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通巻114号(Vol.29 No.3)◇リポート



 2008年8月17日,タワーホール船堀(東京都江戸川区)にて,第6回日本中医学交流会大会が開催された。テーマは「緩和医療と中医学」。医師・薬剤師・鍼灸師ら190名余りが参加し,今年も熱気あふれた大会となった。

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 今大会の大会長は,自治医科大学麻酔科学・集中治療医学の主任教授・瀬尾憲正先生が務められた。テーマは「緩和医療と中医学」。
 緩和医療では,痛みをはじめとした身体的・精神的な苦痛を軽減することによってQOLを高めることに主眼が置かれ,医療的措置だけでなく精神的側面をも重視した総合的な措置がとられる。以前は主に末期がん患者などに対するターミナルケアとして行われてきたが,2007年4月,がん対策基本法が施行され,現在ではがん治療の早期から化学療法などの治療と並行して緩和ケアを行うことが求められている。
 緩和医療に鍼灸や漢方を用いる試みは,現在どのように実践され,どのような課題に直面しているのか。午前・午後のセッションを通して,その状況がみえてきた。

●―緩和医療と中医学
 瀬尾憲正先生は,冒頭に麻酔科医・緩和医療の現状を述べられた後,自治医科大学における緩和医療,特に鍼灸の導入実績について話された。自治医科大学付属病院では,2007年4月より緩和ケア病棟(18床)が開設され,翌年6月までの14カ月で入院患者182名と報告された。さらに2006年4月よりペインクリニック外来に鍼灸外来が開設され,外来患者とともに緩和病棟の入院患者に対しても鍼灸師による施術が行われている。今後,鍼灸師の常勤や,病院から在宅へのシームレスな移行などが課題だと指摘された。
 安達勇先生は,静岡県のがん診療連携拠点病院である静岡県立がんセンターにおける緩和医療の状況について紹介された。緩和医療では専門職によるチーム医療・コミュニケーションスキルが求められているとしたうえで,緩和医療においては集学的チームではなく協働的チームで行うことが必要だと強調された。また在宅介護の能力低下によりセンターへの依存度が高まり,患者が増加し,このままではセンターの許容範囲を越えると危惧された。在宅介護の立て直しとともに,地域の医療施設との連携を強化することが重要だ。
 北田志郎先生は,在宅における緩和医療で伝統医学の果す役割について話された。先生の所属する医療法人財団千葉健愛会は,在宅医療を展開する2つの診療所からなり,在宅診療に漢方を積極的に導入している。在宅医療では治療手段も限定的であるが,かえって患者の価値観・死生観が尊重され,暮らしのなかで生の営みを支えるという医療の根幹に関われるとして,在宅医療と伝統医学との親和性を指摘し,伝統医学の真価を十全に発揮できるのは在宅だと強調された。現状では在宅介護の崩壊によって在宅ケアの継続が阻まれている。支援の手立てとして地域に開かれた緩和病棟との連携や,緊急ショートステイの活用などが必要だと指摘された。
 高橋秀則先生は,緩和医療における鍼灸の有効性について報告された。まず緩和医療における鍼灸や漢方のエビデンスは確立されていないと述べられ,①弁証の客観性,②科学的に証明されていない気の存在,③比較対照群が設定しにくいなどが障害となっていると指摘された。そのうえで当面は症例の集積が大切だと強調された。講演では,余命1カ月未満と診断され,在宅ケアを受ける末期がん患者11名を対象に鍼治療(フランス式の鍼エネルギー手法―ヘルムス法)を行い,吐気嘔吐・呼吸困難・全身倦怠感などの症状緩和に有効であったことが報告された。

