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▼李世珍先生の針

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李世珍先生の針を追試して(白川徳仁)

(『中医臨床』所載文献を全文転載)

李世珍先生の針治療理論は針薬同効の考え方が終始一貫しています。この考え方は針治療で薬と同じ効果を出すことができることを主張するものであり,臨床においても,ほぼ実現可能であると思われます。たとえば,陰虚証あるいは湿邪がからむ場合は,針だけの治療で対応するのは難しく,薬を併用した方がよいとこれまで教えられてきました。また私自身,理論・臨床の上からもその通りだと思っていました。ところが,李先生の治療法を採用することにより,臨床結果から判断して,針だけで十分対応できそうだと考えるようになりました。また,この考え方は,針治療で最も難しいとされている補瀉手技の加減において,みごとに具現されています。この治療法の効果の高さの要因の1つとして,針薬同効の考え方にもとづいた補瀉の加減があるのです。

1. 弁証の特徴

 李先生の治療は,特別に変わった弁証をしているわけではなく,これまで私たちが学んできた基礎理論の上に行われているので,とても馴染みやすいものです。しかし,いくつかの特徴もあります。第1の特徴は,「主訴を中心として,それと関連する証候群を拠り所として弁証する」という原則が明確になっていることです。そして,脈診・舌診は外感病を除いては主訴,症候群と符合しないことがあり,その場合は,採用しないこと。第2の特徴は,証を決定するに足る症候群が揃わない,あるいは,複雑すぎて弁証しきれない場合はとりあえず症状の改善をはかり,証候群が確定してから再度弁証することがあげられます。あいまいでこじつけ的な弁証による治療は避けて,不確定なものは不確定なものとして対処する。当たり前と言えば当たり前ですが,私は,このしなやかさに感銘しました。

2.配穴の特徴

   経絡学説にもとづいた循経取穴法にとどまることなく,蔵象学説にもとづいた臓腑弁証,気血津液弁証による弁証配穴を重視します。弁証とその治則にもとづく配穴は,それぞれの配穴が有する固有の整体効果(たとえば,合谷の補,三陰交の瀉の効能は益気行血の作用)を考えて厳選されます。その結果,少数穴に絞り込まれ,普通,2~4穴程度の少数穴で効果的治療が行われることになります。

