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2022年08月 アーカイブ

2022年08月10日

『中国医学の身体論――古典から紐解く形体』まえがき

 
 
まえがき
 
 
 鍼灸師が実際の治療において遭遇するのは,それこそ頭のてっぺんから足の先までの各組織・器官の無数の症状である。それらの症状のほとんどは,さまざまな現代医学的治療が効を奏さず,鍼灸治療までたどり着いたものである。筆者自身も長い鍼灸治療の経験のなかで,数多くの症状と向き合ってきた。たとえば,毎日同じ時刻になると起こる頭皮痛,声帯には異常がないのに裏声になって会話ができない,足の爪は大丈夫なのだが手の爪だけがどれも数週間の間に爪床から剝がれてくる,何年も続くしゃっくりなどなど,例を挙げればそれこそ枚挙に暇がないほどである。
 こうした経験は鍼灸治療に携わる鍼灸師ならば多かれ少なかれ誰でももっているものである。
 どのような症状の場合も,当然,四診合参による弁証診断を行い,臓腑・気血・経絡の変動をとらえてその治療を本治とするのだが,「標本同治」の原則に立つならば,同時に各組織器官の側から症状を把握することも必要なのではないだろうか?
 たとえば,「よく物が見えない」「目がかすむ」といった眼の「目内障」の症状を扱う場合,「肝は目に開竅している」から肝の病変ととらえるのは,いささか乱暴すぎる。眼は目系を介して脳と繋がり,目系には肝経・心経・胃経が流注しているので,物がよく見えるためには,腎精から変化した髄が脳に充分に蓄えられ,また肝血・心血・胃気がおのおのの経脈を通して目系に滞りなく注がれていることが必須だからである。したがって「目内障」の場合,腎・肝・心・胃もしくはそれらの臓腑に内属している各経脈の,いずれかの臓腑もしくは何経に変動があるのかを分析しなければ,治療は成り立たない。
 結論として,各組織・器官はどのような経絡が流注し,経絡を通じてどの臓腑と関係が深いのかを各組織・器官の側からとらえる視点が必要である。
 ところが,日本で出版されている既存の中国医学書や東洋医学書のほとんどは,一般的に陰陽五行説から始まり,五臓六腑を中心に身体論を展開し,「五官」「五主」「五華」といった身体の諸組織・器官を「肝は五官では目,五主では筋,五華では爪」といった五臓六腑との関連で説明するだけであり,まして,それ以外の咽喉・前後陰・乳房など全身のさまざまな組織・器官に対してはほとんど触れることもない。これでは筆者を含め鍼灸の現場での必要性を十分に満たすことはできない。
 本書のベースになっているのは,東京医療福祉専門学校 教員養成科での筆者の授業である。これまで毎年,養成科1年生に対し,1年間をかけて「中国医学の身体論」の授業を続けてきた。鍼灸師の国家試験に向け各鍼灸学校の「東洋医学概論」が陰陽五行論でこま切れにした身体の棒暗記に終始する現状では,鍼灸師になっても中国医学にもとづいた総体的身体認識がまったくできていない。そこで教員養成科では,改めて「中国医学の身体論」を学び直してもらっている。
 本書はその授業で毎回配布してきた膨大な資料から,「気血学説」「経絡学説」「精神論」を省き,その代わりに中国医学の古典にもとづいた諸組織・器官を数多く盛り込み,引用した古典に対してはすべて現代語訳を付けた。
 本書が鍼灸の治療現場で中国医学の立場から日々治療に携わる鍼灸師・医師の方々に,いささかでも益するものがあるならば執筆の労は報われるであろう。


2021年11月
浅川 要



『中国医学の身体論――古典から紐解く形体』凡例

 
 
凡例
 
 
1.「第Ⅰ部 臓腑」の各論「五臓」の記述順は,五臓の位置の高低に従った。したがって「肺,心,肝,脾,腎」の順になっている。
2.「第Ⅰ部 臓腑」の各論「六腑」の記述は,『素問』五蔵別論篇にもとづき「胃,大腸,小腸,三焦,膀胱」の順とし,五蔵別論篇に記載されていない「胆」を最後とした。
3.「第Ⅰ部 臓腑」の各論「奇恒の腑」の記述順は,『素問』五蔵別論篇の「脳,髄,骨,脈,胆,女子胞」にもとづくが,「胆」は六腑で扱っているので,「奇恒の腑」では省略してある。
4.総論や各論のすべての末尾に「参考資料」として,中国医学古典からの引用文を付けた。
5.「参考資料」の引用文は,原文・書き下し文・現代語訳・一部語句に対する語釈からなる。
6.引用文の文末に,引用文の書名・引用した章篇を( )の中に記した。
7.「参考資料」の『素問』原文は,明・顧従徳本(底本は日本経絡学会影印本1992年版)を使用した。
8.「参考資料」の『霊枢』原文は,『霊枢』明・無名氏本(底本は日本経絡学会影印本1992年版)を使用した。
9.「参考資料」の『難経』原文は,江戸時代の多紀元胤著『黄帝八十一難経疏証』(底本は国立国会図書館所蔵139函65号)からのものを使用した。
10.「参考資料」として引用した『素問』『霊枢』『難経』以外の中国医学書の漢字表記は,常用漢字にない一部の漢字を除き,常用漢字を用いた。
11.『素問』『霊枢』『難経』の書き下し文は,東洋学術出版社刊『現代語訳◉黄帝内経素問』『現代語訳◉黄帝内経霊枢』『難経解説』におおむね準拠したが,個人的判断で一部を変えている。
12.『素問』『霊枢』『難経』以外の引用文献の書き下し文は,筆者の判断に照らして付した個人的なものである。
13.『素問』『霊枢』からの引用文の現代語訳では,『素問白話解』(山東省中医研究所研究班
篇,1963年刊)と『霊枢白話解』(陳璧琉・鄭卓人 合編,人民衛生出版社1962年刊)の中国語現代語訳をかなり踏まえている。
14.総論や各論の「参考資料」で,一部同じ引用文を使った部分があるが,総論や各論を説明するうえで必要と考え,同一の文章を引用している。
15.「参考資料」として引用した古典の語句に対する語釈などを,「語釈一覧」として本書の巻末に掲載した。配列は音読五十音順である。
16.「参考資料」として引用した文献の「引用文献目録」を,本書の巻末に掲載し,書名・書名の読み方・王朝名・西暦の刊行年・著者名・著者名の読み方を付した。配列は発行年代の古い順である。
 

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