお話がでてくるのですが(6月号をどうぞお楽しみに),今回の記事もそれに関連した面白い記事だと思います。黄煌先生の思考法は本当に斬新ですね。


中国中医薬報 2006.03.30

黄煌教授による関節痛の治療症例
南京中医薬大学 黄波

趙某、女性、70歳。教師、体格は中肉中背。2006年2月7日初診。
胆嚢炎、胆結石の病歴があり、血圧、血糖も高め。
2005年5月に関節痛と朝方のこわばりがひどくなり,病院のリウマチ科で検査したが、リウマチ因子(-)。
多くの西洋薬の鎮痛剤と天麻杜仲丸などを服用したが、あきらかな効果はなかった。
診察時,患者は朝方のこわばりと全身関節疼痛を訴え、特に手・腕部の関節、および膝蓋骨の痛みがひどかった。疲労時と朝起床時に悪化し、疲れやすく、両足は重くひきづって歩き歩行困難。
よく眠れず、目が覚めると再度寝つけず、腹中がときにしくしくと痛み、まれに動悸がする。
胃の中がときどき調子が悪く、腹部は押えると痛みがあり、舌淡・苔薄白滑、大便はやや乾燥。情緒はほぼ正常。

南京中医薬大学の黄煌教授はこの患者を診察し、柴胡加竜骨牡蛎湯を与えた。処方:柴胡12g、黄芩6g、製半夏15g、肉桂6g(後下)、桂枝6g、党参12g、茯苓20g、製大黄5g、竜骨10g(先煎)、牡蛎10g(先煎)、乾姜6g、紅棗30g。
患者が2週間後に再診した際,患者はたいへん感激しており、薬を飲んだら当日の晩には手と腕の痛みが緩解し、膝の痛みもだんだんと和らぎ、同時に睡眠も改善して、夜間に目が覚めた後にも寝つけるようになったという。また,疲労感も軽減し、両足の重さと歩行困難も改善しているとのこと。
原方に少し調整を行って,服薬を継続。

考察:“柴胡加竜骨牡蛎湯”は黄煌教授が最も臨床応用を得意としている経方の1つであり、黄煌教授は『傷寒論』第107条の「傷寒八九日、之を下し、胸満煩驚して、小便利せず、譫語し、一身尽く重く、転側すべからざる者は、柴胡加竜骨牡蛎湯,之を主る」に深い見解をもっている。
黄煌教授は、この条文中を次のように考えている。「胸満」は胸郭脹満による変形を指しているのではなく、胸悶感や呼吸困難のことを指す。また「煩」は,具体的には睡眠障害、あるいは情緒不安定、仕事の能率低下を表す。「驚」は,驚恐不安であり、すなわち悪夢を多く見たり、心臓がドキドキしたり、あるいは臍腹部の搏動感がある。「小便不利」は頻尿を指しており、多くは緊張や疲労などのために身体機能が乱れた状態を表す。「譫語」は多くが精神障害によって起こる。「一身尽く重く」は一種の自覚症状であり、木のように硬くこわばったり、あるいは行動が遅い、意欲低下、反応が鈍いといった症状を指す。
黄煌教授はこの処方を精神鎮静剤として捉えており、臨床上で広範に失眠・精神分裂症・てんかん・うつ病・恐怖症・ノイローゼ・慢性疲労総合症など,精神神経系の疾病の治療に応用している。
この症例の患者は服薬後の効果に驚き、この処方中の一味一味の薬物の効能を調べたが,1つも去風湿止痛薬に含まれるものはなかった。

黄煌教授は私達に次のように話した。この病気を治療する際には,ただ痛みを止めるだけではいけない。われわれの身体はあたかも1つの製薬工場のような機能をもっており、必要とする多くの薬をすべて生産することができるのであって、体が「消極的になって仕事を怠る」ときに,人々は不調を感じるのである。われわれは薬物を用いて,中枢神経系の産生作用によって身体回復をはかる研究を試みているが、自己分泌物質のなかには鎮痛などの作用を持つ物質が含まれており,これはすなわち「漁によって授ける」のではなくて,「魚によって授ける」ものであるといえる。

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