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2006年11月 アーカイブ

2006年11月17日

中医基本用語辞典

あとがき(抜粋)

 日本では中医学を勉強する方々の数が年々増えています。中医学を学習するうえで,まずぶつかる問題は「専門用語を理解することが難しい」という点でしょう。それを解決するためには,日本の事情を十分に考慮しながら,なるべくわかりやすい言葉で,専門用語を解説することが必要です。このような要望にもとづいて,本辞典を作る企画が生まれました。
 しかし,実際に始めてみると,思うほど順調に進まないことがよくわかりました。中医学用語はたいへん幅広く,また難解で抽象的なものが多いため,すべてを取り入れて説明することはわれわれの力では不可能なことでした。したがって,できるだけよく使われる基本用語にしぼって作業を進めました。進行中にもさまざまな困難を乗り越えながら,何回も何回も見直し,修正を重ねている間に,あっという間に十数年の歳月が過ぎていました。ようやく出版にいたることになり,少しでもこの辞書が読者の皆様のお役に立つものになれば,何よりも嬉しいことだと思っております。

劉 桂平

[症例から学ぶ]中医針灸治療

あとがき

 私たちは,しばしば症例の紹介や報告を見たり聞いたりするが,たいていはある疾病や病証の説明をより具体的に示すための症例紹介であることが多い。だが,本書は徹頭徹尾,症例である。冒頭の「出版にあたって」の中に,「症例研究というのは,間接的な臨床実践として,学習者が他人の診療経験をくみ取るのに役立つだけでなく,さらに重要なことは,学習者の臨床における弁証思考能力を培えるということである」と記されているが,本書はその意図を十二分に具現しているといえる。
 私たちが目にする症例の中には,脈象,舌象,その他の検査結果が,どのような思考経路をたどってその診断(弁証)にいたったのかが必ずしも明確でないことがしばしばあるように思う。私が本書の一番の特徴だと思うのは,その思考経路が明確で,読み手の思考が中断されないという点である。それは,各症例に付けられてある「考察」の内容がまさしく必要かつ十分で,非常にていねいであるからだ。どうしてそのような診断(弁証)が行われたのか,なぜそのような治療を行ったのかの説明はもとより,一般的な解説,またときには古典を引用して病因病機を述べた後に,その症例の具体的状況を一般論から演繹して説明しており,なるほどそうかと,うなずきながら読むことができる。
 症例報告が,報告する人のためではなく,学習する人のためにあるのだ,という当たり前のことが,これほどしっかり守られているということは,学習するものにとって,たいへんうれしいことである。
 また,いま必要な症例を,この中から見つけて参考にするという使い方はもちろんだが,本書は,「考察」の部分の充実ゆえに,通読に値する。本書の考察部分は,中医理論そのものであり,それが臨床実践と呼応しているために,用語のイメージを明確にすることができる。
 針の操作について,きめこまかい説明があるのも本書の特徴といえる。症状の変化に対応した操作方法の調整,あるいは操作の過程での患者への対応なども興味深く,おおいに参考になる。病歴が長く,治療が長期にわたる患者,あるいは精神的原因が大きい患者などに対する対応の仕方も参考になることが多い。
 痺病に用いられている敷き灸治療などは,今日の日本ではそのまま用いることは難しそうだが,これを参考にしてもう少し狭い範囲で簡便な方法を考えて行うこともできるのではないかとも思える。痔病の項で用いられる火針治療もなかなかそのままでは用いにくいようだが,これも参考になる。軽症のものに大胆に試してみることも可能ではないだろうか。この症例に啓発されて,針灸の外科領域での応用が今後研究されていく可能性もあるのではないだろうか。
 脱病の項のペニシリンショックが古代の「尸厥」の証候に類似している,というのも興味深い。『史記』の扁鵲伝に「尸厥」の症例が出てくるが,古代の話かと思っていると,意外にも現代でも同じような病症がありうるということだ。ペニシリンに限らず,医療事故や屋外での事故などで,このような場面に遭遇することもありうる。日本ではたいていは病院での処置になるが,とっさのときにこのような経験の知識が役に立つこともあるかもしれない。
 納得したり,感心したり,驚いたりしながらのけっこう楽しい翻訳作業ではあったが,訳語の特定にはいつものことながら苦労することも多かった。調べがつかないものについては,渡邊賢一先生に助けていただいた。ここに記して感謝します。

名越 礼子
2005年7月


2006年11月18日

針灸弁証論治の進め方

訳者あとがき

 本書は,西洋医学的診断を踏まえたうえで,臨床に当たっては,中医学理論を駆使して病因と病機を探索し,さらにそれが選穴や手技に具体的に応用されていくという,現代中国のオーソドックスな針灸臨床の流れを各種病症について解説したものであり,読者は本書を通じて,現代中国における針灸臨床の概略に触れることができる。
 本書の翻訳・出版の第一義は,中医学針灸の紹介である。そのため,未だ中医学に親しむ機会の少ない読者には,とにかく中医学の基本用語などに慣れていただく必要を感じた。そのため,翻訳にあたっては,症状や生理・病機などに関して頻繁に用いられる術語や漢字は原語を併記するか,〔〕内に訳注を付した。また,術語全体をそっくり日本語に置き換えることよりも,1つ1つの漢字の持つ概念を示すようにつとめた。そのため,やや読みづらい表現になっている点についてはご容赦を乞うとともに,読者には訳注などを参考にしながら,術語の示すニュアンスを汲み取っていただきたいと思う。しかし,本書は通読書でなく参考書として,臨床の座右に置いて拾い読みされることも配慮して,若干の工夫をこらしたつもりである。
 本書は,ボリュームの割にいくらか内容が多岐に渡りすぎ,その分,細部の説明がやや不十分になりがちなところもあるように思われる。また,処方解説などで,論理的配穴とはいいながら,その説明のいささか強弁的色彩にとまどいを感じる読者もおられることと想像する。しかし訳者は,必ずしも本書の内容がそのまま日本の針灸臨床で追試ないし適用されることを期待するものではない。本書は臨床参考書の体裁をとってはいるものの,むしろ,古典理論と実践との関係をどのように捉えていけばよいのかといったことについて考える際の参考として読まれることをも期待している。たとえば選穴について考えてみると,日本では,難経を中心とする古代原典に書かれている方法が比較的そのままの形で臨床で使用される傾向があり,復古的色彩が強いのに対して,中国では古典を理論の土台とはしつつも,具体的にはより実践的な針灸歌賦など,現代に近い著作物や,直接,師から弟子へと伝わった経験の継承が重視されているのが伺われるであろう。このように両国民の気質や歴史的背景の違いなどを考慮することで,日・中で生じる差異などについて思いを及ぼし,今後古典理論をどのように日本的に展開していけばよいのかを考える材料としてとらえてもいただければ幸いである。
 訳者は,針灸臨床家であって翻訳のプロでないのであるが,1つ1つの漢字が固有の概念を持ち,微妙なニュアンスを表現することにすぐれている中国語に惹かれるものがある。本書を通じて柔軟性と深みのある中国人の古典解釈の仕方を汲み取るとともに,ときに批判的にながめることで,今一歩広い目で針灸を見つめるきっかけにしていただければ,訳者の労も報われるところもあろうかと考えている。
 最後に,つたない翻訳しかできない私に,本書の紹介と翻訳の機会を与えていただいた山本勝曠氏に感謝の意を表します。

