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2017年10月 アーカイブ

2017年10月26日

『中医皮膚科学』 推薦の序

 
推薦の序


 日本の漢方医学における皮膚科領域の治療は,全身状態や皮膚の病態に応じて,いくつかの処方を効果的に使用する形をとっている。それらは,江戸時代から昭和期にかけての膨大な経験を基礎として発展し,現在も西洋皮膚科学の精華を取り入れて,新たな分野を切り開きつつある。
 もちろん,そのような状況下でも,私たちは,宋代の『済生方』の当帰飲子,明代の『外科正宗』の消風散,『万病回春』の清上防風湯など,皮膚疾患専門の処方を駆使して治療を行っている。しかしながら,日本においては,江戸時代中期に出現した古方派(特に吉益東洞)の出現以降,全ての疾患を『傷寒論』『金匱要略』の処方で治療するという理念のもとに,これらの処方の応用技術が広範に普及した。その後の折衷派の時代においても,その理念は受け継がれ,皮膚科領域でも,多くの後世方の応用の指針が世に出された。華岡青洲(1760-1835)が十味敗毒湯や紫雲膏などを,福井楓亭(1725-1792)が治頭瘡一方を創案するなど,さまざまな処方も新たに開発された。
 一方,中医皮膚科学は,このような日本の漢方皮膚科学とはかなり異なったものである。周知のごとく,皮膚科学は,古代より外科学の一分野として発展してきた。現代の中医薬大学の標準教科書である『中医外科学』の各論は,第1版から第8版まで一貫して「瘡瘍」「乳房疾病」「癭」「瘤,岩」「皮膚及伝播疾病」「肛門直腸疾病」「泌尿男性疾病」「周囲血管疾病」「その他」の項目を立てて論じているが,この中に含まれる半数以上が皮膚科もしくは皮膚科関連疾患である。
 ここに書かれている疾患名の多くは,明清代に確立されたものであり,現在の日本の皮膚科の疾患名とはほとんど一致しない。WHO・WPROが2007年に制作した『伝統医学国際標準用語辞典』の外科部分を見ても,そこに記載された用語が,どのような病態を意味しているか,ほとんどの日本人は理解することができないであろう。
 一方,日本で現在用いられている皮膚科の疾患名や症候名は,その多くが中国の古医書に記載されている単語を基礎に,各疾患のドイツ語やラテン語の意味を日本語に翻訳して名付けられたものである。湿疹の「疹」,痤瘡の「痤」,酒皶の「皶」,天然痘の「痘」はもちろんのこと,腫瘍の「瘍」は,「癰」や「癤」を含む皮膚の化膿性疾患の総称であった。現代皮膚科学の用語は,実は中国にその端を発するものが多いのである。その点では,日本の皮膚科学も中国と同じ基盤に立っているといえる。
 中医皮膚科学と漢方皮膚科学の間には大きなギャップがある。これらの知識を結合するにはどうしたらよいか。そう考えていたところ,実に良いタイミングで,村上元先生が,中医皮膚科学を専門に記述した『皮膚病中医診療学』(人民衛生出版社,1995)を和訳し上梓されることになった。これまで『中医内科学』など,数多くの中医学の教科書を和訳出版している東洋学術出版社からの出版である。聞けば,長年にわたって中医学の普及に努めてこられた同社の山本勝曠前社長の勧めによるとのことである。
日本における中医皮膚科のテキストとして本書が選ばれた理由は,第一に,教科書レベルで必要とされる西洋医学的な知識の基礎の上に,中医学の論理で病因病機に基づいた治療を載せているという点であろう。日本の臨床家にとって,この点は絶対に欠かせないからである。
 この利点を生かして,村上先生と編集部がタッグを組み,翻訳出版に際して,いくつかの工夫を加えている。読みやすい頁作りはもちろんのこと,中医学独特の病名に対しては,すべて対応する西洋医学的病名の日本語とラテン語の病名を明記してあり,西洋医学的知識のある人に,より理解できるように配慮してある。例えば,「面遊風」が脂漏性皮膚炎,「纏腰火丹」や「蛇瘡串」が帯状疱疹であることなどを知れば,中医皮膚科学の病名理解がどのようなものか推測できるであろう。
 本書は,それだけでも辞書的な価値があるのみならず,それらの病因病機・弁証論治を明確に解説しているため,多少の中医学的知識があれば,治療の基本的な理解ができるように作られている。村上先生は,なおこれに,新たに「現代医学の概念」の項を設け,読者がより理解を深めることができるように解説を加えている(これは原書にはない)。さらに,これら弁病・弁証による漢方薬を用いた治療のほかに,これまでの経験方,外用薬を用いた治療,鍼灸,耳鍼などが幅広く紹介されており,この1冊で中医皮膚科学の幅広さを知ることができる。
 日本の多くの臨床医にとって,ここに記載されている各皮膚疾患の治療が,いかに自分たちの臨床に役に立つかということは,極めて重要である。弁病と弁証は,すでにこれまでに身につけた方法で理解はそう困難なものでないと思われるが,皮膚の症候を分析して弁証につなげる作業は,やはりある程度の訓練がいるであろう。また,多くの読者は,代表処方として紹介されている処方に戸惑うかもしれない。エキス製剤でそれぞれの処方に近いものを作ろうと試みても,無理なものも多いからである。
 また,日本の皮膚科医は,標準治療としての西洋医学的治療を十分視野に入れ,ある場合は漢方薬単独で,ある場合は西洋医学的治療と併用して治療を行う。本書は,当然ながらそういう統合医療としての考え方には触れていない。
 ともあれ,中医学の世界でしか理解されていなかった中医皮膚科学が,西洋医学的基礎を持った日本の臨床家や研究者の手の届くところに提供されたことの意義は大きい。上述したように,各疾患の診断から治療に至る過程は日本の漢方医学における皮膚科臨床とはかなり異なっている。しかし,本書は,日中におけるその違いを際立たせるのが目的で出版されたわけではなかろう。翻訳に当たった村上先生が「日常の診療に弁証・弁病というアプローチを取り入れて,難病との格闘に大いに利用してほしいとと思う」と述べておられるように,限られた処方しか用いることのできない大半の日本の臨床医が,本書を読むことによって,それらの処方の臨床応用の方法論を身につけるようになることこそが,最終的な目標であろう。
 本書は,本邦で初めて翻訳された,体系的な中医皮膚科学の教科書である。日本の漢方皮膚科治療との違いは大きく,埋めなければならないギャップは多い。本書は,そのために大きな役割を果たすであろう。