●―緩和医療と鍼灸・気功
 藤田勇先生は,先生が所属する自治医科大学緩和ケア病棟における鍼灸の実態を紹介され,さらに緩和ケア病棟での経験を通じて感じ,考えたことを紹介された。緩和ケアにおいて鍼灸は患者の肉体的な痛みの緩和を行うが,それだけでなく精神的なアプローチも進めなければ本当の意味での治療はできないと主張され,そこで大事になるのが「治神」だという。治神,つまり治療者は心を静めて注意力を高め,患者の目をみすえ,精神状況を観察することが大切だと述べられた。
 細田行政先生は,開業鍼灸師が在宅緩和ケアに参加するために何が必要か,爽秋会の活動を通して紹介された。爽秋会では,①WHO緩和ケアの定義を実践,②患者ニーズから考える,③死から逆算して考えることを活動方針に定め,医師・看護師の訪問,介護支援専門員による支援を行い,鍼灸の適応症状が現れ,患者の希望があれば鍼灸師が訪問し治療が始まる。鍼灸師は苦痛の緩和や全身状況の改善を求められ,看取りの直前まで関わる。その際には,患者の個人史に向き合うことが必要だと強調された。
 藤井直樹先生は,ホリスティク医学で知られる帯津三敬塾クリニックでの経験を通じて,緩和医療における中医鍼灸の役割について話された。中医鍼灸は,痛みの抑制,化学・放射線療法による副作用軽減,術後の後遺症軽減といった点で有用性があるが,とりわけ再発予防のための健康管理に占める割合が大きいという。中医は弁証論治という客観的な物差しをもつため患者に対して適切にアドバイスすることが可能で,生活に即した医学,食事・養生など日常生活にも応用でき,自宅療法の指導も可能になると述べられた。
 鵜沼宏樹先生は,気功を使う鍼灸師として早期~終末期までさまざまなステージのがん患者を対象に治療を行っている。講演では,緩和ケアにおける気功の活用について紹介された。そのなかで,治療者は自身の死生観をもち,何が最善・最適かを考えながら,伴走者として患者と一緒に走り続けることが必要だと強調された。さらに,講演の後半には気功の実演を披露され,非接触性の手をかざすタイプと手をかざさず想念だけを使うタイプの外気功を実演され,参加者の興味をひときわ引いていた。

●―緩和医療と中医薬
 清水雅行先生は,故・清水宏幸先生の後を引き継いで,早期~進行期のがん患者に対して中医学的湯液治療を行い,目覚しい成果を上げている。本講演では,さまざまな病期における具体的な治療法が紹介された。例えば術前には田七末(術中の出血防止),術後には丹参(癒着防止)がよいこと,また化学療法の副作用の悪心嘔吐に対しては旋覆代赭湯が有効であること,活血薬の応用によりがん性疼痛の軽減が可能なことなどがあげられた。最後に,余命宣告された末期がん患者に対する実際の中医治療の延命症例(治癒症例含む)を複数例提示され,中医学の有用性を大いに実感させられる講演であった。
 下田哲也先生は,まず中医処方が有効であった末期がんの自症例2例を紹介された後,緩和医療において重要視されているスピリチュアルケアに関連して,精神科医としての自身の観点を述べられた。西洋医学は心身相関の切捨てを行って発展したため,現代においては中医学をベースとしながら西洋医学のスキルを取り入れるほうが,理に適ったやり方であると主張された。中医学的な概念や診療方法は,精神科医療の指導原理にも通じ,緩和医療のみならず,一般の医療実践の場でも必要とされるものだと述べられた。
 ●―緩和医療と中医学張亨先生は,中国における悪性腫瘍に関する中医薬の治療法について,現状を概括された。扶正法と祛邪法について,それぞれ多数の研究成績を紹介された後,がん患者にみられる諸々の症状の治療薬として,弁証に基づいた常用生薬・処方を取り上げて解説された。また,中国で応用されている新しい製剤として,康莱特注射液・カプセル,参麦注射液,半辺蓮や鴉胆子の注射剤などを紹介された。終わりに,以前に内モンゴルほかで治療された3症例を提示されたが,壁虎(守官,ヤモリ)を使われている点が特徴的であった。
 緩和医療における鍼灸や漢方治療の現状と課題がみえてきた大会となった。患者さんの死と向き合わなければならない場面に常に遭遇する緩和医療の世界において,治療者側のもつべき心構えについて,多くの示唆に富むお話が聞けた。現場からの生の声であり,多くの参加者の心を捉えたはずだ。
 今大会では殊更に「中医学」を強調する場面はなかったが,医療に携わるすべての臨床家に欠くことのできないメッセージが伝えられ,大いに意義深い大会となった。  
(文責:編集部)

中医臨床 通巻114号 特集/難治性疾患と絡病学(Vol.29-No.3)
『中医臨床』通巻114号(Vol.29 No.3)
p146~p148より転載

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