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通巻122号(Vol.31 No.3)◇リポート

日本中医学会設立記念シンポジウム開催――全国の中医学臨床家・研究者が結集

日本中医学会設立記念シンポジウム開催

 2010年8月29日,東京都北区王子の「北とぴあ」で日本中医学会設立記念シンポジウムが開催された。主催者側の予想を上回る350名を超える参加者があり,急遽座席が増設されるなど,この会に対する関心の高さがうかがえた。
 この学会の母体は2003年からスタートした日本中医学交流会である。これまでの交流を主体とした集まりを発展的に解消し,このたび中医学を専門に研究する学術団体として生まれ変わった。今回のシンポジウムは日本全国を横断する中医学の学会誕生を記念する大会である。

大会概要
 大会は,日本中医学会設立準備委員会委員長の酒谷薫先生の開会挨拶から始まった。オープニングセレモニーでは学会設立にあたり各界からお祝いの言葉が寄せられ,記念大会として彩りを添えた。まず中華人民共和国駐日本大使・程永華氏の祝辞を同大使館一等書記官・劉志貴氏が読み上げたあと,中華中医薬学会会長・王国強氏の祝電が紹介された。続けて日本統合医療学会理事長の渥美和彦先生,日中医学協会理事長の安達勇先生,中国国家中医薬管理局台港澳交流合作センター主任の王承徳先生がそれぞれ祝辞を述べた。

日本中医学会設立準備委員会委員長の酒谷薫先生

日本中医学会設立準備委員会委員長の酒谷薫先生



招待講演
 王笑頻先生は,中国国家中医薬管理局国際合作司副司長としての立場から,中国の医療システムにおける中医学の役割を紹介した。中国政府は中医学を主とした伝統医学を極めて重視しており,一貫して支持・保護を行い,その活用と発展をはかっている。この結果,すでに国内では医療・保健・教育・文化・産業が一つの総合的なシステムとして確立されている。また,国際的なプロジェクトや交流活動など,積極的な国際提携を行い,中医学の近代化・国際化を推進している。
 高彦彬先生は,中国における糖尿病に対する中医薬治療の現状について述べた。治療においては,伝統的な三消(上消・中消・下消)論治や,陰虚熱盛・気陰両虚・陰陽両虚の3つの分型にわける弁証論治のほか,糖尿病前期・糖尿病期・糖尿病合併症期の3段階に分けた後に弁証論治を行う分期弁証論治がある。また,中薬の降糖作用のメカニズムや予防効果の研究,合併症に対する研究が盛んに行われ,絡病学にもとづいて創られた「通心絡カプセル」などの新薬が次々に開発されている。

特別講演
 加島雅之先生は,まず,西洋医学的には同じウイルスが季節によって異なる邪に変化しうるとして,気温ではなく平年差との相関があり,平年より寒いと風寒型が増えると述べた。また,季節型と比較して基礎疾患をもたない患者でも重症化しやすく,その特徴として,病期の進行が速い,少陽に邪が停留,「胸」に陥る,化熱傷陰するなどの場合を挙げた。そして,陽明少陽の合病で咳嗽が強いものには麻杏甘石湯+柴陥湯,基本的に湿邪の要素をもつため回復期の咳嗽には麦門冬湯より竹筎温胆湯が有効と強調した。
 兵頭明先生は,認知症に対しては全人的・総合的なアプローチが必要であり,そのためには医療・地域・施設の連携が必須と述べた。さらに,中医学の考え方の共有による新たな連携の創出も必要として,認知症認定鍼灸師制度(G-QPD育成講座)の立ち上げなどを紹介した。また,1年にわたる介護付き有料老人ホームでの取り組み例では,鍼灸治療とともに施設職員・患者・家族に対するセミナーを行い,ADL・QOLの向上がみられ,認知機能の維持・緩和・改善など,高齢者医療のなかでの中医鍼灸の可能性を示した。