3.手技の特徴

   捻転法の一種で,一方向への連続的回転という形をとり,補瀉により回転方向は反対になります。補瀉の回転方向については,『臨床経穴学』(東洋学術出版社)の前文や前号の『中医臨床』の越智さんの文章に書かれています。
 一連の手技は次のような流れになります。得気を得たのち,母指と示指で針柄をつまんで,およそ90から120度位(私の経験によるもので,先生が指定したものでない)回転させると,回転にブレーキがかかったようになり,それ以上,廻りにくくなります。そこで,指を針柄から離すと,自然に逆回転して元の位置に戻ります。そして,ふたたび初めから動作を繰り返します。この回転を高速で行います。ただし,得気が上手に取れている時にのみ,手技も滑らかに行うことができ,患者には,無痛で大変心地よい刺激として感じられます。得気が上手に取れていない場合は,空廻りしたり,回転しなかったり,回転しても自然に逆戻りしなかったりします。この時,患者は,何も感じないか,チリチリとした痛みを感じます。このような場合には,刺針の方向や深さを変えるなどして,しっかり得気を取り直す必要があります。注意点として,針先がぶれると,チクチクした痛みが出やすいので,手がぶれないようにします。示指と母指の片方だけしか動いていなっかたり,あるいは,両方の指の力が同じでない時にぶれやすくなります。患者が少しでも痛みを訴える時は,手技を続けるべきではありません。一方向に回転させるのですから,まるで拷問のようになることがあり,そのような手技では日本では使用に耐えません。
 この手技をマスターするカギは,どの手技でも同じですが,心地よい得気が上手に取れるように習熟することにあります。李先生の場合,切皮から得気までの刺入速度が速く,一気に得気を得ています。この方法では,痛みはないけれど,衝撃力が大きくなりやすいようです。先生はそれをうまくコントロールしているのでしょう。この方法による効果は大きいと思いますが,私たちにとっては難しいかもしれません。
 中国人と日本人の針に対する感覚にはいくらか違いがあって,中国人の患者の場合には,多少強めの衝撃力があった方がよく効くと思って満足する傾向があります。私たちは一般に,過敏で怖がりやすい日本人の患者が対象ですから,刺入の速度をやや遅くして得気の衝撃力を緩和させ,また,切皮後刺針の方向を定めてからは,左手で針体をつまんで固定するようなことはせず,針先の赴くままにスルスルと吸い込まれて行く方向に刺入するのがよいと思います。そして,針先がゴムのようなものに触れる手応えを感じた時,それが得気です。また,得気の取り方としては,経気の流れに針先をふんわりと載せるような気持ちで行うとよいでしょう。上手に得気していれば,針を抜こうとすると,針先が締め付けられているような抵抗感があります。
 また取穴の位置が,経絡の流注の上下にずれている場合はまだしも,左右にずれている場合は良い得気が得られるはずがないので,取穴は正確にすることが大切です。中国の先生は,穴を指の感覚で確かめてから,刺針することはほとんどしませんが,日本では,指を使う方がよいと考えられてきました。確かに,指で穴の固有の反応を確認できるので,数ミリの位置の誤差を調整するような時には,これも,より正確な取穴法の1つになります。
 位置が定まりさえすれば,この手技では必ずしも強い得気を必要としません。強すぎる得気があると,痛みはなくとも,きつすぎて,長い時間の手技は不可能となります。この手技のポイントは心地よい得気を得ることにあるのです。
 頭は完璧に中医学,手は日本針という人が大勢います。その原因は,針に対する日本の患者の感覚が,中国人と比較して敏感で,恐怖を覚えやすいことに起因しています。これは針をめぐる文化的ギャップといえるかもしれません。中国で一般的に使用されている針と手技をそのまま日本に直輸入すれば,たとえ治療効果がすぐれていたとしても,かなりの患者は逃げ出して行くことでしょう。経営的判断からも,日本針を手放せない理由がここにあります。この分裂状況を一挙に解決してくれるものとして,この手技が期待されるのです。まずは,李先生のやり方をそのまま習う必要がありますが,得気の取り方を日本人に合うようにアレンジしてみる。あるいは,私たちの技量に合うように工夫してみてはどうでしょうか。手技そのものは,とても心地よい響きがあり,患者はその響きが経絡にそって病巣にいたる経絡現象を気持ちよく体感できます。さらに,少数穴による治療にもかかわらず,効果がきわめて高いので,日本の患者からも必ず受け入れられるものと確信しています。
 この手技の施術時間は長いので,初めの頃は,手や指に痛みが出ることもありますが,1,2カ月で慣れてきますので,ご心配なく。

4.補瀉の加減の特徴

   補法では力は弱めに時間は長めに,瀉法では力は強めに時間は短めに,局所取穴では病位に近いので少なめに,遠隔取穴または肘および膝より先の弁証取穴では多めに,また手技の時間は分を単位にして3分から5分間行います。ときには,10分間の補法という場合もあります。薬はgを単位として行われますが,gを分に置き換えてみると,この補瀉の加減はほとんど,薬による補瀉の加減の考え方が針に適用されていることがわかります。
 刺激の強さは針の太さと材質の硬軟に左右されます。この手技に適した太さは32番から28番くらいだと思います。李先生は30番あるいは28番針の華佗針を使っているようです。私は普通,主穴には30番,それ以外の穴には32番を,過敏な人には34番を使います。それより細いサイズではこの手技による効果は出にくいし,手技そのものも難しくなってきます。中国針は中国人に合った針として作られているものです。日本人は中国人よりも過敏な人が多いので,私はとりあえず,中国針のなかから材質の柔らかい「環球針」を選んで使用しています。太さが同じでも材質の硬軟によって,刺激の強さや得気の感覚がかなり違ってくるのです。銀針とステンレス針とではその差はすぐにわかりますが,ステンレスにもさまざまな種類があり,どのような材質の中国針が最も日本人の体質に合っているのか,また,針先の尖り具合がこれでよいのか,われわれ自身でも研究開発する必要を感じます。また,自分が今使っている針は自分が行っている補瀉手技に適しているかどうかも考え直す必要があるかもしれません。
     さて,補瀉の加減を考える際には,全体としての刺激量の限界について,年齢や職業,体質,病情を考慮して考える必要があります。次に,弁証にもとづいて,全体としての補瀉の比重がどの程度が適当かを考えます。さらに,経穴の数も考慮しながら,各経穴間の補瀉の刺激量の比重を考えます。そして,最後に総合判断して,各経穴の手技を何番針で何分間行うかを決めます。微調整は回転の角度と速さ,針柄をつまむ強さなどによって対応できるでしょう。

