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通巻121号(Vol.31 No.2)◇インタビュー

中医学の魅力 第6回
平馬医院 日本医科大学東洋医学科 平馬直樹先生に聞く


いまなぜ日本中医学会なのか


日本中医学会設立の背景には,弁証論治を中心とした治療や,中国伝統医学本来の身体観や病態観を専門的に研究する場がほしいという期待があった。
さらに同学会は中国の中医界との交流窓口としての役割も担う。そこでは中国のものをたんに持ち込むのではなく日本から中国に向けて発信していく姿勢も求められる。
これからの日本の漢方医学の発展に,さらに世界に向けて,この学会がどのように寄与することができるのか。この夏,新しい幕が開かれる。

【聞き手:編集部】




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  日本中医学会の展望 

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機は熟し,日本中医学会設立へ

 編集部  この夏,日本中医学会が設立されます。いまなぜ日本中医学会なのでしょうか?

 平馬  これまで日本で中医学を研究して臨床をなさっていた方々は,日本東洋医学会や全日本鍼灸学会を学会活動の場とされてきました。その方々には,より専門的に弁証論治を中心とした治療や,中国伝統医学本来の身体観や病態観を研究する場がほしいという期待がありました。その期待に応えるということが理由の1つです。もう1つは,中国の中医学会や中医界と医学交流をしていく窓口の必要性です。
 中医専門の学術機関を設けたいというのは,中医学を実践しているすべての人の悲願だったと思います。これまで日本各地で中医学の研究会や勉強会が開かれ,長い間それぞれの努力で継続されてきましたが,全国を横断するような学術団体はありませんでした。中医学を全国規模で研究して,さらに中国との医学交流の窓口になる組織を作りたい,そういう勢いがようやく高まってきたのではないかと考えています。

 編集部  日本には独自に発展を遂げてきた日本漢方があります。これとの関係はどうなりますか?

 平馬  日本東洋医学会は,日本における伝統医学を多様に研究する組織として,長い伝統をもちながらこれまでその役割を果たしてきました。私自身も日本東洋医学会の会員の一人ですし,これからも日本東洋医学会のなかで活動も続けていくつもりです。日本東洋医学会は,日本における伝統医学を総合的に研究する機関としてこれからも発展していくと思います。
 ただ,これまで中国との医学交流にそれほど力を注いできたわけではありませんから,より専門的に中医学を研究する機関を作る必要がありました。例えば日本内科学会は,内科のありとあらゆる領域を研究する機関として存在していますが,他にもある分野を専門的に研究する機関が必要なことから,呼吸器学会や循環器学会などができていますね。それと同じように,日本中医学会は日本東洋医学会から生まれるわけではありませんが,日本東洋医学会のある一分野を担う機関として,中医学を専門に研究する学会が必要だと認識して,これから作ろうとしているのです。
 さらに,中医学の分野には湯液の治療,鍼灸の治療,その他にも運動療法などがあります。その大きな柱として湯液の治療と鍼灸の治療があり,この連携もこれまで日本の伝統医学では不足していたように思います。これも中医学を基礎にすれば,ある同じ患者さんを診たときに,同じような身体観・病態観で診察することができ,同じように弁証論治の診断治療ができるため,非常に協力しやすいというメリットがあります。すでに,湯液と鍼灸には中医学を基礎にすれば非常に協力しやすい診断治療システムがあります。湯液と鍼灸を車の両輪のようにしてより密接に研究し,発展させていくことも新しい学会の任務だと思っています。

日本漢方との対話のとき

 編集部  日本漢方と中医学にはそれぞれ一長一短があります。対話するための共通の土台はありますか?

 平馬  共通の土台はもちろんあります。中医学の専門家にもいろいろな立場の人がいます。なかには日本漢方のことはほとんど知らず,中国の本で勉強したため現代の中医学しか知らないという人もいます。一方で日本漢方のことをよく知っていて,日本漢方によって漢方の治療を行うことに何の矛盾も感じていないけれども,中医学を専門にしたいと考えている人もたくさんいます。新しい学会に集まってくる方はそういう人のほうが多いと思います。そうした立場からいえば特別矛盾は感じません。

 編集部  日本東洋医学会との関係はどうなりますか?

