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2021年02月 アーカイブ

2021年02月05日

『改訂版・医学生のための漢方医学【基礎篇】』改訂にあたって

 
 
改訂にあたって
 
 
 この十数年の間に,漢方医学を取り巻く環境は大きく変化した。最も大きく変わったのは,社会的・政治的環境であろう。1993年のハーバード大学のアイゼンバーグの報告以来,世界的な広がりをみせたCAM(補完代替医療)の研究は,やがて有効なものとそうでないものを次第に明らかにし,その結果,代替医療の地位は後退して,研究の中心は補完医療と統合医療に移った。
 その中でも,漢方医学を含む東アジア伝統医学の必要性がさらに強く認識されるようになった。WHOは2019年にICD-11の中に「伝統医学」の項目を新たに導入して今後のこの医学のグローバルな発展の道を開き,またISO(国際標準化機構)は,2009年に中国伝統医学に関する技術委員会をTC249として立ち上げ,全世界のこの医学を実践する国での国際標準を作成中である。このような世界的な動きは,今後ますます盛んになると思われ,これらを知らなければ世界の趨勢に取り残されるであろう。そのようなことも含めて,冒頭の「漢方医学の現況」は大幅な増訂を行った。
 人びとの生活環境は変わっても,伝統医学そのものの形にそれほど大きな変化はない。本書はもともと初学者のために作成したものであり,当初から簡潔な記載で最低限の知識を供給することを目的としているので,内容を複雑にするような改定は行わなかった。しかしながら,時代とともに疾病構造は変化しており,伝統医学もそれらに対応していく必要がある。本書では,西洋医学の進歩や社会構造の変化に応じてさまざまに変化する疾病構造に対応する漢方医学の立ち位置を明確に示すために,「統合医療からみた漢方医学の形」という項目を設け,医学的な4つの分類と,それ以外に社会的な適応の形が存在することを示しておいた。
 また,改訂が,たまたま2020年のCOVID-19のパンデミックの時期と重なったために,わずかながら本書もそのためのページを割くことになった。まずこの疾患が武漢という中国の江南地域から発していることから,11~13世紀にこの地域で流行した疫病との類似性が高いと考え,当時の国定処方集(薬局方)である『和剤局方』をコラムで紹介し,本文中では,この疾患の初期治療に必要な芳香化湿薬や祛湿解表剤,および進行した場合の凝固系の異常や血管内皮障害に対応する活血化瘀の薬物や処方を加えた。
 上記のように,本改訂版では,社会的状況や変化する疾病構造に対し,必要な部分をごくわずかに変更した。また,基礎研究においても年々新たな研究が発表されており,副作用報告も蓄積されてきた。初版を刊行してから12年しかたっていないし,漢方医学そのものの形に変化はないものの,いくつかの改訂を加えたのはそのためである。
 今回も,東洋学術出版社の担当の方,特に井ノ上匠社長には,この改定に関して多くの労を取っていただいた。記して感謝申し上げる。


2021年2月1日
安井 廣迪



『改訂版・医学生のための漢方医学【基礎篇】』緒言

 
 