2017年4月
安井 廣迪



『中医皮膚科学』 凡例

 
凡 例


 ・本書は,『皮膚病中医診療学』(徐宜厚・王保方・張賽英編著,人民衛生出版社,1997)を原本としている。
 ・日本語版では,原本の各論の章立てを内容別に再編した。
 ・各論の雀卵斑・毛孔性苔癬・破傷風・熱傷の節,および附3「生薬一覧」は日本語版用に加筆した。
 ・各論中の「現代医学の概念」の項は日本語版用に加筆した。
 ・各論24章の生薬の説明に,薬効増強のための配合例などを日本語版用に加筆した。配合例の多くは『張志礼皮膚病臨床経験輯要』に拠っている。
 ・各論の「節」にあたる見出しでは,西洋医学的病名(別名)-[中医病名または中国語の病名]-英文またはラテン語の病名-(略語)の順に示した。
 ・本文中の〔 〕内および欄外の脚注は,村上元・田久和義隆によるものである。
 ・本文中の生薬名に*がついているものについては,附3「生薬一覧」に解説を掲載した。
 ・原著の誤植と思われる点については,第2版を参考に訂正したが,判断がつかなかったものについては脚注として残した。
 ・体穴については新表記を採用した。耳穴については原著に新旧名称が混在しているため,本書においてはそのまま表記した。なお,附4「耳穴分布図」は,『針灸学』第2版(人民衛生出版社,2012)を元に作成した。
 ・日本語版制作時の再編集・加筆および本書全体の翻訳のまとめは村上元が行った。
 ・各論は,村上元・田久和義隆・守屋和美・宮本雅子・赤本三不が分担して翻訳した。
 ・総論・各論第23章・各論の鍼灸に関する部分の翻訳は田久和義隆が担当した。
 ・外用療法の用語は,中国語をそのまま訳語としたものもあり,それらの意味を以下に示す。
  【外敷(がいふ)・調敷(ちょうふ)】新鮮な薬草を搗いて泥状にしたものや,乾燥した生薬の粉末を酒・蜂蜜・食酢で練ったものを患部に塗布する。
  【湿敷(しつふ)】生薬の煎液にガーゼを浸したものを患部に当てる。
  【敷貼(ふちょう)】滅菌ガーゼに軟膏を広げて患部に塗布する。生薬の粉末を軟膏の上に撒布することもある。
  【外摻(がいさん)】外用の粉末剤と軟膏を混ぜて瘡面を覆う方法。あらかじめ塗布した軟膏に後から粉末剤を加える方法と,軟膏に混ぜてから塗布する方法がある。黄連膏などが多用される。
  【外搽(がいた)】新鮮な植物の茎などに生薬の粉末をつけて,軽く擦りつけるように塗る。あるいは,生薬の粉末を油で丸状にしたものを薄手のラミー生地で包み,患部を軽く湿らせる。
  【搓(さ)】搓剤(薬粉を油脂で丸状にしたもの)を患部に手掌で擦りつける。
  【撲(ぼく)】軽くはたきつける。
  【浸泡(しんほう)】浸す。
  【外洗(がいせん)】洗浄する。
  【淋洗(りんせん)】薬液を繰り返しかけて洗う。
  【浸洗(しんせん)】患部を生薬の煎じ液に浸した後に洗浄する。
  【熏洗(くんせん)】患部または全身を薬液の蒸気で温め,その後に浸洗法を行う。