訳 者
2001年1月


中国刺絡鍼法

あとがき

 日本刺絡学会の運営委員会で『中国刺絡療法』(原書名:『実用中国刺血療法』)を翻訳しようと発意されたのは、もう7,8年前になる。そのころに中国で出版された数冊の刺絡鍼法に関する本を検討して、基礎的な理論と臨床の実際、関連する問題についての論文などが配されていて、日本の刺絡鍼法の発展のために役に立つと考えられたからである。東洋学術出版杜の山本勝曠社長と翻訳担当を引き受けてくれた植地博子さんとで相談して、出版することにした。ところが、出版杜の中国の科学技術文献出版社重慶分社に翻訳の許可を申し込んでもナシのつぶてで、いつまでたっても返事が来ない。
 ようやく再度、翻訳しようとの機運が起こって来たのは6年前,「日本の刺絡学術を再興するためには、鍼灸師のための刺絡鍼去マニュアルが必要である」となり、日本刺絡学会で『刺絡鍼法マニュアル』をまとめようと決定してからである。日本の刺絡の学術と中国の刺絡の学術とがどのように異なっているのかを明らかにすることによって、日本ではどのような刺絡鍼法の発展があったのかを明らかにすることができる。そしてまた刺絡鍼法をどのような方向に発展させるべきかを考えるためには,中国の刺絡鍼去に関する実情を知る必要がある、と運営委員が認識したからである。再び、中国刺絡鍼法を我が国の鍼灸師の方たちに知らせるための努力が始まった。『中国実用刺血療法』翻訳委員会が設けられた。当初に予定していた植地博子さんが多忙になったために翻訳を担当することが無理となった。そこで、中国に10数年暮らし、北京中医学院で中国鍼灸を学んで、神奈川県リハビリセンターで鍼灸臨床を担当している徳地順子さんと,新進鍼灸家の関 信之さん、島田隆司、それに後藤学園で鍼灸教育に従事している島田 力の4人で分担して翻訳作業を開始したのが平成6年5月である。月に1~2回集まって、担当した部分の翻訳文を提示し、翻訳上の問題点を出し合い、検討し、再度翻訳し直し、それをワープロに打ち込み、という作業を2年ほど経て、平成8年春には第1次の翻訳文を作成した。途中で翻訳メンバーが不足していることに気がつき,関西鍼灸短期大学王財源氏や東洋学術出版社に応援を求めて高橋氏と渡辺氏に加わっていただいた。翻訳上で特に問題になったのは中国での病名が現代医学的に通用しにくいこと、日本での疾病分類と中国での分類との間の異同、中国での弁証名をどのように翻訳するか、などであった。
分担して翻訳したための用語の違いを統一し、日本語らしい文章に修正し、翻訳委員がそれぞれワープロに入力したものを西岡敏子事務局長がまとめて入力し、大貫 進・石原克巳氏ら日本刺絡学会運営委昌会の主要なメンバーに目を通していただき、さらに全体の校正を数回に渉って河島さんにお願いして、という手続きを経て、ようやくこのほど出版の運びとなった。
 随分と年月がかかってしまったが、この中国刺絡鍼法が日本の刺絡鍼法の発展のために十分に活用されることを願って、後書きとする次第である。本書の発行のために随分と勝手な言い分を聞いて戴き、出版にまでこぎつけて下さった東洋学術出版杜の山本勝曠社長には深く感謝申し上げる次第である。

写真でみる脳血管障害の針灸治療

あとがき

 脳血管障害に対する針灸治療に初めてのシステム化がなされた。それが本書にて紹介した「醒脳開竅法」である。この治療法は,脳血管障害に対する積極的治療法であり,発症直後からこの治療法を採用すると,死亡率の低下,ADLの向上,合併症の治療等に有効である。また,慢性期の治療にも応用することができる。この画期的な治療法は,1987年11月に北京で開催された世界針灸連合学会で初めて発表され, 多数の参加国の代表から特に注目をあび高い評価が与えられた。とかく脳血管障害に対する針灸治療は,後遺症期の症状改善に適しているとされてきたが,本治療法の開発により針灸治療は,脳血管障害治療の最前線に登場することとなった。
 「醒脳開竅法」は,その治療におけるシステム化がはかられたことにより,多くの針灸師が実践できるものとなっている。開発者の石学敏教授がいつも言われていることであるが,針灸においてはその治療効果に再現性をもたせることが必要である。それはまた臨床サイドにおける針灸の科学化につながるものである。本治療法は,約3000症例にわたってその治療効果の再現性を実証している。
 ところで,この治療システムのなかには,手技も含まれている。針灸においては正確な証の決定(診断)とそれにもとづく処方の決定が重要であるが,さらに治療効果を決定づける重要な要素として手技の問題がある。ここでは付録1として「基本補瀉手技」を紹介しておいた。この基本補瀉手技は,どの疾患の治療にも応用することができる。
 また付録2として「醒脳開竅法に用いる経穴と刺針技術」を紹介しておいた。これは天津中医学院付属第1医院の王崇秀助教授が,医療法人財団仁医会牧田総合病院で行った「醒脳開竅法」の技術指導内容を,学校法人後藤学園講師である似田敦氏が整理したものである。多くの臨床的ノウハウが,この付録ではうまく整理されているので,実際の臨床に活用していただきたい。
 針灸療法は現代医学,リハビリテーション医学等との連携により,今後いっそう重要な医療的役割を担うものと思われる。とくにここで紹介した「醒脳開竅法」は,これらの分野との協力が必要であり,そうすることによりQOLのいっそうの拡大が可能となり,本治療法もその真価を発揮することができるのである。多くの針灸師がここで紹介した補瀉手技に熟練し,この治療システムを活用されんことを心より期待する。