緒 言
 
 
 漢方医学は,紀元5世紀に大陸から導入されて以降,1500年余りにわたって日本人の健康を支え続けてきた。明治維新後,新政府の政策を受けて正統医学の地位を失ったとはいえ,明治末期から昭和初期にかけての復興運動によって伝統の復活の試みがなされ,今日の隆盛を見るにいたっている。
 この動きはたんに日本に留まらない。中国伝統医学は,アメリカ合衆国を始めとする諸外国でもCAM(補完代替医療)の一つとして急に注目を浴びるようになったし,いまでは世界中で盛んに実践され,研究されている。ただそれらは中国の中医学であり,日本の漢方医学ではない。
 漢方医学は,古代中国にその端を発する中国伝統医学の日本における一発展型であるが,国際的に見た場合,その理論は孤立して存在し,また18世紀以前のこの医学の形とも異なっていて,現在標準とされている漢方医学の知識を身に付けただけでは,中国伝統医学本来の形や国際的な立場におけるこの医学の位置付けを理解できない。
 わが国では,1976年以来,医療用漢方製剤の普及により漢方薬が一般の西洋薬と同じように取り扱われるようになり,この医学が世界の中でどのような位置を占めているかということとは無関係に,多くの医療機関で使用されている。これからは,ここで培われた経験と実績をもとに,国際標準である中医学の弁証論治システムと,日本固有の漢方医学の方証相対システムの双方を理解できる新たなシステム作りが必要となるであろう。
 筆者は,そのような時代の到来を予測し,日本の漢方医学を世界に飛躍させるために必要な知識を,今後の日本の漢方医学を担っていくであろう若い医学生諸君に身に付けてもらいたいという強い願望をもって,本書を作成した。作成に当たっては,全体的な構成を国際標準である中医学に置き,日本の漢方医学のもっている優れた部分を適宜その中に組み込み,最終的には臨床において必要な中医学と漢方医学の最低限の知識が得られるように工夫した。もとより,中国では5年もしくは7年の歳月をかけて大学で習得する内容を,この小冊子1冊で伝えうるものではないが,現在出版されている諸種の漢方関係の書物を読むだけの基礎知識は十分身に付くはずである。
 実際,このテキストを用いて行っている「医学生のための漢方医学セミナー」では,約1週間の日程の最後にワークショップの時間を設け,参加した学生さんたちに症例を提示し,診断から治療まで弁証論治システムを用いてシミュレーションしてもらっているが,全員ほぼ正解に近いところまで答えられるようになる。本書の知識があれば,卒業してからどのような形で漢方医学を実践することになっても,この知識を利用して自分で自分の道を切り開いていくことができるであろう。
 かつて日本では,医家の家庭においては,幼少期より医学の学習を始め,20歳代半ばを過ぎてようやく一人前とされた。現在は18歳で医学部に入学し,しかもその知識は主として西洋医学に関するものである。いささかスタートが遅いとはいえ,本書を出発点として,国際的な場で通用する漢方医学を身に付けてくれる人が一人でも多く現れてくれることを希望する。
 本書は,1995年に「医学生のための漢方医学セミナー」の試用教材として出版したものを,現在の状況に合わせて訂正・加筆したものである。当時の筆者のなぐり書きともいえる手書きの原稿を丁寧に本に仕上げてくださったのは医聖社の土屋伊磋雄氏であった。氏は,試行錯誤を繰り返す筆者の原稿を一つ一つチェックして形を整え,最終的に使いやすいテキストを作成してくださった。改めて御礼申し上げたい。このテキストは,その後,このセミナーで使い続けられ,参加学生たちに好評であった。筆者としては,しかしまだまだ不十分で直すところがたくさんあると考えていたが,これを見た畏友・江部洋一郎先生から,間違いは後で正せばよいから早く正式に出版して世の中に出すべきだとの助言を頂き,東洋学術出版社の山本勝司社長のご協力を得て出版の運びとなった。
 このたびの出版は,第1章の「漢方医学の現況」を全面的に書き直したのを始め,いくつかの文章を変更し,あるいは図版も含めて新たに書き下ろし,サイズをA4変形判として外見も一新した。これらの作業に全面的に取り組み,筆者のわがままを丁寧に拾い,素晴らしい誌面を作り上げてくださったのは坂井由美さんである。はじめての共同作業であったが,ごく短期間の間に,特に大きな困難もなく進められたのは坂井さんのおかげである。そのご努力に対し,心より感謝申し上げる。


2008年8月1日  
安井 廣迪  



2021年02月17日

『漢方診療のための中医臨床講義』まえがき

 
 