 平馬  これからどのような活動をしていくかによって,お互いにどういう関係が築けるかは決まってくると思います。われわれもほとんどが日本東洋医学会や日本鍼灸学会の会員ですし,それを退会して新しい学会を作るわけではありません。これまでどおりそれぞれの会のなかではそれぞれの役割を担っていくつもりです。日本東洋医学会や全日本鍼灸学会に対してはもちろん尊重する気持ちをもっています。日本中医学会ができたことで日本の東洋医学がさらに活性化されたと認めていただけるよう努力したいと思います。

 編集部  中医学と日本漢方が対話するために,ポイントになるのは何でしょうか?

 平馬  やはり歴史認識を共用していくことがすごく大切ですね。これまでに韓国と医学交流してきた自らの経験からもそう感じます。韓国の主流医学である『東医宝鑑』の医学は,日本の曲直瀬道三の医学と時代が共通しており,それぞれが中国医学を高度に取り入れて作った医学体系ですから,非常に近い医学です。この両医学は中国の明医学とも非常に近く,この医学を基盤にすれば,日中韓で非常にスムーズに交流できます。
 その後,日本は鎖国を行い,中国と朝鮮の関係も明から清へと王朝が変わったりしたので,両国の交流がスムーズ行われませんでした。そのためそれぞれ独自の医学が生まれて,なかなか交流できずに今日まできています。韓国では四象体質医学が生まれ,日本では古方派医学が生まれました。日本にとって四象体質医学はわかりにくく,韓国にとって古方派医学はわかりにくいのです。ですから韓国と医学交流するなかでは,四象医学をレクチャーしてもらったり,こちらから古方派医学のことをお話してお互いに理解を深めてきました。そのお陰で,今日の日本ではどのような医学が行われていて,なぜこのような薬の使い方をするのかということを韓国の先生方にもずいぶんわかっていただけましたし,私たちも四象体質医学のやり方をある程度理解できました。このような形で,お互いを理解しながら交流することは可能ですが,その基盤となる曲直瀬道三の医学,『東医宝鑑』の医学がなければ難しかったですね。
 これらの医学は中国でいえば,明医学に相当しますが,その後の中国でできた温病学説は,日本の漢方家にとってもなかなか難しい分野です。しかしなぜ中国で温病学説が生まれて広まったのかということは,歴史を学べばわかることです。当時日本は鎖国を行っていたため,外国から新しい伝染病が流入することがあまりありませんでした。水際で止められていたわけですね。ですから,鎖国以前に入ってきた梅毒が日本では国民病のように蔓延していました。しかし開国したとたんにコレラや天然痘が流行するようになったのです。中国では明から清にかけて文化の中心が次第に南に移っていって,江南が文化の中心になりました。そうすると東南アジア方面から新しい伝染病が次々と入って来るようになりました。それに対して『傷寒論』のやり方だけでなく,新しいやり方をしなければ対応できなくなってきて温病学が生まれたのです。
 歴史的な経緯を学び,その考え方が今日のどの病気に,例えば新型インフルエンザなどに必要なのかを検討することによって,これまで日本の古方の方証相対治療しか知らなかった方でも温病学について学ぶことができるわけです。このようにしてお互いに学んでいくことはできると思います。ただ,その基盤になった伝統的な考え方,『黄帝内経』にもとづく中国医学の本来の身体観や病態観を共有できなければ,話し合いはスムーズにいかないでしょう。

 編集部  古方の先生方は『内経』の思想をどの程度認識されているものですか?

 平馬  学んでいる方もいれば学んでいない方もいます。つまり『内経』を必須なものとは考えていないわけですね。中医学を学んでいる者は,『内経』自体を読んだことがあるかどうかは別として,『内経』にある身体論や病理観は必須のものとして受け入れています。ここのところが大きな差異だと思います。日本中医学会も『内経』にある身体病理観を基盤にするということを鮮明にしていかなければならないと思います。

 編集部  中国には中医学の学会がたくさんありますし,国の機関もあります。どういうところと交流していくつもりですか?