学校法人 後藤学園中医学研究室長
兵 頭 明


2006年11月19日

中医鍼灸臨床発揮

本書と『臨床経穴学』(東洋学術出版社刊)の位置づけ

 ここに『臨床経穴学』につぐ第2弾として,李世珍先生の『中医鍼灸臨床発揮』を紹介できることとなった。本書の特徴は,『臨床経穴学』が治療穴を中心テーマとしながら,常用穴の臨床応用の仕方を提示しているのに対し,弁証論治の仕方を中心テーマとし,膨大な症例を提示しながら臨床証治の法則を述べた点にある。つまり学習した基礎理論と弁証論治を,臨床の実際のなかでどのように応用できるのかを,数多くの実例をもとに紹介している。また治療経過のなかで,病状の変化に応じてどのように対処すべきかを学ぶことができるようにもなっている。
 著者は400症例以上の医案を提示するだけでなく,医案に対して詳細な検討を加えている。そして,各症例を比較することにより,臨床証治の法則をも提示している。これは我々に臨床に際しての心構えと方法論を示唆したものといえる。


医案と教科書の役割分担と関連性

 医案と教科書,臨床医学書にはそれぞれに役割分担がある。一般の教科書や臨床医学書では,1つ1つの病(あるいは証)についての明確な病理分析,典型的な証候,主証の紹介がなされ,鑑別がしやすく,また論治の面においても方穴(薬)には法則をもたせて紹介がなされている。つまり典型的なものが選択され,読者に綱領を提示する役割を担うものが教科書なのである。一方,医案は,常あり変あり,動あり静あり,共通性あり個別性あり,経験あり教訓ありといった具合に,内容は非常に多彩となる。著者によれば,「中医基礎理論は尺度となるものであり,臨床応用はこの尺度にしたがった技能である。そして,医案は基礎理論という尺度にしたがって臨床応用した技能の総括である。」としている。したがって,医案は基礎理論と臨床をつなぐ重要な役割を担うだけでなく,医案を学ぶことによって臨床応用力を身につけることが可能となるのである。

誤治を招く原因

 本書のもう1つの大きな特徴は,誤治による症例が紹介されていることである。誤治を招く原因として,四診の不備,弁証の誤り,選穴の誤りという3つの原因を指摘し,それぞれについて実例をあげながら考察を加えている。ここで紹介されている内容は我々にとっても教訓,戒めとしてくみ取ることができるものばかりである。このようなスタイルの医案は中国においても珍しく,したがって非常に貴重なものということができる。

「中医医案学」の構築

 南京中医薬大学の王玲玲院長が指摘しているように,本書はまさに臨床に即した実用書であるばかりでなく,さらに科学研究と教育面において極めて高い価値をもっている。李世珍先生は医案を中医医案学として中医学教育の必修科目にすべきだと提唱されているが,私もその早期実現を切望する1人である。
 李世珍先生は,医案から学ぶ重要性を強調するのみならず,さらに我々が治療した患者の医案を蓄積し,たえず探究しながら経験の総括を行うことが,我々自身のみならず後学の士にとっても価値があるだけでなく,さらなる法則の発見,法則の説明,そして法則の運用といった面でいっそう価値あるものとなると指摘している。まさにこれこそ中国伝統医学が歴代にわたって歩んできた道程であり,その継承の上に今日があり,そして今日のたゆまぬ努力によって未来を切り開くことが可能となるのである。
 今日まで歴代の医案が果たしてきた役割,そして今後において医案が果たすであろう役割を考えると,まさに著者が提唱しているように,医案が中医医案学として中医学教育の必修科目として導入されるのも,さほど遠い将来のことではないであろう。我々はその実現を待つまでもなく,今ここに『中医鍼灸臨床発揮』を中医医案学として位置づけ,さっそく学習することができるのである。今一度,本書の学習を通じて中医鍼灸学のもつ系統性,一貫性,実用性,再現性を体験習得しながら,本書を各人の臨床の必携書として活用し,臨床に励まれんことを切に希望し,訳者の後書きとする。

兵 頭  明
2002年5月吉日

臨床経穴学

訳者あとがき

  『常用腧穴臨床発揮』として,4代100余年にわたる針灸の貴重な家伝が,実に系統的にまとめられて,中国で出版されたのが1985年のことであった。本書の出版に対する反響は非常に大きく,特に針灸臨床家の本書への評価は高かった。比較的容易に内容が把握でき,さらに実用性に富んでいることがその理由である。中国国内では再版されるたびに直ちに売り切れとなって入手が困難であったことからも,その高い評価がうかがえる。
 私も読後に深い感銘を覚えた1人であるが,その感動を1人でも多くの日本の仲間に伝え,共に臨床に活用していきたいと考え,いくつかの研究会で連続講座を設け,2年にわたり本書の内容,特徴を紹介した。研究会用の資料づくりから計算すると8年余の歳月を費やしたことになるが,ここに本書の全貌を日本語訳によって紹介することができる運びとなった。
 著者の前言では「経穴の効能と治療範囲について述べた部分,経穴の効能が湯液の薬効と同じであり,針をもって薬に代えうることについて述べた部分,弁証取穴の部分,そして古典と歴代の経験について行った考察」,これらの内容が本書の精髄であるとしているが,その精髄が[臨床応用]のなかに実にうまく反映されていることに感銘を受けた。本書は臨床家の手引書としての価値が高く,弁証治療の妙味が少数穴(処方)のなかに実にたくみに反映されている。
 本書の内容は膨大であり,ページ数もかなりある。どこからどのように読めばいいのか,臨床の手引書として活用するには,どのように活用すればよいのかを,読者自身で考えていただきたい。まず前言にある本書の組み立ておよびそれぞれの位置づけを参考にするとよい。学生および初学者は,まず総論を熟読し,各章の概論を読み,ついで全穴について[本穴の特性]の項を読むと,中医学の生理観,病理観,および病理と経穴効能との関係を把握することができる。生理観,病理観,弁証論治の学習ができている人は,これらを前提として[配穴]の項を参考にしながら,[臨床応用]の項を学習することができる。病証と処方構成との関係を意識しながら考察すると,本書で紹介されている処方を暗記することなく,自分で処方を構成する力が養われる。ただし本書で紹介されている湯液処方の効能に類似する針灸処方ぐらいは,処方構成意義を比較し熟考したのち,頭に入れておくことをお薦めする。
 針灸治療と湯液治療とは,その生理観と病理観,弁証は共通しており,治療手段として外治法,内治法の違いがあるだけである。またそれぞれの特徴および優位性がある。本書の特徴の1つとして,この前提のもとに,針灸治療の可能性について針灸サイドと湯液サイドの両サイドを比較しながら臨床的,文献的な研究を行い,針灸医師として薬を用いないでどこまで多くの疾患や病証の治療が可能なのかを提示している。そのため本書では湯液の経典の1つである『傷寒論』の条文に対して,深い考察が行なわれており,またこれらに対する針灸サイドからのアプローチを紹介している。「穴は薬効のごとく針をもって薬に代える」というテーマに対する検討が,本書の精髄の1つとされていることもうなづける。 
 また本書では[症例]を多数紹介しているが,この多くの症例を検討することにより中医針灸学の理・法・方・穴・術という一連の流れを把握し,4代100余年にわたる李家家伝の学術思想の一端をうかがうことができる。さらに本書の各所で述べられている臨床的な見解が,どのように症例報告中に反映されているかを考えていただきたい。
 本書で用いている手技に関しては,まず冒頭の[説明]の項をしっかり把握しておくとよい。著者の指摘にもあるように,本書で提示している補潟手技はけっして複雑なものではなく,比較的容易に再現することができる。ただし最終的には熟練を要する。
 訳者にとってとくに興味をひいたのは,[古典考察]の項であった。日ごろ時間がないことを口実に,つい古典研究にあまり時間をさけなかったが,本書の訳を通じて私自身多少なりとも古典の学習ができたつもりである。特に著者に敬服するのは,古典研究の目的が臨床のためとはっきりしており,また臨床を通して古典を再考察し,自身の見解を明確に提示していることである。古典研究の1つのありかたを実践により示してくれている。
 以上,本書の組み立てと感想を述べたが,なんども本書を学習・研究・応用することによって本書がもつ系統性,一貫性,実用性を読者にも感じていただきたい。
 現在,中国では針灸処方学という新しい領域を構築するために,非常に多くの古典文献の整理が行なわれている。これは古典臨床書のなかに散在している針灸処方を整理し,古人がどのような病証に対して,どのような角度から,どのような治療目的で,どのような経穴を選穴配穴して処方を構成しているのかを研究する領域である。この研究を通して,それぞれの経穴がもつ効能およびその臨床応用の可能性はいっそう明確になることであろう。本書はこのことを研究テーマとし,さらに家伝を公開していることも含めて,先駆的役割をもつ専門書であるということができる。本書では[歴代医家の経験]という項を設け,古人の経穴に対する臨床的な認識・経験を広く紹介していることからも,このことがうかがえる。本書の学習を通じて,古典臨床書を解読する力がつけば,大いに古人の臨床経験を学ぶことができる。最後に多くの針灸臨床家が本書を座右の書として活用し,臨床に励まれんことを希望してやまない。