5.手技の効果の特徴

   この手技は,刺激の強さを加減できるので,強い手技あるいは弱い手技とは,一概にいうことはできません。特徴的なことは,一般的に行われている提挿捻転の補瀉手技の時間は5,6秒程度であるのに対して,この手技では3分から10分位の長い時間であるということです。1穴への刺激量は大変多くなるので,この手技は少数穴による治療に適していることがわかります。10穴以上取穴して,1穴1穴にこの手技を施したとしたら,ドーゼオーバーになる可能性があるでしょう。
 ところで,ほとんどの経穴には双方向性のはたらきがあります(たとえば,原穴・足三里・三陰交など)。このはたらきによって,得気だけ,あるいは身体が必要とする適度の刺激量であれば,定められた補瀉の回転方向などに関わらず,たとえば,すべて平補平瀉で行っても,経絡の自己調整能力でたいていは良性の効果が出ます。補瀉の回転方向を間違えたとしても,良性の効果が出ることもあり,マイナス効果は出にくいのです。また,経穴によってはその特殊性により,瀉に作用しやすい経穴(たとえば内関),補に作用しやすい経穴(たとえば太谿)があり,手技に関わりなく,適度の刺激量であれば,おおむね期待する補瀉の効果が得られます。ところが,この手技のように定められた回転方向に長時間,持続的手技を繰り返すとなると,経穴の固有の問題とは別に,内回りか外回りかによって,質的に異なる生体反応(補瀉の効果)が出ると考えた方が自然です。補瀉の効果は刺激量の加減も関係しますが,それ以上に,回転の方向性,刺激の強さ,速度の違いなどの刺激の質そのものが決定的要素になると考えられます。この補瀉の回転方向に従って,按摩をしてみれば,その補瀉の効果がより鮮明になります。たとえば,実証の肩こりの患者に,補あるいは瀉の回転方向で按摩をし,どちらがより効果が出るか試してみてください。この問題の結論が見えてくるはずです。
 石学敏先生の醒脳開竅法での風池,天柱への高速捻転の補法に限っていえば,その回転方向と李先生の補法の回転方向は,手技の考え方はもちろん異なりますが,結果的に同じことになります。また,手技の時間を分単位とするところも共通しています。石先生の手技は醒脳開竅法において,手技の標準化を行っています。李先生は石先生のような標準化をしていませんが,補瀉の加減の基準と膨大な臨床経験から得たデータにもとづいた客観的判断により,各経穴に何分間の手技が必要であるかを導き出しているのだと考えられます。しかし,李先生だけにできるというのではなく,われわれも経験を重ねていけば,かなり正確な加減ができるようになるでしょう。石先生の手技と対比させながら,この問題での検討をさらに深めて行くことは興味深いことだと思います。
 さて,臨床においてこの手技を用いた時,たとえば補うべきところを誤って反対の瀉の方向に回転させた時,効果が出ないばかりか,マイナスの効果を出すような経験をすることがあります。この点十分注意する必要があります。
 さて次に,置針時間についてどのように考えるかという問題があります。これまでは,補瀉に関わりなく,刺激の強さ×置針時間=刺激量として考えられてきました。たとえば,多く補いたい時は補法の手技のあと,長く置針します。これに対して,李先生は手技の時間を長くとるものの,置針はしません。瀉法の場合は手技の前後に置針し,瀉の効果を高めます。このことに関する追試を私も何度か臨床で試みてきました。結論は明らかに李先生の方法が正解でした。これまでも言われてきたことですが,置針の作用には抑制作用あるいは沈静作用・鎮痛作用があるとされています。補法で,せっかく興奮あるいは亢進させておいて,置針して,わざわざ抑制させるとは,はなはだ矛盾したことです。
 もう一点,以前から疑問に思っていたことがあります。これまでの焼山火と透天涼の手技に関してですが,その寒熱をコントロ-ルする力には疑う余地はありませんが,補瀉がないことに疑問を抱いていました。李先生はこの手技においても,補瀉を区別しています。『臨床経穴学』の前文と越智先生の前号『中医臨床』の文章に書かれていますが,『中医臨床』の文章の方が,理論的にも臨床の上からも完成度が高いように思われます。たとえば,寒邪による寒がりと陽虚による寒がりは同じ寒がりでも虚実の違いがあります。寒熱の虚実に対応した焼山火,透天涼にも補瀉の違いがあってしかるべきです。これまで曖昧なままでやり過ごされてきたいくつもの手技の問題,理論上のあるいは臨床上の問題を,李先生は膨大な臨床実践に裏打ちされての試行錯誤の末に,解決してきたのです。

