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現代中医学が普及する台湾――台湾の「国際中医薬学会」に参加して

 3月12,13日,台湾中医師公会と行政院による「国際中医薬学術フォーラム」が,台北で開催された。同フォーラムは,「第81回国医節慶祝大会」「陳立夫先生逝去10周年記念」と銘うたれ,台湾の中医薬学界にとっては,特別の意味合いをもつものであったようで,たいへん力の入った大会だった。


国際中医薬学術フォーラム


国際中医薬学術フォーラム


 アメリカ,カナダ,ニュージランド,韓国,中国大陸,日本などから代表が参加した。中国大陸からは,上海中医薬大学の元学長の厳世蕓教授をはじめ南京,福建,遼寧から代表が参加しており,彼らに対する台湾側の応対振りをみても,中国との関係が相当緊密になっているように見受けられた。


 日本代表団は,酒谷薫理事長,平馬直樹会長をはじめとする日本中医学会のメンバー9人であった。日本からは,酒谷理事長が挨拶をし,平馬会長が「日本における中医学の現状」と題する格調高い講演を行った。
 日本中医学会にとって,台湾との交流は今回が2回目である。昨年12月に来日された台北市中医師公会の陳志芳理事長と会談する機会があって,今後の交流を約束し合ったのだが,間をおかずに今回のフォーラムの招待を受けて,2回目の交流が実現した。


日本から参加した人々  交流議定書の交換

写真左:日本から参加した人々 写真右:交流議定書の交換


 フォーラムの会期中には,台湾と日本両学会の責任者が集まって,今後の交流のための議定書を交わし合った。とんとん拍子に親交を深める手はずが整えられた。
 総じて,台湾の人々は,人間関係の深め方が半端ではない。相手の心情に深く食い入り,信頼関係を築こうとする。フォーラム終了後の懇親会でも,たくさんの出し物が行われたのちに,参加者数百人が腕を組んで人の輪を作り,ステップを踏んで踊り合う,ものすごい盛り上がりを演出してみせた。参加者全員がうち解けた気分に浸った。

 
現代中医学が広がる台湾
 これまで中国大陸を主に取材してきた筆者にとっては,台湾の中医薬学界についての知識は皆無であった。日本東洋医学会が早くから日韓台による「国際東洋医学会」に加わり交流を進めてきていたし,戦前は台湾が日本統治下に置かれていたので,台湾の伝統医学界は,日本漢方の影響を深く受けているのかと想像していたが,現実にはそうではなくて,現代中医学が圧倒的に普及していることを知って,驚いた。
 フォーラム会場に併設された展示会場には数社の書店がブースを並べていたが,台湾の執筆者による書籍も多少は見られたものの,ほとんどの書籍は,中国の現代中医学の原本を繁体字に変えたものであった。共著者が台湾人という形を取った書籍も多い。
 会期中にわれわれの通訳をしてくださったのは,原田明子さんという東京女子医大を卒業された医師である。原田さんは台湾の中国中医薬大学に留学されて,今年で4年になるが,彼女が授業で使われている教科書だと紹介してくれた20~30冊のシリーズ本は,すべて中国の著名な中医専門家が主編する教材セットを繁体字化したものであった。
 会場で知り合った伝統医学会理事長の黄碧松先生から,『中医内科治療手冊』という1300頁に及ぶ大部の書籍を頂戴した。内容はほとんど病因病機学にもとづく現代中医学の臨床が中心であった。各疾患の治療指針を述べた末尾に,日本の『漢方診療医典』からの抜粋が丁寧に転載されているのが面白い。
 会場で配布された発表演題の全文収録集をざっとみたところ,現代中医学とほとんど違和感のない病因病機学説を基本とした臨床が行われているようにみえた。さすが「弁証論治」という用語は見あたらないが,「弁証」「弁証分型」「弁病・弁証」という用語が使われ,「治病求本,審証求因,立法方薬」という「理法方薬」の体系を貫いている。治法では,「扶正培本」「活血化瘀」「清熱解毒」「軟堅化結」「化痰祛湿」「以毒攻毒」などが行われている。これが大陸からの影響なのか,もともと台湾に伝わった伝統中医学の姿なのかは,今のところ,わからない。
 大陸と台湾の両岸の中医学術交流も頻繁に行われているようだ。
 一方で,「西洋医学化した」現代中医学を嫌って,あくまでも伝統中医学を重視する人々も根強く存在する,と原田明子さんはいう。一回の訪問だけで,台湾の中医の現状を云々することはできない。今後交流を深めて台湾に息づく伝統中医学の実態をもっと探ってみたいものだ。中国で見られなくなっている古い中医学の姿が,タイムカプセルを開けるように,台湾で見えてくるのかもしれない。


「複方エキス剤+単味エキス剤」方式
 上述の伝統医学会理事長の黄碧松先生は,台湾では保険の関係から生薬を使う人が少なくなり,エキス製剤が普及しているという。そして,「複方エキス剤を中心にして,単味エキス剤を加える」方式が一般的な投薬方法となっていることを紹介してくれた。複方は経方だけでなく,時方も多く含まれ,近年生まれた新処方もある。同先生から頂戴した著書には,エキス製剤運用の具体例が大量に紹介されている。たとえば,下痢の治療では,


急性の寒湿下痢に,複方の藿香正気散または胃苓湯を中心に単味エキス剤を加味する。表邪が強いときは,荊芥,防風を加える。腹部脹痛・腸鳴には炮姜,砂仁を加える。手足が冷えるときは,附子理中湯に変方する。
湿熱の下痢には,葛根黄芩黄連湯または白頭翁湯+単味エキス剤。熱が強いときは,金銀花,連翹,馬歯莧,咸豊草。湿が強いときは,厚朴,茯苓,車前子,蒼朮。腹痛のときは,白芨,木香。

といった具合だ。
 日本では,複方エキス剤しか保険に適応されないために,きめ細かい弁証論治がやりにくいという欠点がある。中国では最近中成薬のほかに,単味エキス剤が盛んに生産されているが,単味エキス剤だけで調剤すると,患者が服用するときにいちいち開封しなくてはならないので,たいへん煩雑だ。分包機を使えば利用度は広がるだろうが。
 台湾方式は,これまでの日本方式や中国方式とは異なる,新しいアプローチといえる。弁証論治の自由度をいっそう高める方法のように思える。台湾の経験はぜひ学びたいものである。
 今回見学した長庚記念医院という大病院の薬局では,医師の処方にもとづいて薬剤師がエキス顆粒を調合し,これを分包機にかけて分包していた。この方式なら,エキス製剤が有効に使えそうだ。


 台湾の中医師は約5,000人。中国大陸を除いて,世界で最も中医師の数が多い地域である。中国大陸とはひと味違った親近感を抱かせる台湾。本音で語り合える関係を築いてゆければ,新しい展開が見えてきそうだ。


東洋学術出版社会長・日本中医学会顧問 山本 勝司

2011年3月18日


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