兵頭 明
1995年1月吉日


2006年11月20日

現代語訳 黄帝内経素問 上・中・下巻

監訳者あとがき

 古典の翻訳は時間がかかる。ひとつの古典をめぐって、異なる多くの時代に積み上げられた解釈の山を媒介とすることなしには、たったひとつの言葉すらもその意味を明らかにできないからだ。しかも、それらの解釈が、その古典が書かれた時代の意味をそのまま伝えている保証はどこにもない。翻訳者は、古典の原文と、そうした蓋然性しか有していない解釈の山と、同時代のさまざまな資料とを見較べながら、これも蓋然的なものにすぎない自分の解釈を選び取ってゆかねばならない。
 そうした作業の末に著わされた『黄帝内経素問訳釈』という書を、日本語に重訳しようとすれば、重訳者もまたそのプロセスを踏みしめ直してみる必要がある。とりわけ本書のように、注釈の量をある程度抑制してコンパクトにまとめた書物の場合、ある原文の一節がどうしてそのように訳されているのか、そこに意味されているものは何かといったことが分からないと、意味を取り違えて重訳しかねない。また本書は、この種の書物としては比較的早期に成書したため、試訳的な部分や誤訳と思える部分もないわけではないから、それらについても、紙幅が許す範囲で重訳者が改訳していかねばならない。やっていけば際限なく増え続けるばかりのこうした作業を、量と時間の制約の中で果たしていくことが、どれ程フラストレーションを呼ぶかは、多分それに直接携わったことのある人以外には誰も分からないだろう。
 原訳を日本古文の書き下し文にする作業も、こうした原書の性格と、現代中国語風に句読された原文にしばられながら行なわざるをえないから、かなり苦渋に満ちたものとなった。また、複数の重訳者による、それぞれ個性的でみごとな書き下しのスタイルと翻訳についても、本来監訳者が統一することなど原理的に不可能としかいいようがないのだが、失礼を顧みず統一させていただかざるをえなかった。訳者諸氏独自の色あいをどれ程保つことができたか、心許ない限りだが、今となってはただ御寛恕を願うばかりである。紙幅を広げぬために、訳注は最小限に絞り、訳文も敬語などを削ってきりつめた形にしたのだが、それでも上中下三本に分かたねばならぬ量になってしまったことも含め、訳業の難しさを思わずにはいられない。
 監訳者としてこの仕事に関わり始めたのは、もう六年も前のことだ。大幅な遅滞の原因は、全て私の、多忙にかまけた怠慢さにある。ただ、私事に渉らせていただけば、訳業を始めて数年後に、腎を患って入院せざるをえなかったことが、いつまでも続く痛みとして尾を曳いたことは否みようがない。そうした日々の焦りが、訳業の上に不測の影を落としていないとよいのだが、もともと力量に乏しい私のこと、恐らくさまざまな誤りを犯していることだろう。
 どんな古典の翻訳も、多かれ少なかれさまざまな妥協のアマルガムの形でしか、世に出てくることができない。古典が背負った宿命ともいえるこの事実は、以上述べたような事情から、この日本語訳についてもあてはまる。だが、そうした妥協にもかかわらず、この訳には生まれねばならぬ必然性があったことも、また確かなことである。中国伝統医学の教典として伝わった書物の内で最も古いものに属する本書を、誰もが手に取って読める程度のボリュームで、しかも古典読解に伴って原文について考えていく上の資料も付した形で、一刻も早く提供する必要があったのだ。
 周知のように、伝統医学はその価値を評価され、広まっているかにみえて、実はその薬箱と理論抜きのマニュアルだけを盗まれ、近代医学のある部分を補完するものとしてのみ位置づけられようとしている。薬箱も近代科学の方法で再評価され、その粗い網目から抜け落ちた要素は、あたかも無かったかのように扱われがちである。インスタント漢方医の盛行が、この情況を更に歪めている。
 この情況を招いた理由のひとつに、肝腎の伝統医学理論の原典である『素問』・『霊枢』のスタンダードな翻訳が手に入りにくいとい現実があったことは否めない。誰もが『素問』・『霊枢』について語ったが、その多くの人はそれらの書を古典原文の形で通読したことがなかったのだ。原典はおろか、明清の医学と民国から先の西欧医学との不思議なアマルガムとして成立した現代中医学の、そのまたマニュアル書すら読まずに、伝統医学を語り、用いるのはやはり相当危ういことだったはずなのだが、事実はそんな雰囲気の中から、「漢方の現代化」といったものは起こっている。
 伝統医学の理論や、本来の方法論自体には、近代医学の補完どころか、未来の医学のモデルになるような要素がたくさん含まれている。原典の読解から、それらを再評価し、未来の医学につなげていく作業は、私達と、これから生まれてくる未来の伝統医学関係者の責務である。現代中医学にまなざしを向けながら、常に原典とその理論に戻ることをモットーとされている篤志の書肆、東洋学術出版社の山本勝曠氏の熱意と、それを支持された多くの伝統医学家の情熱に励まされながら誕生した本訳書が、そうした未来の医学を生むための捨て石のひとつになることを祈りつつ、あとがきの筆を擱くことにしたい。