まえがき
 
 
 中医学の知識と臨床の間には大きな谷間があります。基礎理論,診断学,中薬学,方剤学などの教科書で知識を習得しても,この谷間を越えない限り実臨床でなかなか患者を治せません。中国では中医薬大学を卒業後に中医師としての臨床研修を受ける場があり,上級医が谷の向こう側まで導いてくれます。残念ながら日本にはそのような場は数えるほどしかありません。苦労して一人で谷を越えなければならないのが中医学を志す日本の医師の実情です。谷を半分渡って引き返す人も少なくないことでしょう。
 知識と臨床の谷間は中医学に限ったことではありません。6年間医学部で学び身につけたたくさんの医学知識を持っていざ臨床の現場に出たとき,誰しもこの谷間の大きさを痛感するのです。筆者の学生時代,自治医科大学の第5,6学年時に各科の病棟実習と並行して臨床講義という授業がありました。臨床講義とはそれまでに学習した医学知識と臨床現場の橋渡しを目的としています。担当学生が入院患者を診察し病歴と所見をプリントにまとめてプレゼンテーションします。それをもとに聴講学生が診断と治療を考え,最後に担当教官が症例解説と小講義を行うというものでした。このような臨床講義を受けてきても,研修医として医療現場に出たときに感じた知識と臨床の谷間は非常に大きく感じられたものです。しかしそれでも,あの学生時代の臨床講義はこの谷を渡る一助にはなったと思い返します。谷に架ける橋とは思考のプロセスではないかと思います。これは教科書に書かれていません。中医学の教科書を一通り学んだ後は,医案という古今の症例集を学ぶことを勧められますが,大多数の医案には十分な思考のプロセスが書かれていません。著者の思考過程を読者が追体験できないため臨床現場でなかなか活用できないのです。
 本書は中医学版臨床講義です。本書の目的は思考のプロセスを示して谷を越える一助となることです。症例とその解説では弁証の根拠,処方の解説とくに中薬学の観点からの生薬の選択といった理法方薬のプロセスに配慮し,読者が頭の中で筆者の弁証論治の思考過程を追体験できるようにしました。症例提示部では弁証にとってとくに重要な四診情報にアンダーラインを引きました。また解説文中の重要用語は太字で示しました。日本では取り上げられることの比較的少ない温病や虚火の症例は意識的に収載しました。一方で生薬や煎薬を用いた処方に馴染みの無い読者を念頭に,一部に医療用エキス製剤で治療した症例も加えました。過去に雑誌『中医臨床』(東洋学術出版社)や例年京都の高雄病院で開催されてきた京都漢方学術シンポジウムで発表した症例も含まれています。
 各症例に関連した重要事項は〈重点小括〉にまとめました。基礎理論,診断学,中薬学など内容はさまざまですが,一般的な成書では解説されていないけれども臨床的に重要な,あるいは読者が中医診療を俯瞰して広く応用できるようなテーマを主体にしました。〈小講義〉では四診のうち最も修得が困難な脈診を中心にいくつか要点をまとめました。本書では中医学の専門用語を使用していますが古臭い言い回しはできるだけ避けて,現代人とくに現代の若手医師にも理解しやすい平易な表現を心がけました。たとえば〈小講義3 脈象の今風解説〉のように筆者独自のレトリックも多用しました。学術的表現とはずいぶんかけ離れていますが,読者の理解のし易さを第一にしました。繰り返し読むことで理解が定着し易いように,同じ内容を繰り返し記述した部分もあります。陰陽五行など抽象論として軽視されがちな基礎理論はあえて詳しく書きました。医学の東西を問わず,臨床医学と基礎医学を往来しながら学習することは,臨床を深く理解することにつながると信じるからです。
 本書は系統的な知識を身につけることが目的ではありません。知識については既に日本語で出版されている良書で学んで頂ければと思います。本書は中医学の初学者にはハードルが高いかもしれませんが,パラパラと症例と解説の部分だけでも読んで頂ければ,医師の頭の中で弁証論治がどのように進行していくのかがイメージできるかと思います。その上で基礎理論,診断学,中薬学,方剤学などの教科書をご覧になれば,そこに書かれた内容を臨床の生きた知識として学習できるのではないかと思います。最後に中医学の用語,中薬学,経絡経穴の辞典類を各一冊は持っておくことをお勧めします。


令和三年一月 京都にて
篠原 明徳



『漢方診療のための中医臨床講義』凡例

 
 
凡例
 
 
●各症例提示部において弁証の鍵となる四診情報にはアンダーラインを引いた。それ以外の文中でのアンダーラインでは重要箇所を示した。
 
●全文中,重要な中医学用語は太字で示した。
 
●本書はA 症例,B 重点小括,C 小講義の3つから構成される。
 
●A 症例は以下の順で示した。(症例により西医診断として現代医学の診断,および既往歴を併記した)
 1.POINT:症例を通じて学習するポイントを示した。
 2.患者:症例患者の基本属性を示した。個人が特定され得るような情報は除外した。
 3.主訴
 4.初診:初診の年をX年とし初診の日付を記した。
 5.現病歴
 6.理学所見:身長,体重,体温など四診所見以外の身体所見を記載した。
 7.検査所見:初診時に当院で行った検体検査,あるいは患者が持参した他院における直近の検査データを記した。
 8.四診:望聞問切の各所見をこの順序で記載した。持脈軽重法を用いた脈診は表の形で記した。
   注)持脈軽重法は『難経』の五難に記載のある切脈法で,各臓ごとの
   脈位(深度)を重視している。五難では“菽”という豆の重さで表現され
   ているが,“按之至骨,擧指來疾者,腎部也”との記載から,至骨を
   15菽としてこれを五等分した深度がそれぞれの臓の基準となる深度
   としこれを0で表記している。+は基準より浮側に,-は沈側に位置し,
   それぞれの臓の陰陽の偏位を反映すると解釈している。ただし,この
   +や-といった表記の仕方は筆者が普段カルテ記載に用いている
   ものであり一般に用いられているものではない。なお,症例を読む
   前に〈小講義4 切脈法と持脈軽重法〉を一読することを推奨する。
 9.弁証
 10.論拠:弁証の根拠を解説した。
 11.治法:症例の弁証に対応した治療方法の指針を示した。
 12.処方:医療用エキス製剤はメーカー間で異なる薬物や用量があることを鑑み,メーカー名を明示した。湯液を用いた症例で,基本骨格とした方剤がある場合はその名称を付記した。
 13.経過:治療経過を記載した。
   S:subjective(主観的情報),O:objective(客観的情報),
   A:assessment(評価),P:plan(計画・治療)
 14.解説:症例の病態や治療に関して解説した。
 
●B 重点小括
 各症例の病態,用薬などに関する重要なテーマを取り上げて解説した。
 
●C 小講義
 〈重点小括〉で取り上げなかったより一般的なテーマ,特に脈診に関連する項目を中心に解説した。



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