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通巻135号◇【リポート】第3回日本中医学会学術総会

第3回日本中医学会学術総会


2013年9月14・15日の2日間にわたり,タワーホール船堀(東京・江戸川区)において,第3回日本中医学会学術総会が開催された。今大会の総合テーマは「少子化問題を解決する中医学」。おもに不妊症・妊婦・子育てをテーマに,中医学でどのような貢献ができるのかを探った。大会は,会頭講演,2題の招待講演,4つのシンポジウム,2つの特別講演,12題の一般講演など,バラエティに富んだ内容であった。ここでは,会頭講演と4つのシンポジウムについて概要を報告する。




会頭講演


会頭 吉冨誠氏 会頭の吉冨誠氏(吉冨復陽堂医院)は,本大会の総合テーマでもある「少子化問題を解決する中医学」と題した講演を行い,少子化問題は「Think Globally Act Locally」(世界的視点と地域的視点で考えること)の観点に立つことが必要で,中医学はこれを解決する有効な手段の1つであると強調した。古来より医療において産科・小児科は重要な分野であった。中国伝統医学では古代から子孫に生を引き継ぐことが重視されてきたからである。講演では歴代医書の記載を取り上げこの分野の歩みを俯瞰した。唐代では『諸病源候論』『千金要方』において婦人・小児が重視されていること,宋・金代では『楊子建十産論』『婦人大全良方』『小児薬証直訣』,明代では『女科証治準縄』『保嬰撮要』,清代では『傳青主女科』『医宗金鑑』などで詳しく臨床論が展開されていることを紹介。日本では江戸時代に産科・小児科医学が急速に発展した。『医心方』では唐代まで,『啓迪集』では明代までの産科・小児科を集大成している。また世界に先駆けて胎児の正常位置を発見したといわれる賀川玄悦,その弟子の片倉鶴陵,さらに後世派の香月牛山などの業績を紹介。その他,妊娠悪阻・胎位異常・産後乳汁不調・乳腺炎・回乳などに用いる処方についても概説した。




シンポジウム①
「自然治癒力を科学する」(座長:酒谷薫)


阿岸鉄三氏 阿岸鉄三氏(東京女子医大名誉教授)は,自然治癒を科学的に理解するとはどういうことなのかをテーマに私見を披露した。氏は,治癒は真理であるが,科学は発展も退化もする技術論的思考だと指摘する。現代科学では治癒の本質は理解できないが,治癒の経過中に起きる事象には推定的に理解できる場合があるという。一例として軽微な刺激を与えると自然治癒能が賦活化されるのではないかと語る。たとえばスポーツでは筋肉などに軽微な損傷が生じて健全な組織が再生されることによって健やかさが達成されるのではないかと推測する。氏はあるとき辞書の中でhealとhealthが近いところに置かれていることに気づき,heal(自然治癒)の繰り返しがhealth(健康)をもたらすのではないかと考えたという。また氏は血液浄化の世界的権威として知られるが,アフェレシス(生体内のさまざまな血液関連因子を分離除去して治療する医療技術)の学会では,定期的に繰り返す瀉血が健康を増進するのではないかという報告も出てきていると述べた。


川嶋朗氏 川嶋朗氏(東京女子医科大学附属青山女性・自然医療研究所)はホメオパシーを紹介した。ホメオパシーとは,患者の病状と似た症状を引き起こす薬(レメディ)をごく微量投与することによって病気を治すという理論にもとづく治療体系である。レメディは本来からだに備わっている自然治癒力に働きかけ,病気の人が全体のバランスを取り戻し,回復していく過程に作用するという。2010年ホメオパシーを取り巻く大事件が起きた。出産を担当したある助産師が厚労省が指針で与えるよう促しているビタミンKを与えず,代わりにレメディを与え,生後2カ月後に女児が死亡したのである。この事件は一般新聞で大きく取り上げられ,日本学術会議は「ホメオパシーの効果には科学的根拠がなく,荒唐無稽」とコメントしたという。氏は,この事件はホメオパシー自体が悪いのではなく,ホメオパシー提供者である助産師が通常の医療を否定したところに問題があると強調する。ホメオパシーのメカニズムは不明であるが,世界では数多くの臨床試験が行われていると指摘し,代表的な臨床試験やメタ解析の論文を紹介した。


