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中草薬園からの発見:アーテミシニン

米国国立衛生研究院アレルギー・伝染病研究所,マラリア・媒体研究室

Louis H. Miller


「523プロジェクト」がもたらした希望
  驚く人が多いかもしれないが,抗マラリア薬アーテミシニン(中国名:青蒿素)の発見は,中国の文化大革命とベトナム戦争の時代であった。1967年5月23日,毛沢東主席と周恩来首相の指導のもと,全国各地から科学研究員が北京に集められ,マラリアの予防および治療薬物と薬剤耐性の研究という任務について会議が開かれた。国家機密のため「523プロジェクト」と名づけられた同プロジェクトは,この日を境に始まった。
  「523プロジェクト」は軍事機密であったため,同プロジェクトの研究結果は公にされなかった。また,文革期に科学論文を発表することも不可能であった。このため,「523プロジェクト」に直接携わる関係者以外は,この研究について知る由もなかったが,プロジェクトの研究情報や進展状況は,研究スタッフの内部会議において自由に報告されていた。
  文献もなく,その記録も出版されなかったアーテミシニン発見の貢献者はいったい誰なのか? 筆者がアーテミシニンの研究・発見の歴史の探索に着手した2007年には,まだこの問題に対する回答はまったく得られていなかった。しかし調査研究を進めるうちに,中国中医科学院中薬研究所の屠呦呦教授こそが,アーテミシニン発見の貢献者であることを確信するに至った。屠教授は1969年1月,中薬研究所の「523」課題研究チームのリーダーに任命され,伝統中医薬文献と薬物配合の探索と整理の指揮を執った。そして1981年10月には,屠教授は「523プロジェクト」の代表として,来訪中のWHOの研究員に対して,北京でアーテミシニンによるマラリア治療の成果をはじめて報告した。


古代の薬方から現代薬剤へ
  屠呦呦教授とその研究チームのメンバーは,調査と資料収集の過程で2000余りの中草薬方をスクリーニングし,640種類の抗マラリア薬方集を整理した。彼らは,マラリア原虫をモデルとして,200種類以上の中草薬方と380種類以上の中草薬抽出物の検査測定を行った。研究によって,マラリア原虫に対する青蒿抽出物の抑制率が68%に達していることがわかったが,その後の実験では,同率が12~40%にしかならないという結果に終わった。
  この結果を知った屠教授は,抑制率が低かった原因は,抽出物の有効成分濃度が低すぎたためだと考え,抽出方法の改善を試みた。古代の文献を紐解き,特に東晋の名医・葛洪の著作『肘後備急方』を読むと,「青蒿一握,以水二升浸,絞取汁,尽服之」〔青蒿を一掴み取って水二升に浸し,その汁を絞って服用する〕と記されており,屠教授は,通常の水煎や高温で抽出する方法では,青蒿の有効成分を破壊してしまうのではないかと考えた。屠教授の予想通り,エーテルによる低温抽出方法に変えてみると,抗マラリア作用がより高い青蒿の抽出物を得ることができた。
  しかしこの方法で得た抽出物には,毒性と副作用があるという問題が起こった。そこで屠教授はこの状況をふまえ,今度は抗マラリア作用をもたない酸性部分を取り除き,毒性と低抗マラリア活性の作用が改善された中性部分を残した。1971年10月に行われたマラリア測定実験では,この中性の青蒿抽出物によるマラリア原虫抑制率は100%に達していることが判明した。
  1972年3月8日に南京で行われた「523」会議で,屠教授はこの結果を報告した。屠教授が会議で発表したいくつかの鍵となる抽出パラメータは,青蒿結晶の単離技術向上を加速させた。屠教授の研究チームは高品質の青蒿結晶を得たにもかかわらず,その後の数カ月でいくつかの挫折を味わったが,その他2つの研究チーム(雲南薬物研究所の羅沢淵や山東省中医薬研究所の魏振興など)は,屠教授が提供した情報と抽出方法を活用し,早々に同地の黄花蒿A. annua L.(原文訳者注:A. annua L.を黄花蒿と呼ぶか青蒿と呼ぶかについては論争がある)から抗マラリア原虫の効果を有する純粋な青蒿結晶を抽出することに成功した。また,広州中医薬大学の李国橋チームが行った臨床実験では,雲南薬物研究所が抽出したアーテミシニンに,極めて良好なマラリア治療効果があることが実証された。
  また興味深いことに,アーテミシニンのX線回析による結晶構造・薬理学およびアーテミシニンの抗非重症マラリアおよび抗重症脳マラリア作用に関する学術論文には,青蒿研究協力チームの署名はあるが,個人の名前は記されていない。同論文では,アーテミシニンはペルオキシ基を有するセスキテルペンラクトンに属し,アーテミシニンの抗マラリア活性は,構造中のペルオキシ基と関係のあることが明らかにされている。
  広州中医薬大学の李国橋教授がリーダーとなっている2つの臨床研究では,アーテミシニンとメフロキンの比較を行っている。この研究で彼らははじめて,マラリアの再発と薬物耐性のあるマラリア原虫の発生を防ぐためには,他薬剤との併用療法を考えるべきだと提案した。アーテミシニンはメフロキンと比べ,効果が高く即効性があるという特徴があり,数時間以内に寄生虫を取り除くことができる。しかし,アーテミシニンの薬効は半減期が短く,さらによい治療効果を得るためには,他の薬物を配合した合剤として使用する方がよい。アーテミシニン単独で治療した患者は,一般に非常に早く回復することができるが,もし患者が早目に服薬を停止した場合,マラリア症状は再発することが多い。また,このような不完全な治癒状態においては,薬物耐性のあるマラリア原虫が発生する可能性がある。李教授の研究チームは,脳マラリア治療のためのアーテミシニン含有の坐薬も開発し,現在アフリカ諸国で臨床使用されている。坐薬の使用により,治療周期を短縮し生存率を向上させることに成功した。
  中国人がアーテミシニンを発見したことを知ると,ニック・ホワイト教授(タイで研究を行っていたオックスフォード大学教授)もアーテミシニンおよび誘導体の研究を開始した。ホワイト教授は,アーテミシニンとその誘導体は,即効性の抗マラリア作用があることを実証し,さらにアーテミシニンおよびその誘導体は,もう1種の薬剤を配合した複合薬とすることで,マラリア原虫を徹底的に除去できることを強く提唱した。現在このアーテミシニンを含む合剤は,マラリア治療の標準治療薬として世界中で使用されている。ホワイト教授は,この分野に多大な貢献をしたことから,2010年にカナダ・ガードナー賞を受賞している。「523プロジェクト」では,アーテミシニンの発見のほか,ルメファントリン・ピペラキン・ピロナリジンなどを含む,多種のアーテミシニンに配合できる薬物を研究製造している。「523プロジェクト」の成功は,多くの研究機関と科学研究者たちの大いなる協力精神を反映している。