6.治療効果

     この治療法には,症状を改善する治療効果に留まらず,確実に証を変える治療効果があると思われます。弁証論治という考え方からすれば,個々の症状を改善しようとするのではなく,証を変える治療をすることで,その結果として,各症状も改善させていくのです。とはいえ,証を変えるつもりで治療をしていても,その期待した効果があまり出ない時は,日本的サービス精神も手伝って,泥縄式の標治法による症状改善の治療となってしまうことも多々あります。このような治療に陥った時には,その場での治療効果はよかったとしても,帰宅する頃には元の木阿弥になってしまいます。弁証論治による治療では,その場での治療結果は多少あれこれ気になる症状が残っていても,時間がたつにつれて症状が改善されることが多いので,無用なサービス針はしなくてもよいのです。
 『臨床経穴学』のいくつかの症例では,1回ごとの治療で証が変化し,その証の変化に合わせた治療を行っていく過程が紹介されていますが,いま自分で追試することを通し,これを実感として理解できます。
 李先生の弁証論治の仕方を参考にしながら,多少自己流のところもありますが,以下にいくつか症例を紹介します。もちろん,手技に関してはものまねの域を出るものではありません。簡略化のため,症状の一部・病歴・脈診・舌診に関して,あまり必要性がないと思われるものは省きました。また治則もカットしました。