中島恵美氏 中島恵美氏(慶應義塾大学薬学部)は,プラセボ効果(心的効果)が身体的効果を引き起こす要因と,プラセボ効果の治療への応用の可能性について概説した。一般にプラセボ効果は新薬開発のノイズとされてきたが,現在では治療におけるプラセボ効果の有効利用が論じられているという。突破口は,非侵襲的な手法で脳内の機能測定が可能になり,患者の脳内でプラセボ反応が起きていることを確認できるようになったことだという。氏は研究を通じて,プラセボにより患者の「条件付け」や「期待」から「意味付け」が起こり,その「意味付け」によって身体的変化が引き起こされることや,自然治癒とは脳での認識がもたらす身体的反応であると指摘する。氏はプラセボについて,薬効評価のパラメータや報告者によって効果にバラツキが生じること,効果には個人差があること,効果を評価するとき身体的パラメータのほうが生化学的パラメータよりも大きいこと,患者に与える介入情報によって効果が異なることなどを指摘。「プラセボ効果で代表される心的制御機構の研究は緒についたばかりで,このメカニズムを正しく把握することが健康につながる」と結んだ。


酒谷薫氏 酒谷薫氏(日本大学医学部脳神経外科)は,ストレスとリラクゼーションの関係を検討した脳科学研究について紹介した。生体がストレスに曝されるとホメオスタシスを維持するためストレス反応が起こるが,これが長期間持続するとうつ病などの精神的疾患やさまざまな身体疾患が誘発される。これに対しリラクゼーションは過剰なストレス反応を緩和し,ストレス性疾患を改善する。氏の研究は光による脳機能イメージング法(近赤外分光法)を用いて,ストレス反応とリラクゼーション効果における前頭前野の役割をみたものである。ストレスに対して前頭前野が右優位の活動を示す例は,左優位例よりも脈拍数の上昇や課題前の顔面皮膚の皮脂量・アクネ菌量が有意に高値を示すが,右優位の活動を示し皮脂量の多い症例に対してアロマテラピーを実施すると,皮脂量が有意に低下し,前頭前野が左優位の活動パターンに変化する。これはリラクゼーションがストレスに対する前頭前野の活動パターンを変化させることによってストレス反応を緩和していることを示唆するという。中医学では自然治癒力には陰陽のバランスが必要と考えているが,ストレス反応からみると右の前頭前野を「陽」,左の前頭前野を「陰」と考えることができるかもしれないと述べた。




シンポジウム②
「不妊症に対する中医学」(座長:頼建守)


李鍾安氏 李鍾安氏(裵元植韓医院)は,韓国において女性不妊症に多用されている裵元植氏の調経種玉湯について紹介し,さらに同方が不妊症のどの型に有効であるかを調査分析した結果を示した。調経種玉湯は『東医宝鑑』に記載されている処方であるが,裵氏は原方から,補中・益気作用の増強のため人参を加味し,安定的な長期服用のため呉茱萸を減量し,消化力の弱い子宮虚冷型の妊婦の体質に配慮するとともに安神・健脾の作用を期待して熟地黄を竜眼肉で代替している。氏は,不妊症は原因によって子宮虚冷・腎虚・肝虚・気滞・血虚などの型に分けられると述べ,妊娠・出産に成功した180の臨床例を分析した結果,同方はこのうち子宮発育不全型および卵巣機能欠落型に特に効果が高いことが明らかになったという。同方は子宮と卵巣機能の向上に明らかな影響を与え,子宮の受胎能力を向上させる効果があり,また卵巣機能と関係の深い脳下垂体にも影響をあたえるのではないかと述べた。


別府正志氏 別府正志氏(東京医科歯科大学医歯学教育システム研究センター)は,不妊治療に多用される月経周期調節法を解説し,さらに中医学的治療が妊娠に与えた影響を調査した検証結果を紹介した。中医学の不妊治療にはさまざまな学説が存在するが,共通しているのは月経周期の調節が妊娠の鍵であるという指摘である。氏は西洋医学的な月経の生理を中医学的に解釈した夏桂成氏の月経周期調節法を採用している。夏氏の周期調節法の特徴は,①簡単な「周期―方薬対応」法,②「周期+体質弁証」法,③中西医結合にもとづく周期弁証分析法であり,ポイントは〈1〉性腺軸の機能の改善と,〈2〉性腺軸抑制素因の排除である。氏は周期療法を中心とした中医学的治療により,平均年齢が極めて高いにもかかわらず初診あたりの妊娠率が35%という結果を得ており,不妊治療では中医学的治療が有効であると強調した。