2017年10月30日

『中医臨床のための常用生薬ハンドブック』新装版 はじめに

 
新装版 はじめに


 1987年に上梓した『中医臨床のための常用漢薬ハンドブック』は多くの読者を得て臨床,あるいは学習の場において広く利用されてきた。
 このたび東洋学術出版社から新装版を出す機会をいただき,全面的に検討を加えた。基本的なレイアウトは初版のものを受け継いでいるが,ハンドブックとしてよりわかりやすいように心がけた。
 1.生薬のイメージがつかみやすいように蜂蜜を除く各生薬にはすべてイラストおよび基原を載せた。
 2.生薬の名称は保険薬価収載名を基準とし,それ以外は一般に通用している名称とした。
 3.初版と同様に生薬は五十音順に配列し,検索しやすくしている。
 4.各生薬の効能上の共通性を把握できるように,「薬効別薬物一覧表」を載せた。同一の生薬でも多くの効能をもつものは多項目に重複して組み入れた。
 5.保険適用の生薬一覧と薬価を収載した。
 6.薬用量については原典に記載のないものもあり,記載のあるものでも固定したものと考える必要はない。症状に合わせて調節すべきである。
 7.中国と日本で名称の混乱がみられるので十分に注意されたい。
 
 文献としては,『中草薬学』(上海中医学院編・商務印書館,1975),『中医治法与方剤』(成都中医学院方剤教研組編・人民衛生出版社,1975),『中薬方剤学(上・下)』(山東中医学院中薬方剤教研室編・山東人民出版社,1976),『扶正固本与臨床』(哈荔田・李少川主編・天津科学技術出版社,1984),『中薬的配伍運用』(丁光迪著・人民衛生出版社,1982),『用薬心得十講』(焦樹徳編・人民衛生出版社,1977)を主体とし,その他を参考にしている。
 
 本書よりさらに詳細に調べていただくには『[新装版]中医臨床のための中薬学』(神戸中医学研究会編著・東洋学術出版社刊)を参考にしていただきたい。
 われわれの知識には今なお限界があり,誤りや未熟な点もあると思われる。本書をよりよくするためにも読者諸氏のご意見・ご訂正をいただければ幸いである。


神戸中医学研究会



『中医臨床のための常用生薬ハンドブック』 凡例

 
凡例


 1.薬物は五十音順に配列している。
 2.修治や部位の違いによって効能が異なる同一あるいは同種の薬物は,ひとつの項目にまとめたうえで対比している。
 3.薬物名は保険薬価収載名を基準とし,それ以外は一般に通用している名称とした。
 4.個々の薬物は以下の要領で解説している。
   [別名]表記以外の名称。
   [基原]生薬のもととなる動植鉱物とその薬用部位。
   [修治][薬用]修治あるいは部位の違いによる薬効の差を述べている。
   [性味]薬物の味と,寒熱の性質を示す。
   [帰経]薬物の作用する臓腑・経絡などの部位を示す。
   [効能]中医学的な薬効を示す。
   臨床応用:効能・性味・帰経にもとづく臨床上の応用を,カテゴリー分けしたうえで解説し,適用する病態,配合すべき他の薬物・方剤例を提示している。
   [常用量]1日あたりの使用量を示す。
   [使用上の注意]具体的な注意事項・禁忌,ならびに効能のよく似た他の薬物との違いを述べている。
 5.各生薬の効能上の共通性を把握できるよう,「薬効別薬物一覧表」を附した。同一の生薬でも多くの効能をもつものは多項目に重複して組み入れた。
 6.保険適用の生薬一覧と薬価を収載した。
 7.巻末に薬物名の索引と方剤名の一覧を加えた。

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