 平馬  これまでは,およそ個人的な努力で中国との交流をしてきた方が多かったです。なかには中国の中医薬大学の客員教授をなさったような方もいますが,ほとんど個人的な努力でつながってきました。交流の機会が少なすぎたこともあって,中国医学のある一分野だけしか知らないということもあったと思います。こんどは学会組織になりますから,中国の中医学界とはパイプを作っていきたいですね。大切なことかと思います。

 編集部  国際交流の窓口としての役割は,中医学会の大きな柱になってきそうですね。

 平馬  そうですね。中国の医学界と交流し,その窓口になるというのは,大きな使命かと思います。しかし,それは中国の中医学界の動きをたんに日本に持ち込むという意味ではありません。日本の立場から,日本の臨床に合ったニーズに応じて,中医学を継承し普及し発展させていくというのが私たちの目的です。けっして中国の中医学の動向をそのまま日本に紹介する機関ではありません。

 編集部  日本のニーズに合う形で,中国から学んでいくという姿勢なのですね。

 平馬  もちろんそうです。さらにいえば,われわれは現代中国だけを見ているわけではなく,中国のこれまでの長い歴史の伝統ある医学を学んでいきます。ですから日本から中国に対していろいろな提言をすることがあるかもしれないし,そういうこともできるよう実力を養っていくことが必要だと思います。

設立シンポジウムの見どころ

 編集部  日本中医学会設立を記念して,8月29日に記念シンポジウムが開催されます。学会設立までの経緯をお聞かせください。

 平馬  これまで,日本で中医学を専門に学んだり研究したり診療にあたっている人たちの交流の場として,「日本中医学交流会」を設けて,2003年より毎年1度の交流会を開催してきました。今回それを発展的に解消して,全国的な組織として日本中医学会を設立することになったのです。
 これまでは年に1度集まって,その都度,参加費用を負担してもらって運営していく形でした。これからは学会組織になりますから,会員を募って,会員が年会費を払ってそれを元に運営をしていくスタイルになります。
 今年は年度の途中に学会が設立されますから,この記念シンポジウムに参加すれば,希望の方は入会したとみなされて,今年1年間の年会費は免除されます。

 編集部  シンポジウムの見どころを教えてください。

 平馬  学会の大きな目的は,伝統医学の継承と発展です。継承の面では古典の研究をはじめ,老中医から学ぶことなども含みます。発展の面では,中国でも中西医結合の形で現代の科学技術を応用した中医学の発展がはかられていますが,それとは別に,日本でも最新の科学技術や現代医学によって日々解明されている身体や疾病のいろいろな情報を応用して,伝統医学を研究して発展させていくことも,この学会の大きな使命の1つと考えています。
 このような観点から,まず午前中のプログラムではこれまでの中医学のやり方によって現代医学のどのような分野でどのような貢献ができるのかを見ていきます。招待講演では,中国中医科学院の仝小林氏を招いて,今日,国民病といわれるまでに多くの患者がいる糖尿病において中医学はどのような治療ができるのか,中国での現況を話していただきます。それからトピックスとして,昨年世界中で流行した新型インフルエンザ(H1N1)に対して,中医学治療はどのような貢献ができたのか,1年間の経験を検証します。さらに,鍼灸では,認知症に対してどのようなアプローチがなされていて,どのような成果が出ているのかを話していただきます。このように午前中はこれまで継承してきたものがどう応用され,普及してきたのかという姿をみせることになります。午後のシンポジウムは,最先端の科学の目からみると,中医学にはどのような発展の方向性があるのか,そのヒントになるような講演を企画しています。

学会設立後の活動にも期待

 編集部  今年の設立シンポジウムには薬系の演題がありません。来年以降はそういうセッションも,立ち上がりますか?

 平馬  来年度は学会形式で会を開くことになると思います。一般演題ももちろん受け付けたいですし,例えば鍼灸分野のセッション,湯液分野のセッションなどが考えられます。薬系の方たちの演題が多く集まるようであれば,それをまとめたセッションを行うこともあり得ますね。

 編集部  学会としての業績を集め,発信していくこともされますか?