何仲涛氏 何仲涛氏(徐福中医研究所)は,不妊症に漢方と鍼灸治療を併用した治療経験として,子宮外妊娠・前置胎盤・過期産の3症例を紹介した。子宮外妊娠の症例では,月経停止50日・下腹痛と性器出血2週間を主訴とする患者に対し,芎帰調血飲加減と神秘湯の合方に,合谷・三陰交・足三里・腎兪・関元兪・照海への刺鍼,至陰への灸を行い,初診翌日には出血が停止し,腹痛は軽減,約1カ月後には月経が来潮した。前置胎盤の症例では,妊娠18週,性器出血1週間を主訴とする患者に対し,当帰芍薬散に,中脘・足三里・脾兪・関元・腎兪への刺鍼,隠白・復溜への灸を行い,初診1週間後には出血が停止,その他の症状も改善した。過期産の症例では,妊娠40週で鍼灸陣痛誘発を希望する患者に対し,合谷・三陰交・足三里・腎兪・次髎への刺鍼と至陰への灸を行い,施術直後に腹脹がかなり軽減し,47時間後に陣痛発生,60時間後に自然分娩となった。




シンポジウム③
「子育てにおける中医学」(座長:渡邊善一郎・加島雅之)


渡邊善一郎氏 渡邊善一郎氏(富士ニコニコクリニック)は,成長発育中の小児の疾患に中医学がどのように有効であるか,さらに日本の小児科の現状について症例を交え紹介した。小児には,罹りやすい・治りやすい・重症化しやすいという特徴がある。これは,小児の特徴が稚陰稚陽であるためで,弱い単純な邪でも負けて発病すること,多くは軽症で発症するので治りやすいこと,小児は呼吸器(肺)・消化器(脾)・生命力(腎)が未熟なため,臓まで邪の侵入を容易に許してしまうため重症化しやすいことによる。氏は,未熟な小児の防衛は,軽症でも大げさな症状で母に守ってもらう「早期発見・早期治療の警報システム」になっていることや,過保護に育てられた者は成長しても早期警報システムが残り,過剰反応としてアレルギー症状の一因となっていると指摘する。また,小児は環境変化に影響を受けやすく,現代は冷房・冷蔵庫の普及により古典とは異なる冷えの病態(真寒仮熱)が増加していると説く。最後に氏は「子育て=母子ともに育てる」と述べ,①育つのを待つ治療,②邪魔をしない適度な治療,③成長を信じて寄り添う治療が必要であるとしめくくった。


金英信氏 金英信氏(韓国嘉泉大学校韓医科大学小児科)は,伝統医学的観点からみた小児の特性および治療における留意点などについて,韓国・日本・中国のやり方を比較しながら概説した。小児の治療では,疾病のみを対象とする西洋医学とは異なり,韓医学では疾病の治療とともに体質を改善し,抵抗力・体力の向上をはかることができ,出生後から思春期まで小児の健康管理に多大な影響を与えることができると指摘した。韓医学では虚弱児の体質を,肝系(筋運動神経系)・心系(精神神経系)・脾系(消化器)・肺系(呼吸器系)・腎系(泌尿生殖系)の5つに類型し,それぞれの型に合わせた治療によって疾患の予防や重症化を防止し,早期治癒をはかっている。また韓国では1歳(あるいは生後6カ月)から小学校入学前まで,鹿茸を年1~2回,歳の数に合わせて服用させ,体質の強化をはかる習慣がある。その他,氏は小児の治療における母親教育の必要性についても強調した。


