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【論説】50年ぶりの大変革を迎える中国中医界

 中国の中医界はいま50年ぶりの大変革の波を突き進んでいます。「中医復権」の時代の到来です。
 中国の中医界の歴史は,これまで中医と西医の対立構造で貫かれてきました。その対立関係は,西洋医学と親和性をもつ日本漢方からは想像もつかないほど激しいもので,生きるか死ぬかの激烈な関係です。この対立軸の歴史からみると,今年中国はようやく「中西医併重」(中医と西医をともに重視する)の“実行段階”に入ったといえます。これまでこの政策は謳い文句であったり,個別の指導者が支持したりすることはありましたが,けっして制度にまで踏み込むものではありませんでした。
 「中西医併重」という言葉は,1982年の湖南省の衡陽会議で生まれました。文革中の中西医結合派の支配時代に終止符を打ち,中医・西医・中西医結合の3つの勢力が併存しあいながらそれぞれが独自に発展してゆくことが決定された歴史的な会議です。中医学が誰にも邪魔をされないで独立して進歩してゆく方向が決定されたのです。
 しかし,その後約30年を経ましたが,あまり変化がないばかりか,実態はかえって中医が萎縮·退化し,いよいよ影が薄くなってきています。
 経済的要因による医療行政あるいは制度上の問題が主な原因ですが,中医学が尊重されない。中医師が生きてゆくのに,肩身が狭い立場に置かれています。「中医学は科学性がない」「治療に再現性がない」という西洋医学の基準に縛られて,中医学のうだつがあがらないのです。
 2008年あたりは,まさに危機的な状況にきていました。病院では中医学の治療費が安いために,できるかぎり中医学を排除する。検査漬け,西洋薬漬けのほうが収益が上がるので,どうしても西洋医学重視になる。中医薬大学では学生たちも中医学を学ぶより,病院や製薬会社で求められる西洋医学を優先的に修得しようとする。給料の安い中医現場は女性ばかりという異常な状況が生まれていました。これでは中医学の臨床威力の発揮のしようがありませんし,中医師の臨床力は減退するばかりです。また,中医薬大学では臨床経験のない机上の学問を重ねてきた教員が指導するものですから臨床の魅力が教えられず,学生は中医学への意欲を失い,中医の将来に悲嘆します。ある老中医は,中医薬大学の卒業生こそ「中医の墓堀人だ」と断言したほどです。
 このような状況ですから,2008年はネット上で「中医廃止署名運動」までが堂々と行われました。
 「中西医併重」は言葉だけであって,実態は西洋医学優先であったわけです。
 
 2009年,このような状況に大きな変化が起こりました。
 2009年4月21日,国務院が声明を発表したのです。『中医薬事業の発展を助け促進するための国務院の若干の意見』(以下『若干の意見』。概略は『中医臨床』118号参照。)。
 この声明の特徴は,国務院が主導したことです。これはかつてなかったことです。「鉄の女」と評された呉儀女史が副首相時代の2007年に,国務院のなかに「中医薬工作部際協調小組」(各省を横断する中医薬専門対策委員会)という組織を設けたのが大きかったようですが,それ以降今日まで国務院が一貫して中医薬のテコ入れに主導的役割を果たしてきました。そして,今回初めて「中医支持」を公に発表したのです。それは中医薬事業へのテコ入れ宣言であるだけでなく,実行のための大号令でもありました。
 だいたい3年をめどに大改革をするというものです。
 発表されてから8カ月しかたっていませんが,矢継ぎ早に具体的な政策と指示が出されています。
◇農村の末端医療機関には必ず中医診療室を設けることを義務づけた。
  ・県クラスの中医医院の拡充と充実をはかる。
  ・郷鎮衛生院――必ず中医科または中医診療室を設置する。
  ・村衛生室――中医薬サービスを提供する。そのための人員の教育と体制作りを行う。
 (中国政府はいま経済の内需拡大政策と兼ねて,地方,農村,農民,民政,医療,福祉に大規模な投資を行っていますが,そのなかでも中医への投資が1つの特色となっています。)
◇都市の末端医療組織である社区医療服務センターでは,必ず中医診療室を設置し,中医師の人数は全医師の20%以上でなければならない。
◇中医病院では,幹部から医師,薬剤師,看護師,職員の60%以上は中医の専門家であることを規定。条件を満たさない場合は再教育を行う。
◇中医治療に対する補助制度の整備を推進。診療費は西洋医学よりも高くすることが謳われた。
◇はじめて「国家基本薬物」へ中成薬と中薬の導入を決定。
 (これは末端の医療機関で必ず備えなければならない国家の基本薬物を決めたものですが,307種類の基本薬物のなかに102種類の中成薬が組み込まれました。当然ながら別枠で中薬も加えられます。来年以降はその比率をさらに大きくするよう指示しています)
◇未病治療――2015年までに初歩的な「治未病」の全国的な体制作りを完成すること。
◇中医薬を中国の「国家ブランド」と規定。中医薬文化は中国の哲学と文化,精神を最も体現した結晶であり,これを新しい価値創出の源泉にする。文化的ソフトパワーの創出が強調される。……等々。
今後,続々と新しい施策がうちだされてくるでしょう。
 国内的な体制作りが進行するとともに,世界に対してもこの「中西医併重」が推進されようとしています。「現代医学と伝統医学がともに主流医学として重視される時代」の到来を視野に入れています。医学観,医療観の大変革を促そうとしているのです。
 今後の動きを注目してゆきたいと思います。

竹中新平 (2010年1月8日)


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