 平馬  そうですね。学会誌を通じて情報を発信することは大切なことだと思います。ただし,本年度は紙の会誌を発刊する予定はありません。Web上で会誌を公開して,会員の方には見ていただけるような形をとりたいと思います。
 また,中医学の普及もこの会が担わなければならない役割です。この普及には一般の方をはじめ広く医学界,政府や公的機関にも認知してもらうことが必要です。もう1つは中医学を担う人材を増やしていき普及をはかっていくことも大切なことだと考えています。その意味では,中医学を専門に勉強していきたいという方に対する教育も1つの使命かと思っています。はじめは学会のホームページなどを通じて,1人で独習できるような情報を提供していくことも必要です。さらに学会とは別に専門家を養成するための講習会などを開設することも必要になってくると認識しています。

 編集部  人材育成も,学会が担う非常に大事な柱となりそうですね。

 平馬  そうですね。まだ,人材も会の体力も足りません。いろいろな公的な機関にも広く認知していただき,日本のさまざまな関連分野の企業の方たちにも協力していただいて,育てていきたいと考えています。

 編集部  学会の活動は,1年に1回の学術大会を行って,その間,よりテーマを絞った勉強会や講習会,分科会が開催されたりもするのですか?

 平馬  はい。そういうことも当然視野に入ってくるかと思います。特にこれまでの日本中医学交流会でも鍼灸が分科会を開いていましたから,そういう方向はすでにあります。その他にも,全国で行われている中医学の研究会とどのように協力していくかも今後の課題だと思います。ですから,できるだけ多くの分野のたくさんの人に集まっていただき,意見交換を行って,やるべきことを考えていきたいです。

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  これからの日本の漢方医学 

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中国との交流では日本の特徴を活かせ

 編集部  これからの日本の漢方医学全体を俯瞰して,先生の見通しをお聞かせ願えますか?

 平馬  医療には国境がありません。世界に向けて必要な医学・医療であれば世界でも通用するはずですし,世界に広めていかなければなりません。中医学においては,もちろん中国がそのような使命感をもって世界に広めていますが,われわれは中国政府や中国医学界の意向を受けてそのようにする必要はありません。日本のなかで有用性や将来の発展性を検証して,学術的に確信がもてたことを世界に向けて発信していくという姿勢が必要だと思います。
 中医学を研究する人材についていえば,中国には各省に中医薬大学(中医学院)があり,そのなかには専門の教室がたくさんあってそれぞれ教育・研究にあたっています。日本とは研究者のマンパワーが圧倒的に違います。しかし日本には一分野を深く研究している方がたくさんいらっしゃるので,そういうところを活かして中国と交流していきたいですね。例えば一昨年開いた,「2008日中張仲景学説交流会シンポジウム」でも,中国から仲景学会のトップクラスの方々をお招きしました。彼らから日本の研究者の発表がいずれも高い水準であったことを非常に高く評価してもらえました。いろいろな分野で,このように深い研究をしている方がいます。日本ならではといった研究を発展させたり,発掘していくことも,学会に求められる姿勢ではないかと思います。
 一方,中国ではあれだけ大勢の方たちがそれぞれの研究をしているので,それを学んでいくことも大切なことです。数が少ないとやはり研究の厚みにムラが出てきますから,中国に学んでいくという姿勢は大切なことだと思います。

日本漢方との対話をどう進めるか

 編集部  中医学と日本漢方との間には垣根があって,今後どうやって対話を深めていけるだろうかと考えます。先生はどう思われますか?

 平馬  日本の漢方が普及していく過程でエキス剤が開発され,現代医学が苦手としている分野においてエキス剤治療による非常に有効な分野のあることが認識され,発展してきました。中医学の弁証論治にも,日本漢方の苦手なところでも,弁証論治で非常に有効な医療分野があると私は認識しています。そういう形で有効な分野をそれぞれが活かしていって医療の質を高めていくことが大切だと思います。

 編集部  中医の立場からいえば,方証相対から何を学んでいけそうですか?