マラリア治療の今後
  アーテミシニンの構造と作用メカニズムをもとに,研究者らは現在もその他の抗マラリア化合物を研究している。アーテミシニンの抗マラリア活性はヘモグロビンの消化とヘム鉄の放出と関係があり,最終的に原虫体内の酸化ストレス反応を誘導することがすでにわかっている。つまり,1985年にKlaymanが指摘したように,ごく少量のペルオキシ基を含む天然素材さえあれば,私たちの新抗マラリア薬の研究開発にチャンスをもたらすのである。
  しかし,今後誰がこの新薬の開発を行うのか? アーテミシニンの発見は戦争が契機となったが,私たちは今後,平和という原動力によって抗マラリア新薬を研究開発することを望んでいる。しかしこれまで,マラリアは常に製薬会社からなおざりにされてきた。製薬会社は,もっと豊かな国で利益を追求できる疾患の治療薬の研究開発に力を注いでいる。このような現状を補うため,MMV(Medicines for Malaria Venture)など公私共同出資の組織が,私たちに薬品の研究開発成功のモデルを提供してくれるかもしれない。また,高速大規模な化合物スクリーニングなどの現代的な手段が私たちに新しい抗マラリア薬をもたらしてくれるだろう。
  治療や予防に関するその他の問題としては,死亡率低下に対する効果はどの程度なのかという点がある。世界の多くの地域では,アーテミシニンを含む合剤による治療と,除虫菊類の殺虫剤で処理した蚊帳を併用してマラリアを抑制している。これらの措置により,アフリカの多くの地域のマラリア発生率は低下したが,どれほど詳細にデータを分析しても,どちらの手段がマラリアの発生率と死亡率を低下させているのか判断できない。また人々を不安にさせるのは,近年除虫菊類の殺虫剤に対して媒介蚊の耐性が高まる傾向があるという点である。マラリア原虫を媒介する蚊が,再度アフリカ地域で繁殖すれば,マラリア感染が再び拡大する可能性がある。
  マラリアに打ち勝つという任務は極めて困難であるが,屠教授と彼女の仲間が発見したアーテミシニンは私たちに希望を与えてくれた。アーテミシニンの発見は,現代医学史における偉大な成果であるといっても過言ではない。

中国中医薬報,2011.9.21
(http://www.cell.com(16 September,2011)より抜粋して転載)
翻訳:平出由子

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