シンポジウム
 酒谷薫先生は,「『日本中医学学会』の設立:日本の中医学の発展を目指して」として,まず本学会設立の背景と目的について紹介した。その目的の一つである「先端科学技術を用いて中医学治療のメカニズムを解明する」は本シンポジウムのテーマ「中医学と先端医療の融合に向けて」となっており,酒谷先生はご自身の専門分野から光脳機能イメージング法を用いた中医学研究について紹介した。非侵襲的に計測できる近赤外分光法(NIRS)を用いることで,中医学治療の脳機能に対する効果や生体内における分子プロセスの解明への可能性を示唆した。
 田平武先生は,「アルツハイマー病の免疫療法」 として,ワクチン療法について紹介した。アルツハイマー病(AD)は現在,脳にβアミロイドが蓄積されることが原因とするアミロイド仮説にもとづいた予防・治療法が開発されている。田平先生は,アデノ随伴ウイルスベクターを用いた経口ワクチンを開発した。この研究のなかで,十全大補湯が骨髄由来のミクログリア(貪食細胞)を活性化し,AD病変を著明に改善することを見出し,中医学がさらに発展する余地のあることを示した。
 田村守先生は,「清華大学医学院に於ける光診断学創生への試み―日中光医学研究中心の設立を目指して―」として,光学と医学が結びついた新しい学問領域・医用光学について述べた。光診断と光イメージングは今後最も期待される新しい画像診断技術であり,その利点は,高感度・高解像度・非侵襲性・高選択性にある。PET(陽電子放射断層撮影)・MRI・USと同時に使用することが可能であり,客観的な立場での計測ができる。中国・清華大学ではすでに医学院を中心とした関連分野の研究者および研究施設が参加したネットワークを構築しつつある。
 正山征洋先生は,「中医学領域におけるモノクローナル抗体研究」として,生薬の活性成分探求のツールであるモノクローナル抗体(MAb)の応用について述べた。簡便で再現性の良好な分析法であるイースタンブロット法やノックアウトエキスの作成など,甘草を例にわかりやすく解説した。また,小型化抗体(scFv)遺伝子を用いたミサイルタイプの分子育種により,天然化合物の有効成分を約3倍の含有量に上昇させることに成功した。この手法は実用性が高く,近年資源不足が問題となっている生薬資源への応用が期待される。

日本中医学会 会場

予想を上回る参加者が集い盛会となった


日本中医学会のめざすもの
 なぜいま日本中医学会なのか,この学会は何を目指そうとしているのか。酒谷薫先生は,講演および共同記者会見の場で学会設立の背景を次のように述べた。
 ①中医学を専門に研究する学術機関の創設
 ②全国横断的な学会の必要性
 「日本にはすでに日本東洋医学会という歴史ある学会があるが,中医学は中国から日本に入って洗練され変化して日本独自の漢方医学になり,オリジナルの中医学とは似て非なるものになった。そういうことを考えると,中医学会という別の学会を作らなければならない」「いま世界の伝統医学のなかで中医学が注目されている。欧米では東洋医学といえばTCM。しかしそれは漢方薬ではなく鍼灸から入っており,日本東洋医学会が推進している日本漢方と一見似ているがまったく異なった体系で世界に伝わりつつある。世界的にみて中医学のほうがメジャーになっている状況のなかで日本では各地でさまざまな研究会が活動しているものの全国的な学会はなかった。それらを全国横断的に繋ぐ必要があった」と語った。
 そのうえで今後学会として次のような活動を行っていくという。
 ①日本における中医学の学術交流と普及を促進
 全国の中医学研究会と連携しながら,中医学の研究を促進し,日本独自の中医学を発展させる。さらに中医学の一般臨床への普及に努め,日本の伝統医学の多様性をはかる。
 ②先端科学技術と伝統医学の融合
 先端技術を活用し,分子レベルでの中医学の治療効果を解明し,中医学の有効性を実証する。
 ③海外との学術交流・共同研究を推進
 産学連携による研究体制を構築し,海外,特に中国との学術交流を行う。中国の中医学に関する医療資源・文化資源と日本の先端技術を融合させて次世代の中医学を創生する。

 また湯液と鍼灸が基礎理論を共有している点は中医学の強みである。医師と鍼灸師の連携が取りやすく,従来の東洋医学系の学会活動にはない新しい形の研究や学術活動がこの学会の特色にもなりそうだ。