郭珍氏 郭珍氏(郭中医鍼灸院)は,小児神経症の東洋医学的解説および鍼灸治療について紹介した。小児神経症に対し,西洋医学では有効な治療法が確立されていないが,東洋医学,特に鍼灸は有効であり,WHOもその有効性を認めている。小児神経症は東洋医学では驚(小児驚・驚風・驚啼)・癇(驚より重い病態)・疳(疳の虫・疳虫・疳疾・疳積・疳証)が該当し,古来の驚・癇よりも軽い病態である。診断では四診に加え3歳以下には小児指紋を望る。小児神経症特有の症状として,顔色が青白い,眉間・鼻根部の青筋(静脈怒張),髪の毛の逆立ち,表情が険しい,白目が青っぽいなどがある。治療はおもに心・肝・脾・胃の失調を調理する。常用穴は百会・神庭・四神聡・神門・内関・三陰交・本神・足三里で,毫針の場合,細く短い鍼を使用し,置針は行わない。毫針以外では,小児針・小児推拿(捏脊法)・吸玉・刺絡・耳穴・温灸が用いられる。




シンポジウム④
「妊婦に対する中医学」(座長:別府正志氏)


河上祥一氏 河上祥一氏(福田病院)は,妊娠中に使用する漢方とその有用性について自験例を交えて紹介した。院長を務める福田病院は年間の出生総数が3,406名,ハイリスク管理分娩が429件,母体搬送受入210名(2012年実績)を誇る熊本県を代表する周産期医療の基幹施設である。氏は,漢方薬は妊娠中でも安全に服用できるという社会認知が広がり産科領域で普及していると述べた。産婦人科医の漢方投与率は約79%にものぼるという(そのうち感冒85%,妊娠中毒症62%,切迫流産46%,切迫早産46%,妊娠時不定愁訴27%,妊娠悪阻23%など)。漢方が頻用される理由は,妊娠中は体質が非常に狭い範囲にあり病名処方しやすい,またエキス剤であれば一部使用制限があるものの禁忌生薬が入っていない点などを挙げた。講演では,周産期における感冒(麻黄湯・越婢加朮湯など),妊娠悪阻(半夏厚朴湯・茯苓飲合半夏厚朴湯の2種の坐薬を作成),高血圧を主症状とした妊娠中毒症(釣藤散),乳汁分泌不全(十全大補湯・芎帰調血飲・葛根湯を混合または単方),妊娠中の貧血(当帰芍薬散・人参養栄湯)などで漢方を用いて有効だった事例を紹介。「産科ガイドラインに漢方は記載されていないが,実際に産科診療を行っていると,特に妊娠初期では漢方薬の希望が多い。妊娠中の様々なトラブルに対しても西洋薬で対応できない症状があり,漢方薬を加えることによって良い成績を残せることが多い」と結んだ。


陳志清氏 陳志清氏(イスクラ産業株式会社)は,流産に対する補腎健脾の方法について概説した。自然流産の発生率は約15%といわれており原因はさまざまであるが,中医学では臨床上,脾腎両虚による流産のケースが圧倒的に多く,補腎健脾によって一定の効果を得られているという。中医学では古来より流産を,胎漏・胎動不安・堕胎・滑胎などと表現してきたが,講演では切迫流産に近い胎漏(妊娠初期に小量の出血が不規則に現れる)と胎動不安(腰や腹に痛みがあり少量の出血を伴う)に対する中医学治療を解説。流産は腎虚が主で,それに脾虚や瘀血が絡む虚実挟雑の場合がある。これに対して補腎益精をベースに,活血化瘀・健脾益気養血・清熱解毒を合わせていくのが基本方針となる。また氏は①妊娠前の準備,②妊娠後の安胎,③生活養生が流産防止の3本の矢であると指摘。妊娠前から良い卵と良好な母体状態を整えるために,補腎・養血・活血を柱とする周期調節法に原因治療を合わせることを強調した。さらに流産予防に頻用される方剤として,『医学衷中参西録』の寿胎丸,現代名医・羅元凱の補腎育胎丸,周期調節法の第一人者・夏桂成氏の滋陰養胎方などを紹介。いずれも補腎と健脾を兼ねた組み合わせになっている。



 高度生殖医療や周産期管理,新生児医療が進んだ現在でも,西洋医学で解決できない問題が数多く残されている。妊娠・出産・育児において中医学的にどのようなアプローチができるのか。今回の学会の取り組みは興味の尽きない,誠に意義深い試みであった。  (文責:編集部)


◆日本中医学会ホームページ
http://www.jtcma.org

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