症例1

  • 患者:56歳,女性,主婦
  • 主訴 :20年前から眩暈を繰り返している。
  • 証候群:胃下垂,嗜眠傾向,頭に霧がかかっているような感じがする,口渇はあるが水はあまり飲みたくない,1日に4~5回便意をもよおす,軟便,足の冷え,顎関節の痛み,肩こり。
  • 舌診 :胖大・歯痕・白膩苔
  • 弁証 :中気不足で昇清できない。
  • 配穴 :合谷(補3分,32番針)・足三里(先瀉後補,瀉2分補5分,30番針)・百会(補3分,32番針)。
  • 効果 :治療直後にめまいはなくなり,ほかの症状も著しく改善した。3回の治療でめまいは治癒した。4回の治療ですべての症状がなくなり,中気不足の証はなくなり,その後も再発していない。
  • 考察 :足三里の手技の途中,補3分で,胃部のあたりまで,かなりはっきりとした経絡現象がみられ,その後しばらく途切れ,突如顎関節部で響きを感じそこの痛みが消えた。それと同時に頭がすっきりして,めまいの感覚も消えた。中気不足による眩暈の補瀉の加減はこれくらいでよいという1つのデータが蓄積され,今後補瀉の加減の目安とすることができることに意味がある。足三里に,あえて瀉2分を加えたのは,弁証からは瀉の必要はないが,白膩苔,頭に霧がかかっているという症状から,多少降濁の必要があると考えたからである。
症例2
  • 患者 :25歳,男性,フリーター
  • 主訴 :数週間前から,右の大腿部の胃経にそって鈍痛がある。思い当たる原因はない。寒い日に増悪する。また,腰部のあたりで,身体が上下に分かれているような感じがする。
  • 証候群:寒がりで,下半身が冷える,夜間の小便3回,下痢しやすい,顔面は薄黒い色。
  • 舌診:暗・白膩苔
  • 脈診:沈遅・尺無力
  • 既往歴:子供の頃に腎炎に罹患
  • 弁証:腎陽虚
  • 配穴:太谿(補4分,30番針)・然谷(補3分,32番針)・関元(桂枝餅の温灸15分)・腎兪(補5分,30番針)・命門(桂枝餅の温灸15分)・圧痛点(膀胱兪の外側3寸,大腿部の胃経に響かせ,灸頭針)。
  • 効果:太谿の手技を始めて2分後に,針の回転のリズムに合わせて,腰部を軽く叩かれている感じがしてきた。腰で身体が分離したような感じが薄れていく。然谷の手技を始めて数10秒で足が温かくなった。1回の治療で大腿部の痛みは消失,5回の治療ですべての症状がなくなった。その後,自宅で関元・命門に桂枝餅による温灸を薦める。
  • 考察:2回目の治療の時,太谿・関元の各5分間の手技のあと,20分間置針した。手技を終えた直後は足が温かくなり,腰も軽くなっていた。ところが,20分後には,足が冷え,腰も少し重くなっていた。置針しない時は足の温かさは持続していた。補法の場合は置針すべきでないことが確認できた。 然谷は_穴であるが,腎は水火の宅であることから,例外的に腎陽虚の冷えに著功がある。 膀胱兪の外側3寸付近の圧痛点は,腎虚腰痛から胃経に痛みが及ぶものによく現れる。
症例3
  • 患者:25歳,男性,フリーター
  • 主訴:脱毛,頭頂部が目立つ。
  • 証候群:頭顔面部に熱い感じの汗をかき,毛根がひりひりして蒸される感じがする,赤ら顔,子供の頃から左側の偏頭痛が起こりやすい,眼の奥が重痛い,左季肋部の痛み,慢性の腰痛があり,ときに急性腰痛も起こす。不眠症,数年前から夕方に極度の視力低下,過食。
  • 舌診:紅・黄膩苔
  • 脈診:弦滑脈・左尺無力
  • 弁証:肝陽上亢挟湿熱
  • 配穴:百会(瀉2分,32番)・風池(瀉2分,32番)・行間(瀉3分,30番)・陰陵泉(瀉2分,32番)・復溜(補5分,30番)。
  • 効果:風池の手技を始めて10数秒で眼の奥に響きがあり,眼症状が好転し始めた。行間の手技を始めて2分後に赤ら顔に変化が起こり,頭顔面部に清涼感が出始め,季肋部の痛みも消えた。残念ながら,髪が生えてくるのは確認できなかったが,毛根のひりひり感はなくなった。4回の治療で,気のせいかもしれないが,発毛の兆しが感じられ,すべての症状は安定した。おそらく,あと数回の治療で,はっきりと発毛を確認できるようになることが期待できる。
  • 考察:病歴からみて,肝胆湿熱の期間が長く続いて,さらに,肝腎陰虚内熱が出始めた頃から禿げ始めたと思われる。禿げている頭頂部は肝経のル-トであり,百会・太衝の配穴で肝経の上下を通したかった。禿頭の針灸治療は弁証論治(証候群を拠り所にして弁証することがカギになる)がしっかりしていれば,経験上,老人性の禿頭を含めて,人工増毛より確実で安上がりの治療になる。
症例4
  • 患者:25歳,女性,OL(1日中,パソコンの仕事)
  • 主訴:肩こり,天柱から大腸兪まで,膀胱経の痛みと突っ張り感。
  • 証候群:眼精疲労,イライラしやすい,足の冷えとのぼせ,生理痛(血塊あり,経色暗)全身的怠感(運動すると好転)。
  • 弁証:肝鬱化火・労損による膀胱経の経気不暢
  • 配穴:風池(瀉2分,32番)・太衝(瀉3分,32番)・間使(瀉3分,34番)・三陰交(瀉3分,32番)・至陰(瀉2分,34番1寸)・晴明(手技なし置針だけ,34番)・上天柱から下方に向けて筋層に2寸の透刺(提挿捻転10秒,32番)・肩こりの数カ所の圧痛点に瀉の回転方向で2から3分の按摩。
  • 効果:風池・間使・太衝の手技を終えた頃,足が温かくなり,のぼせも薄らぐ。三陰交の手技を終えた頃,全身の怠感が消失,治療後,すっきりして,すべての自覚症状が消失。
  • 考察:『臨床経穴学』を出版直後に購入し,間使・三陰交に対し提挿捻転の瀉法を数回試してみたことがあるが,いずれも本に書かれているような効果がなく,落胆したことがある。ところが,今回この手技を使ってみたところ,「ヤッター!」と思わず口に出してしまうほどの効果が出た。肝気鬱結による気滞血_では満足のいく結果が得られた。
     肝火上炎による冷えとのぼせは,肝気上逆にともなって血も昇るためにもたらされる。風池・間使・太衝の配穴が効果的である。
     膀胱経の経気不暢に対しては,眼精疲労もあるので,至陰・睛明の根結理論による配穴をした。敏感な至陰穴に,この手技で痛くない手技ができるかどうか試してみたかった。30度位の角度で上方に向けて斜刺すると,無痛で,得気を得られる。そして,手技を始めたが,比較的敏感な患者にもかかわらず,痛くないと言った。敏感な穴であっても,この手技なら痛くなく使えることがわかった。ぎっくり腰の際に使う手針の腰腿点,委中などの手技は,電撃様の響きと痙攣するようなショックが必要であるが,効果も大きい。だが,限りなく拷問に近い。ここだけは勘弁してくれという患者も出てくる始末である。しかし,これらの穴に心地よい得気を得て,この手技でやや長い時間治療を施せば,ほぼ同じ効果を出すことができるのである。
     上天柱からの筋層にそった透刺は,頸椎に問題があれば,頸椎に向けて直刺する必要があるが,経筋病の場合はこれでもよい。この方法は他の部位にも多用しており,よい効果をあげている。腰痛でも,腰椎や腎の問題がなく,経筋病の場合は,直刺するよりこの方法の方が効果的なことが多い。また,この手技の回転方向による按摩は,実に気持ちがよくて,大した力を入れなくとも,大変効果が大きい。この患者の穴数は多くなりすぎたと思う。日本的サービス精神に流されたかもしれないと反省している。