[原文]傷寒雑病論(三訂版)

第三版あとがき

 本書の初版は、日本漢方協会が創立十周年を記念して上梓したものである。
 日本漢方協会は、正しい漢方知識の教育と普及を目的として、当代漢方医薬界の指導的諸先生のご援助を得て、これまで延べ数千名の受講者を対象として漢方特別講座および同通信教育講座を開催し、斯界に貢献してきている。
 日本の漢方の支柱をなしている古典は、『傷寒論』と『金匱要略』の二書で、この両者を研修せずには漢方を学んだとはいわれないほどである。これら古典は二千年近く前のものであるので、原典は散佚してしまっている。そこで本書を編集するにあたっては、後世の中国で撰次された数種の伝本テキストの中から、最も信頼のおけるとされるものを採用し、二書を合して一冊とした。
 第二版は、初版では省略されていた条文や細注を追加し、誤植を訂正するとともに全篇に条文番号を附した。特に『金匱要略』は、初版の底本(『古今医統正脈全書』に基づく人民衛生出版社版)と第二版の底本は異なっているので、一部に語句の違いがある。
 さらに第三版では省略されていた刻仲景全書序・進呈箚子及び第五篇以下各篇の初めにある一字下げ子目の方剤の部分を追加した。字体は基本的に旧漢字を使用し、できるかぎり底本に近いものとした。
〔採用原典〕
 『傷寒論』… 底本は趙開美版(明・万暦二十七年〔一五九九〕序)とし、句読点は宋成無己注・明汪済川校の人民衛生出版社『注解傷寒論』を参考とした。条文番号(漢数字)は、趙開美版を底本とする上海中医学院中医基礎理論教研室校注の『傷寒論』及び南京中医学院傷寒教研組編著の『傷寒論訳釈(上下)』を基礎とし、更に各篇毎の番号(アラビア数字)も附した。
 『金匱要略』… 先年当協会で影印した趙開美版を底本としたが、条文番号を附すため改行した所が少なくない。条文番号(アラビア数字)については、譚日強編著の『金匱要略浅述』(人民衛生出版社)を参考としたが、附方についても番号を附した。また細部については、成都中医学院主編の『金匱要略選読』を参考とした。
 なお、〔 〕は、処方検索を容易にするため附加したものである。傍線(――)は、底本にはないが補った部分であり、傍点(○)は誤字を訂正したことを示す。

日本漢方協会学術部
東京都新宿区西新宿8-14-17 アルテール新宿401号
電話 03(3369)7512 FAX.03(3363)6584
平成十一年十二月吉日

現代語訳 奇経八脈考

訳者あとがき

 手足の八宗穴を用いるだけで、さまざまの症状に対応できる奇経治療は、簡便でしかも非常に有効な治療法である。先師間中喜雄先生に本法の妙味を教授されてから、刺針、磁石、カラーテープと手技は変ったが、筆者は一貫して奇経治療のみを行って日常診療に対応している。
 平成二年の秋、亜東書店で王羅珍校注『奇経八脈考・校注』(以下本書と略称)を見つけたときは非常に感動した。毎日のように奇経治療をしているのに、奇経八脈の代表的な古典である『奇経八脈考』を読んでいなかったからである。奇経の学習にも役立つと思い、平成三年二月から本書の飜訳に取り組んだのである。
 日本ではなぜか奇経治療は軽視されており、私の知る限りでは江戸時代には岡本一抱の『経穴密語集』と夏井透元の『経脈図説』の中に記載があるのみであり、私の手元にある現代の専門書は、城戸勝康著『奇経治療』(奇経治療研究会刊)と入江正著『経別・経筋・奇経療法』(医道の日本社刊)のみである。MP針による奇経治療を推奨していた長友次男氏の著書によると、独仏両国では奇経治療が盛んであり、これはバッハマンが『鍼灸聚英』(一五二九)を種本にして紹介したのが基になっているとのことである。
 高武の『鍼灸聚英』の奇経八脈の項には、それぞれの流注経路、交会穴、病状を簡要に記して、経穴を別記してある。別項には本書の附録にも收録されている「竇氏八穴」も記されている。同書の刊行は『奇経八脈考』の発刊(一五七八)の五十年前である。
 高武の著書によって、当時にはすでに奇経治療はかなり普及していたと考えられるが、李時珍が敢て『奇経八脈考』を刊行した意図は何であったのか、文中に引用されている『霊枢』や『甲乙経』などの古典による裏づけと、自身の見解を述べることのみが目的ではなかったと思う。
 本書の扉にも引用されている「内景隧道は惟だ返観する者、能く之れを照察す」という陰 脈の項の言葉が、『奇経八脈考』を執筆した主眼であったと思う。奇経八脈の効用の真相を解明するためには、内丹つまり仙道の修行が必要なことに気づいて、この見解を述べるために『奇経八脈考』を執筆したのではなかろうか。
 私事であるが、本稿執筆中に少林一指禅功を学んで、経絡流注感覚がおぼろげながら判るようになり、奇経に関しては、例えば右手の指頭を左足の照海穴に向けて回すと、左手の列缺穴に気感を感じるようになった。このささやかな体験によって、李時珍の言葉が少しは理解できたのである。
 本書の「附録」に、八脈八穴の源流と臨床応用が記されている。手足の八穴を組合せる奇経治療の基はいつ頃に完成したのか、興味はつきないが、本書でも「少室の隠者の伝授」として、神秘の扉は開かれていない。しかし私のささやかな経験から推測すれば、古代の経絡敏感人にとっては、手足の八宗穴を組合せることなど、それほど困難なことではなかったと思う。
 本訳書の「釈音」の項と、「附録」の「八穴の配伍応用」の中の「按時配穴法(霊亀八法と飛騰八法)」の飜訳は、淑徳大学の佐藤貢悦助教授が担当した。
 全文にわたって校訂していただいた谷田伸治氏に深謝して擱筆する。

勝 田 正 泰
平成六年四月一日


医古文の基礎

編訳者あとがき

 平成11年8月の日本内経医学会の夏期合宿において、『医古文基礎』の訳出が会の事業として決められ、そして一両年を目標に訳出するように協力者に依頼した。同年11月、当時会長であった島田隆司先生が病に倒れたので、協力者にピッチをあげるようにお願いした。その結果、翌春には訳稿が揃い、荒川が文章を調整して、6月中旬には初稿が完成した。これを島田先生に報告すると、大いに喜ばれ、「東洋学術出版社に話は通しておいたので、山本社長に相談しなさい」と指示された。その2カ月後に先生は他界されたが、初稿だけでも見ていただけたことは本当によかったと思う。その後、荒川と宮川とで原稿を何度も直し、最終稿ができたのは平成13年8月である。その間に往復したA4の用紙は積み上げると50㎝(約5,000枚)にもなった。これだけ大変な事業だとは思いもよらなかった。