日本中医学会に期待すること
 これまでの中国との中医学術交流は散発的に個人の繋がりと努力によって培われてきた面が強かった。今後この学会が中国との学術交流の窓口として果たす役割に期待したい。かつて任応秋先生を皮切りに,劉渡舟,陸幹甫,焦樹徳,路志正,鍼灸では鄭魁山,彭静山,李世珍といった名だたる老中医を日本に招いて,彼らから大きな感動を受けながら中医学を学びそれぞれの臨床に活かしてきた。高齢化した老中医を招くことが不可能ないま,中国のどういう人材を招き,彼らから何を学ぶのかという学術交流のあり方を検討しなくてはならないだろう。そこではたんに中国の動きを日本に紹介するのではなく,日本から中国に対して中医学をより深めるための提言を発信するなど,真の学術交流を行う場になることが期待される。
 今回のシンポジウムのメインテーマであった先端科学技術と伝統医学の融合は,補完代替医療に求められている最も重要なテーマの1つだ。中医学の分野においても,これら現代科学の成果を活用して中医学の新しい評価方法が確立されることに明るい希望が感じられた。次世代の中医学が創生されることを強く印象づけたシンポジウムであった。
 一方でシンポジウム後の総合討論のなかで加島雅之先生が「漢方薬の作用機序を考えるときに,西洋医学的な方法論で作用機序を求めるという姿勢から少し引いて,中医学の大きな特徴である生体全体のメカニズムを捉えていくという視点での研究が進んでいくことを期待したい」と指摘したように,中医学のもつ大きなダイナミズムを活かすことを忘れてはいけないだろう。
 さらに,この会に参加する多くの臨床家に対して日々の臨床のヒントを学べるような臨床経験の交流や,理論的思考方法を深めるような討論が活発に行われることにも期待したい。先端科学との融合による新しい中医学の創生とともに,中医学の弁証論治を深めるような学術活動が両輪となって行われていくことが強くのぞまれる。



 大会の最後に,平馬直樹先生から大会の昼休みの時間帯に開催された第1回定例理事評議委員会において,平馬先生が会長,酒谷先生が理事長に選出されたことが報告された。

学会会長に選出された平馬直樹先生

学会会長に選出された平馬直樹先生


 今後は,毎年1回の学術総会を開催することが予定されており,来年度(2011年)は9月のいずれかの土,日曜日の2日間を使って東京都内で第1回の学術総会を開催する計画だという。会頭は平馬先生が務めることになった。第1回学術総会では一般演題も募集したいとのことである。全国で中医学を実践する方々からの臨床経験,研究報告が集まることが期待される。
 学会からの情報発信はWeb上のホームページが中心となることから,今後はホームページの充実と,Web版学会誌の発行が来年の学術総会に繋ぐための大切な活動になるとみられる。中医学を学び実践する日本全国の方々が結集できる場となることを願っている。

☞日本中医学会のHP


(文責:編集部)



日本中医学会設立記念シンポジウム プログラム
テーマ「現代医療における中医学の役割」
◆オープニングセレモニー
◆招待講演Ⅰ「中国中医薬政策及び発展状況」
 王笑頻(中国中医薬管理局 副司長)
◆招待講演Ⅱ「糖尿病の中医治療の現況」
 高彦彬(中国首都医科大学中医薬学院副院長,中医薬研究所所長 教授)
◆特別講演Ⅰ「新型インフルエンザに対する漢方治療の経験」
 加島雅之(熊本赤十字病院内科)
◆特別講演Ⅱ「認知症に対する鍼灸の取り組みについて」
 兵頭明(学校法人後藤学園 中医学研究所所長)
◆シンポジウム「中医学と先端医療の融合に向けて」
 ①酒谷薫(日本大学医学部・脳神経外科学系・光量子脳工学分野 教授)
 ②田平武(順天堂大学大学院・認知症診断予防治療学講座 教授)
 ③田村守(中国・清華大学医学院 客員教授)
 ④正山征洋(長崎国際大学・薬学部・物質薬学分野・薬品資源学 教授)
◆総合討論 座長:平馬直樹,酒谷薫


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