サイト内キーワード検索


お問い合せ

東洋学術出版社

〒272-0021
 千葉県市川市八幡
 2-16-15-405

販売部

  TEL:047-321-4428
  FAX:047-321-4429

編集部

  TEL:047-335-6780
  FAX:047-300-0565

▼『中医臨床』プラス

« 『中医臨床』プラス トップに戻る

通巻106号(Vol.27 No.3)◇コラム



●中医薬が国境を越える
 1978年12月,中国共産党の第11期3中総会において,鄧小平氏が実権を握り,経済の改革・開放路線が決定された。その後,中国の都市も農村も目覚しい発展を遂げた。その流れの中で,諸外国との交流にも大きな変化が起こった。これまでの閉鎖的な状態から開放され,出国熱が高まったのである。教育部の統計によると,1978~2004年末までに,国外に留学した人の数は81万5千人にも上る。また現在,国外にいる留学生は61万7千人である(人民網日本語版2006年3月21日)。
 この「漂洋過海」の人たちが,現在の「中国の中医薬の国際戦略」の実施に大きな役割を果たした。中国の中医薬大学を卒業した中医師や針灸師などの専門家たちが,諸外国で中医薬を宣伝し,普及したのである。その結果,中医薬領域の国際チームが現れるようになり,諸所にまで中医薬が広がった。北京に本部を置いている世界中医薬学会連合会の統計によると,中医薬は世界130カ国に伝わり,それに従事する人は30万~50万人にも上る。
 中医薬が広く応用されるにつれ,各国において中医の立法化が進められるようになった。2002年12月,WHOが発表した資料によると,25カ国で伝統医学に関する政策が作られており,およそ70カ国で中草薬の商品登録に関する法律が作られている。
 イギリスには中医診療所が3,000カ所以上あり,年間約250万人が中医薬・按摩・針灸などの治療を受けている。フランスには中医診療所が2,600カ所余りあり,針灸師はおよそ8,000人いる。オランダには中医診療所が1,500カ所以上あり,人口の15%にあたるオランダ人が針灸治療を受けている。アメリカには中草薬に関する会社が400社余りあり,毎年100万人以上の人たちが中医針灸の治療を受けている。カナダは人口が3,000万人であるが,中医と針灸の診療所が3,000カ所以上あり,オーストラリアにも2,000カ所以上の中医と針灸の診療所がある。その他ドイツやスウェーデンでも中医の診療所が設けられている。
 東南アジアには古くから多くの華僑が生活しているため,すでに中医薬は日常生活に欠かせないものになっている。中医診療所や中薬薬店の他に,病院や学校もたくさんあり,中医薬を取り巻く基盤が固まっている。ここ数年,東南アジアでは中国との交流が活発化しており,シンガポールの国立大学では,中国の中医薬研究機構と提携して伝統中医薬資料庫を設置している。
 その他にも,中国政府が40カ国余りに送り出している医療チームには,人員の10%にあたる110名の中医師が含まれており,中医薬の治療効果を各国にアピールしている。  中医と針灸の発展とともに,中草薬の輸出も急増している。特に化学合成薬による薬害などの問題で天然薬物に対する人々の要求が高まり,2003年には中薬商品の輸出が年間7.2億ドルに達し,年平均5.5%の増加率であった。
 報道によると,中国は2005年までの5年間で,42の国と地区およびWHOとともに274項目の共同研究を展開している。例えば,中草薬によるエイズ(中国とタンザニア)・肛門大腸疾患(中国と日本)・血液病(中国とオーストラリア)・喘息(中国とロシア)・糖尿病と腫瘤(中国とイタリア)などの治療研究である。
 WHOはアジアに15の伝統医学共同センターを設立した。そのうちの13カ所は中医薬と関連しており,中国にも7つのセンターが設立されている。