 本書の訳出の担当分野は次の通りである。


 第1章  第2章  第3章 工具書 句読 語法 宮川浩也(日本内経医学会) 左合昌美(日本内経医学会) 左合昌美(日本内経医学会)
 中編の「語法」に下編の「常見虚詞選釈」を組みいれたために、本書の「語法」は全体の4割超の分量となった。「句読」と併せるならば、本書の約半量を左合氏が訳出したことになる。
 第4章 訓詁 さきたま伝統鍼灸研究会
 さきたま伝統鍼灸研究会(石田真一代表)が、平成11年度の取り組みとして本章の翻訳を試みたものである。まったくの初心者が、新たに中日辞典を買って、一字一字調べ、悩み苦しみながら生みだしたものである。最終的には宮川が文章を整理したが、現代中国語が読めなくても、根気強く学習すれば、ある程度は形になるという格好の例になった。飯島洋子・石田光江・金子元則・田中教之・田中芳二・中倉健・原口裕樹・原口裕児の諸氏である。ここに名をあげ、賛美の辞にかえる。
 第5章  第6章 音韻 目録 山本朝子(日本内経医学会)  田中芳二(さきたま伝統鍼灸研究会)
 さきたま伝統鍼灸研究会の田中氏が、「訓詁」翻訳の余勢をかって「訳してみたい」と積極的に挑戦したものである。氏は現代中国語にある程度馴れていたが、目録学の(たとえば書名や人名の)知識は皆無に等しかったので、翻訳するのは相当大変であったと思う。それでも、最後まで果敢に挑戦してくれたのには敬服に値する。
 第7章  付 章 版本と校勘 漢字 小林健二(日本内経医学会)  荒川緑(日本内経医学会)
 本書を読者に近づけるため、奈良の寺岡佐代子さんに目を通していただき、一般的な読者からの視点をご教示頂いた。さらに、神奈川県視覚障害援助赤十字奉仕団の大八木麗子さんには、朗読ボランティアの立場から細やかなご指摘を賜った。  本書は、井上先生の講義に萌芽し、島田先生によって出版化へと動きだし、そして多くの協力者の手によって完成した。故島田先生には本書を捧げ御冥福を祈る次第であります。本書が多くの方々の目に触れる機会を得ることになったのは、何より、東洋学術出版社の山本社長のご高配、ご支援によるものであります。感謝申し上げます。

宮 川 浩 也
2001年8月10日 島田隆司先生の命日に

中医弁証学

訳者あとがき

 今日,日中伝統医学の交流は大変盛んになっていますが,中医学の真髄を自家薬篭中のものにしたと言える人は,まだまだ少ないのが現状ではないかと思います。
 中医基礎理論や中医診断学を学習した人で,臨床の場でどうしても今ひとつうまく弁証ができないとか,どういう手順でアプローチすると,よりうまく弁証ができるのかとか,弁証を確定する上で何か決め手となるものはないのだろうか,といった問題にぶつかって悩んでおられる方が多くおられるようです。
 弁証論治という手段を持ちながら,我が国ではまだ病態把握の普遍性が確立していない。つまり中医学の特長を臨床に生かしきれていない人が多いのではないでしょうか。実際の診断過程で,臨床家は四診によってさまざまな情報を得ています。一般に主症状と随伴症状という言い方をしますが,患者の主訴自体が,患者の証を表現しているとは限らないのが,臨床の難しいところだと思います。四診を行う場合に,目的を持たずにただ症状・所見を収集しているだけでは,なかなかうまく弁証ができません。錯綜する情報の中から,何を選択し,それを弁証論治に結びつけるか。言い換えれば,弁証論治に必要な情報をいかにして患者から引き出すか,というのが中医臨床家の腕の見せ所なのです。
 症とは何なのか。すべての症を同一レベルであつかってよいのだろうか。証ははたして任意のいくつかの症の組み合わせなのか。症と証と病機の関係はどうなっているのか。弁証のポイントをどのように把握すればよいのか。証を鑑別するポイントは何なのか。本書はまさにこのような問題を解決するために執筆された教材です。
 本書の特徴は,実際の臨床において証を決定する上でまさに必要とされる弁証のポイントを明確に提示していることにあります。初学者にとっても,非常にわかりやすい内容となっています。また証を静止的に固定的にとらえるのではなく,時間的推移のなかで証がどのように変化していく可能性があるのか,他にどのような影響を与える可能性があるのか,証と証の関係はどのようになっているのか,類似した証の鑑別ポイントは何なのか,について明確に提示しており,立体的に証が把握できるように工夫されています。
 我が国での中医学の現状は,中医学を学習した多くの人が基礎段階を越え,臨床応用の段階に入っております。そうした時だからこそ,臨床カンファレンスの出来得る共通の土壌を設定するために,この『中医弁証学』の一読を是非お勧めしたいと思います。
 かつて,老中医達の診察を見聞きしながら,彼らのダイナミックな弁証論治と,患者から情報収集する際の非常に繊細な技術に感銘をうけたことがあります。問診のコツと言うべきものは,決して30~40年の臨床を経なくても,本書の内容を理解すれば,必ずや読者諸兄のものになると確信いたしております。

兵 頭 明

老中医の診察室

あとがき

 一九七八年の夏から秋にかけて、『上海中医薬雑誌』を復刊させるための作業を仰せつかった。そのころ、中医学の治療に関心を寄せている老作家が、数多い難病の治療過程を物語風にまとめて連載してはどうかという提案を寄せていた。必ずや読者から愛読されるであろうと太鼓判を押すのである。これはいい案だと思い、さっそく構想をかため、作者の物色にかかった。そして各方面からの推薦を受けて、柯雪帆君との面識を得た。彼は快く引き受けてくれ、さっそく執筆に入った。こうして『医林?英』は『上海中医薬雑誌』の復刊とともに連載され、広範な読者にお目見えしたのである。
 『医林英』が発表されてからというもの、読者の反響は予想外に大きく、雑誌があまり出回っていない地方では、手書きした「写し本」が次つぎに回覧されるというエピソードもあった。そして、第八回が連載されたころには優秀科学普及作品賞を受賞したのである。しかし、一方では学術誌に小説風の文章を連載するのは妥当ではないとの異論もあった。一つの事物をめぐって、異なる意見が存在するのは当然のことと思う。それが正しいかどうかは実践のなかで試練を受け、読者が評価すればよいのである。先ごろ、外国における科学技術書の出版事情を視察に行った同業者の話によれば、外国の学術誌の中にも、科学技術関係の読物が掲載されているということだった。
 学術誌には難しい長編の論文が掲載されるのは当然であるが、そうした形式にとらわれることなく、エッセイ、対談、書信、随想録のような、さまざまなスタイルの小品を載せてもよいのではなかろうか。   中医学は文学、史学、哲学と密接なつながりをもっており、歴代の中医学者のなかには、医学と文学に長けた者も多く、中医学の著作には、医理と文理が一体化しているものが少なくない。この種の書籍は医学の論述であると同時にすぐれた作品でもあり、中医学の特色をそなえていて、読者の評価も高い。『医林掇英』の成功は、作者が医学と文学の面で高度のレベルを有していることと切り離すことはできない。
 作者の明堅は、本名を柯雪帆といい、上海中医学院一九六二年の第一期卒業生である。先ごろ助教授に昇格したが、彼は同学院に残った同期の卒業生のなかでは、最初の助教授であり、上海中医学院傷寒温病教研室の副主任でもある。私たちは編集者と作者という立場にあって、互いに尊重しあい、意見を交しながら思考し、知識を補い合いながら、楽しく作業を続けている。これも一筆つけ加えたくて記した次第である。