症例5

  • 患者:63歳,女性,主婦
  • 主訴:手の震えと,知覚異常が,数年前から出るようになり,事務職をしていたが,文字が書けなくなり退職した。
  • 証候群:多汗(頭顔面部と背部)・盗汗・手足がほてる・耳鳴り・足腰が頼りない・動悸・不眠・肩こり・過食・多飲・便秘・高血圧・糖尿病の病歴。
  • 舌診:黄膩苔
  • 脈診:左の寸関尺ともに触れない,右の寸関尺ともに弦滑有力。
  • 弁証:肝風内動
  • 配穴:風池(瀉3分,32番)・太衝(瀉4分,32番)・復溜(補10分,30番)・内庭(瀉2分,34番)・神門(瀉2分,32番)。
  • 効果:治療直後は気分がよくなった程度で,目に見える症状の改善はなかった。翌日になって,手の震えは止まり,睡眠も良好であった。5回の治療で,ほぼすべての症状は消え,職場復帰した。その後は,再発しないように漢方薬を飲むことにした。
  • 考察:脈の左右差(左は陰血,右は気陽)から,陰陽のバランスが大きく崩れている(陰虚陽亢)ことがわかる。弁証は主訴を中心に行ったが,消渇病もあるので,配穴の段階で多少加味することにした。陰虚をベースとした疾患は即効性が現れにくいことがあるが,翌日あたりに好転することも多い。程度が重い場合は薬を併用した方がよいと思うが,その他の陰虚証の臨床例からも,たいていは針だけで対応できると思う。この例のように,復溜に10分間の長時間の補法を行ったり,それでも足りないようなら,さらに腎兪に5分間の補法といった具合に,適宜追加すればよいだろう。

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