●外国人が中医薬を学び始める
 中医薬は国境を越え,国外へ第一歩を踏み出して以来,治療効果の面で着実に外国人の目を引いてきた。中医薬は安全な治療方法であり,西洋医学で治らない難治の疾患に治療効果を上げることができ,さらに高い収入を得られることから,外国人の間で中医薬や針灸を学ぶことがブームとなった。これにより中医薬の国際化は第2のステップに入ったのである。
 中国に学びに来ている留学生の中には,中医薬学を選択するものが最も多い。2003年の発表によると,新たに中国の27カ所の中医薬大学に入学した留学生は4,112人おり,アジア・オセアニア・ヨーロッパ・北アメリカから来ている。留学生たちは卒業後,自国に戻り,診療所を開業する者もいれば,学校を設立する者もいる。
 一方,国外で根を下ろした中国の中医師たちも国内の大学や研究機関と連携している。中医薬大学の分校も続々と作られ,現地政府の認証を受け,正式に中医薬の教育が始まっているところも多い。
 オーストラリアのメルボルン工科大学およびメルボルン大学は,南京中医薬大学と共同で中医学部および生物医学部を設置し,西側諸国の中で最も早く正式に中医薬を教育に取り入れた。
 イギリスのMiddlesex Universityは,北京中医薬大学と提携し,北京中医薬大学の5年課程とほぼ同じカリキュラムで中医薬の教育を行っている。
 アメリカでは,各州にある大学が成都中医薬大学・黒竜江中医薬大学・河南中医学院など中国の中医薬大学とそれぞれ提携し,中医薬の教育を実施している。登録されている中医薬学院は72校あり,政府の許可するものは30校になっているという。
 フランスでは,政府が1989年に公立医科大学に針灸課程を設置することを認めた。  オーストリアの「時珍中医大学」は,政府が承認した民間の中医大学で,学生は600名にも上る。また学歴としても正式に認められている。
 フィリピンの東方大学や,タイ最大の総合大学であるマヒドン大学には,中医学部が設置された。
 中国に最も近い日本には,たくさんの中医薬大学の分校が設立されている。北京中医薬大学をはじめ,天津中医薬大学・遼寧中医薬大学・大連医科大学・上海中医薬大学・浙江中医薬大学・山西中医学院・福建医科大学・湖北中医学院・中国中医科学院などの日本校がある。
 教育の急速な展開に中国政府も動きだしている。1999~2003年の報道によれば,中国と外国との合作項目で中医薬教育に関する項目が38~40%を占めている。

●国外で中医薬の研究が始まった
 そして,中医薬の国外への進出は第3ステップに進んだ。つまり国外で,最初は中医師・針灸師・薬局の活動が始まり,その後そこで中医薬の教育および実践がなされるようになり,そしてついに中医薬がなぜ効果があるのかといった疑問に答えるために,中医薬の研究が行われるようになったのである。
 タイの厚生省は,SARSや鳥インフルエンザ,その他のウイルス疾患に関する研究に関して,中国と共同で研究している。
 アメリカには146カ所の中医薬研究機構があるが,26カ所の医療センターで,針灸の原理・エイズ治療・中医薬情報の収集と整理・中草薬の有効成分について研究している。アメリカ国立補完代替医療局の1.6億ドルに及ぶ研究費の中で,9,500万ドルは中医薬研究のための資金になっている。ハーバード大学で中医薬を研究している学者の多くは中国出身の専門家である。
 ドイツの厚生省では,針灸を研究するために補助金を出している。中医薬と針灸の専門書も数多く出版されており,製薬メーカーや中薬研究機構の多くが,中薬の有効成分の抽出,質量の検査・測定,臨床効果の研究を進めている。
 中国政府は,中医薬の国内・国外の活発な動きに注目し,2003年4月2日,国務院が「中華人民共和国中医薬条例」を発表した。この条例は同年10月1日にはすでに施行されている。この条例の第24条は「国家は中医薬の対外交流と合作を支持し,中医薬の国際伝播を推進する」と規定されており,中医薬の国際進出はさらに促進されることになった。