王 建 平
一九八二年夏 上海中医薬雑誌社にて


経方医学1―『傷寒・金匱』の理論と処方解説

あとがき

 この第一集は,1993年6月より1年余り続いた病院内におけるごく少人数の勉強会で,江部が話した内容を基本的に再現したものである。日常の臨床業務ゆえに,作業は遅々として進まず,多くの方々に御迷惑をかけたことを謝らねばならない。ただ遅延した分,それ以後明確にした概念や見解を付け加えることができた。
 話を文章化したという性格上,内容に繰り返しや精粗があるのは避け難いこととして御承知いただきたい。第二集以降は,ノートをベースにして処方解説を行う予定である。第二集は桂枝湯類と麻黄湯類を扱う。

 終わりに,本書の構想に御理解を示し,暖かい御援助のみならず,序文までもいただいた安井広迪先生に深湛の謝意を表したい。またテープをおこしていただいた内田隆一君(当時長崎大学医学部),小林慎治君(当時九州大学医学部),ならびに佐賀医科大学の学生諸君に感謝するとともに,際限なく遅れる原稿に編集の労を取られた東洋学術出版社の山本勝曠氏に御礼申し上げる。

著 者


経方薬論

あとがき

 江部の書き貯めていたノートを元に和泉正一郎・内田隆一が内容、文章などを討議して作製した。
 内容的にはまだまだ未熟な部分も多いとは思うが、新たな世紀へ向けての漢方の本草書の発展のためのたたき台になることを期待する。
 なお、数回にわたるノートからワープロへのめんどうな転換作業は、株式会社ツムラの宗形透氏に担当していただいた。
 また、生薬の実際の知識、流通状況などについては、栃本天海堂の小松新平氏の意見を参考にした。両者に感謝の意を表す。

著 者



中医伝統流派の系譜

あとがき

 このたび、東洋学術出版社の山本勝曠社長と戴昭宇先生、翻訳家の柴崎瑛子女史の協力により、『中医伝統流派の系譜』を出版する運びとなったことは、喜びに耐えないところである。
 今日、中医教科書を中心とした中医学が急速に日本に広まりつつあることは、中日文化交流史上特筆すべきことである。ただしここで注意しなければならないのは、教科書を規格化し、基礎理論を偏重して教習することに拘泥するあまり、ややもすれば個性豊かな中医学の生気と活力を損いかねないということである。教科書とは、しょせんは初心者のための入門書にすぎず、中医学という宝庫を発掘整理するためには、伝統的中医学を総合的に理解し、さらなる知識と対応能力を獲得する必要がある。つまり、中医学の発展史を理解していなければ、中医学の今日と明日を見定めることができず、古代の名医たちの個性的な書籍を読まなければ、伝統的中医学の多彩な世界に接することができないということである。同時に、各流派の長所と短所を理解することができなければ、最善の道を選択し、真実を究明することができないのである。
 最後に、本書の出版に際し激励してくださった、順天堂大学医史学研究室の酒井シヅ教授と、北里東洋医学総合研究所医史学研究部の小曽戸洋医学博士に感謝を表すものである。また翻訳にあたって貴重な助言をいただいた戸田一成先生、および心からの友情で私の活動を支援してくださった、東京臨床中医学研究会の加藤久幸先生と平馬直樹先生にも感謝の意を捧げたい。多くの人々の心血と友情が注がれた本書が、中日両国の医学交流に寄与せんことを心より希望するものである。

南京中医薬大学教授
黄 煌
二〇〇〇年八月二十日 東京日中友好会館にて

内科医の散歩道―漢方とともに

東西両医学を実践する山本君

 畏友「山本廣史」君が『野草処方集』に続き第二冊目の随筆集を脱稿し、発行前に読ませていただく光栄に浴した。我々医学を業としている者にとっても、なかなか解り辛い漢方医学を、平易な文章で素人にも理解できるように記述している。このような作業は東洋医学・西洋医学の両方を深く理解し会得した者にしかできない技である。
 山本君は九州大学農学部在学中に、エリート公務員への登竜問である国家公務員上級試験に合格した俊才であるが、昭和三十五年農学部卒業と同時に九州大学医学部に編入学してきた。それ以来、既に四十年間公私にわたり厚誼を頂いている友人である。医学部在学中は出版部に属し、しばしばきらりと光る随筆を同窓会に寄稿し、名文家として知られていた。
 医学部を卒業してからの数年間は心臓病の臨床研究(特に心音図や心エコー図)で頭角を現し、若手研究者として学会の注目を集めた存在であった。しかし、心身の限界を超えた過酷な生活で体調を崩したのをきっかけに、分析的合理主義の現代西洋医学に疑問を持ち、中国伝統医学に傾倒していったようである。数年間にわたる苦悩の中で、食養、運動、心の鍛錬の大切さを身をもって体験し、彼独特の疾病観を確立したのである。
 本稿を一読されたら直ぐにお解りのように、彼の暖かい人間性に裏打ちされた繊細で鋭い感性により描き出される人間像は、積極的に生きようとする人々に対する讃歌である。農学士であり熟達した臨床医でもある彼の薬草に関する知識は広く深い。著者のように伝統中国医学と現代西洋医学のそれぞれの長所と短所を熟知し、中西医学統合を実践している医師は極めて限られている。本書は私たちの身近にある自然の恵みの偉大さを再認識させるだけでなく、現代医学のアキレス腱を気付かせてくれるであろう。

九州厚生年金病院院長
菊 池 裕
平成十二年十一月三日



共に漢方を学ぶ仲間として

 山本廣史君のエッセイ集を読ませて頂いた。山本廣史君と私は九大医学部の同級生で、当時から彼は出版部に属して『九大医報』という雑誌の編集に熱心に取り組んでいた。文字に慣れ親しむのはずっと昔から彼に備わった才能だったに違いない。
 卒業後は彼は循環器内科、私は精神科に進み、その間無給医闘争や大学紛争を経て、再び巡り会ったのは九漢研という漢方の研究会であった。大学を卒業して十年過ぎたあたりである。熱意を以て西洋医学に殉じていたものが、ふとその西洋医学に懐疑的になる瞬間がある。一物質一機能という要素還元主義に行き着くからである。漢方という東洋医学では生命体を単に部分の集合体とは考えない。また、逆に部分はその中に全体を含むと考える。だから漢方治療は常に全体療法になる。
 話がずれそうになるので彼のエッセイ集に戻るが、彼はニガウリやスイカや枸杞の話をしながら実は人間の持っている自然良能、自然治癒力がどんなに素晴らしいものであるかを彼、山本廣史君が患者さんを通じて実感していった過程を我々読者に伝えたいと願っているのがわかる。更に云う「天は自ら助くる者を助く」と。自然良能、自然治癒力が自分の努力次第で実っていきもすれば廃れてしまうこともあると。このことは、目先の快を追い求める現代の風潮に対する彼流の警鐘でもあり、読者の健康な精神感覚に訴えるもの大であろう。
 彼はこのエッセイ集の中で自分が消耗性うつ病にかかり、不眠に悩み、体重が十キロも痩せたと書いているが、海や山の自然に親しみ農作業に親しんで病気から生還した自然良能の貴重な記録を残した。この故に彼の消耗性うつ病について多少なりとも知っている者にとっては彼自身の完全復活を示す自伝的な意味合いをこのエッセイ集に感じるのである。
 ともあれ、薬草について、優しい口調で語りかける内容は、中身は濃く、サボテン体質や水草体質などユーモラスでしかも本質を突いているので、読んでいて楽しい本になっている。原稿用紙を前に万年筆で文章を書くのが何よりの楽しみと常々話してくれているので、気の早い話であるが次作も楽しみにしている。

日本東洋医学会九州支部長
後 藤 哲 也
平成十二年十一月三日


中薬の配合

訳者あとがき

 中医学という世界は,とてつもなく広い世界です。しかし,その広さをよく知っている人は,専門家の中にも,そう多くはいません。とにかく広すぎるので,ちょっとやそっとでは,知ることができないからです。そしてこの本は,中医学の広さを垣間見せてくれる,すばらしいガイドといえます。
 ためしに,巻末の「方剤索引」を見てみてください。おそらく聞いたこともない方剤が,ごろごろしているはずです。それは,訳者である私も同じでした。この本には,中医薬大学を卒業したとか,長年臨床に携わっているとか,そういうことだけでは知りえないことが,たくさん書いてあります。自分で興味をもって研究を続けない限り,こういう事柄を知ることはできません。
 そしてこの本の著者である丁光迪先生は,そうした努力をずっとつづけてこられた方です。また丁先生には,その膨大な知識を裏づける,長年の臨床経験もあります。さらにベテランの教授でもある丁先生は,何をどう伝えるべきかということも,知り尽くしていました。つまりこの本は「丁光老をおいて,ほかに誰がこれだけのことを語れるだろうか」という,20世紀中医界における大偉業なのです。つたない翻訳ではありますが,日本で中医学を学ばれる方にも,ぜひこの貴重な内容に触れていただきたいと思います。
 また学問や文化が発展するには,傑出した学者や芸術家がいるだけでは足りません。例えば明代以降の江南文化の知識は,かの大出版業者・毛晋(汲古閣楼の主)の功績によって普及したともいえます。江南文化における汲古閣のような役割を,日本の中医学の分野で果たしてきているのが,東洋学術出版社であると私は思っています。丁先生の本を日本で出版するということも,まさにその慧眼ぶりを証明するものです。
 このすばらしい仕事に,私も訳者として関わらせていただいたことを,たいへん幸せに,また光栄に感じています。自分が適任であるなどとは思いませんが,能力の限り努力させていただきました。そして最後に,同じ道を歩む「ひよっこ」として,丁光迪老師に心の底から尊敬の念を示させていただきます。
    

小金井 信宏
2005年8月

針灸学[手技篇]

訳者あとがき

 中医針灸学が日本に紹介されてすでに久しいが,このたび,ついにその真髄ともいえる伝統手技に関する書籍を日本で出版するはこびとなった。周知のように中医針灸では,「理・法・方・穴・術」という診断と治療が一体化したシステムが確立している。正確な証決定と,それにもとづく処方を含む治療法の決定,そして最後に治療効果を決定するのがこの手技である。
 今日,多くの針灸師が中医針灸を学んでいるが,この伝統的な手技を習得することは,臨床面でいっそうの自信をもたらすとともに,治療効果の向上につながることであろう。書籍の記載にもとづいて自分なりに手技を模索していた人,伝統手技と聞くと何か神秘的または複雑なものと考えていた人,伝統手技を習得しようとしてもその練習の仕方がわからなかった人,これらの人々にとってついに待望の書籍が出版されるわけである。本書ではより理解しやすくするために写真と図説により詳しく紹介を行った。針灸に関する臨床や研究では,今までは主として「刺激の量」サイドからアプローチする傾向があったが,より多くの針灸師が伝統手技をマスターすることにより,臨床面においてだけでなく,また科学研究においても「刺激の量」の世界から「刺激の質」の世界へと発展することであろう。
 このたび,甘粛中医学院の鄭魁山教授に伝統手技について詳しく紹介していただいた。鄭魁山教授はその略歴からもわかるように,中国における伝統手技研究,針灸臨床の第一人者であり,日本に中国伝統手技を紹介するにあたり,その最適任者と考えられる。本書の出版により,本年は日本における中医針灸の「手技元年」を迎えることになる。本年はいろいろな意味でちょうどその機が熟した年でもある。本書においては,針灸学術の発展,臨床効果の向上,さらに針灸の国際交流の促進という先進的な観点から,一般的な伝統手技にとどまらず,さらに家伝をも紹介していただいている。本書はまさに「手技元年」を迎えるにあたり,鄭教授の最大限の心血を注いでいただいた名著ということができる。中医針灸を学習している日本の多くの針灸師は,この鄭教授の精神をうけついで手技習得に研鑽していただきたい。
 最後に,この中医針灸の真髄である伝統手技を無にしないためにも,単に技術の習得に走るのではなく,その運用の前提である正確な証の決定,処方の決定ができるよう,中医学基礎理論の研鑽にもいっそうの努力をはらっていただきたい。

学校法人・後藤学園中医学研究部長
兵 頭 明
1991年1月

About 2006年11月

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