●中医薬の国際化の問題点
 このように,中医薬の国際進出にはめざましい動きがみられるが,一方で,問題がないわけではない。

①東西文化の差異
 同じアジアの国であれば,文化的背景に共通点があり,また華僑の影響で古くから中医薬の市場があるため,中医薬が進出するにはあまり障害がない。しかし欧米となると文化の差異が大きく,古代哲学・古文・伝統文化を理解することが難しいので,中医薬を受け入れる際に大きな障害となっている。
②中医薬の国際標準化の問題
 中医薬は中国伝統文化の重要な一部分である。その伝統文化を伝承し,整体観念・弁証論治・個人に合った治療をするというのが中医薬の特徴である。これは現代医学の標準化を重視する考え方とは大きく異なる。現在,国際的な中医薬の診断標準,臨床の評価基準はないので,このことが中医薬の国際化の障害となっている。現代的な評価基準を中医薬にもあてはめることができるかについては議論の余地がある。
③多くの国で針灸は認められているが,中医薬は法律的に認められていない
④国際的に認められている中医薬の外国語の教科書がない
⑤優秀な人材が不足している
 このことは国内の中医薬をとりまく問題点とも一致している。伝統文化の教育を受けた老中医が少なくなっており,中医薬の応用範囲が次第に狭くなっており,このことが優秀な人材が不足する要因となっている。
⑥中医薬に関する特許・知的所有権の保護が遅れている

 この問題を解決するため,国家中医薬管理局は政策として4大戦略を打ち出した。
 4大戦略とは,ハイレベルな交流戦略・標準化戦略・人材戦略・中薬資源と知的所有権の保護戦略という4つの戦略である。
 ハイレベルな交流戦略には,各国の衛生管理部門との交流を緊密なものにして,中医薬の立法を促進するという意図がある。それによってハイレベルな中医医療をサポートし,中医薬の影響力を大きなものにするのである。
 標準化戦略は,中医薬の専門用語を確立し,翻訳基準と国際基準を定めることである。国外で中医薬の教育機構や中医診療所が設置されることで,中医薬は世界的に普及し,さらにその国の医療保健に浸透していく。

標準化の対象項目
①中医薬名詞術語:中医診断・翻訳・針灸穴位
②中医薬教育:中医薬の教育に関する条件・教師・教育目的・課程設置・
  教育内容・教育大綱・教材・実践
③中医医療:中医の医療設備・従事者の構成・医療機構の評価
④中医医療技術:中医の診断・治療・治療効果の評価規則
⑤中医薬従事者に関するもの:能力別の構成・学歴・教育経歴・職務・
  道徳規範
⑥中薬と設備:中薬材料・中成薬の名称および品質・医療設備

 2004年,瀋陽で,8年の研究期間を経て出来た『国家標準・中医基礎理論術語』が審査を受けた。同年,WHOの呼びかけにより中国・韓国・日本・イギリス・マカオといった国と地域の専門家が集まり,各国における中医薬の用語について,標準化を進めるための会議が開かれた。
 人材戦略は,バランスのよい年齢層で構成された,創造力と協力精神をもち,外国語と中医薬の知識に精通した人材を育て,国際的に高いレベルの法律に精通したチームを創ることである。
 中薬資源と知的所有権の保護については,戦略的に政策を作り,投入する資金も増やして,新製品を開発し,知的所有権を保護する法律の体制を整え,国際競争能力を高めることである。
 これら4つの戦略を実施するため,設立して10年以上になる世界針灸学会連合会と2003年に設立した世界中医薬学会連合会が重要な役割を果たしている。特に国際標準化については,この2つ学会がチームを作り,事前の調査研究によって国際標準化案を専門委員会に提示し,標準となるものを作り続けている。
 2005年に,国家中医薬管理局は国際戦略の一環として,中医薬を世界文化遺産に登録するようWHOに申請した。
(海洋)

ページトップへ戻る