 平馬  江戸の医案を読むと,古方派たちは病邪をどのような形で体内から排出するかに心を砕いていることがわかります。非常にシャープな治療効果を得られるような臨床例を重ねて,それが診療録として残されています。本来,伝統医学においては,寒熱を大事にするとか,虚実を見極めるとか,そういう基本が非常に大切です。しかし治療の現場では,臨機闊達な応用が必要になることが多く,江戸の医案にはその臨機闊達な応用のヒントがたくさんあるように思います。ですから,現代の中国から学ぶのと同じように,古典から学ぶという姿勢は大切なことです。もちろんその古典には,中国の古典だけでなく,日本の古典も韓国の古典も含まれると思います。

 編集部  平馬先生は『漢方と診療』(旧名『伝統医学』,臨床情報センター発行)の「江戸の医案を読む」という秋葉哲生先生との対談のなかで,江戸の医案を中医学的にていねいに解説されています。医案を学ぶうえではこういう作業も有効でしょうか?

 平馬  江戸の医案を通して対談することで,私と秋葉先生がお互いにどのような考え方,姿勢で治療をしているかということがわかっていただけると思います。その対談での私の役割は江戸の医案を中医学的に解釈することです。中医学の目からみてその医案から有用なものとして何を拾い出せるのかということがわかっていただけるかもしれないと思って,この作業を続けています。

 編集部  江戸の医案をご覧になって矛盾を感じることはありませんか?

 平馬  寒熱や虚実の判断,あるいはそれを無視することには矛盾を感じます。最も基本的なところを,ときにはまったく無視して治療が行われているわけですが,それはそれなりの臨床効果を得るために意味のある場合もあります。ですから,はっきり言えば,私ならこういう治療はしないということも多いのですが,そこからでも学ぶものはあります。

古方派の特徴

 編集部  そのほかに古方派の用薬の特徴は?

 平馬  古方派は,体力を補ったりするのは,いわゆる養生の分野であって,治療においては身体のなかの病邪,それを「毒」と表現しますが,その毒を排除することに集中します。ですから,下剤や水銀製剤などを使って邪を身体から出すことに特に心を砕いた治療をしています。

 編集部  当時の疾病構造なども関係したのだと思います。江戸期の古方派と現在の古方派の先生方とはやり方がだいぶ違いますね。

 平馬  だいぶ違うと思いますね。古方が専門だとおっしゃっている方でも,補中益気湯なども汎用処方としてよく使います。心情的には古方を中心になさっていても,実際には歴史的に有効性が試された幅広い方剤を使って治療をされている方が非常に多いと思います。その方たちが補中益気湯を使う場合も張仲景の考え方で応用するというより,李東垣なり後世方派の薬の使い方を学んで応用している方が多いと思います。その延長にはほとんど中医学と同じ世界があるわけですから,ことさら垣根を作ることはないでしょうね。

 編集部  それは認識されずに使われていることもあるわけですか?

 平馬  そういうこともあるでしょうね。ただ,古方派の特徴は,五行や陰陽,運気論などで病態や病状を解釈せず,表面に現れた症候を重視して,症候とそれに適合する薬方を結合させるというやり方です。例えば,補中益気湯を応用するときも,伝統的な病態観で解釈するのは止めて,補中益気湯ならこういう症候があるはずだから,それに合うかどうかという基準で使っています。それは口訣的な使い方と言っていますが,口訣の医学が始まったときも,例えば補中益気湯にはこの薬を使うための有名な8つの目標がありました(編集部注 ①手足の倦怠感,②声に力がなく小さい,③目に力がない,④口の中に白い沫状のものが生じる,⑤食べ物の味がなくなる,⑥熱い飲食物を好む,⑦臍のところで動悸がする,⑧脈が散大で力がない。津田玄仙『療治経験筆記』)。文献のなかではなぜその8つが補中益気湯の症候として重要であるかについて伝統理論を使いながら非常にていねいに説明しています。しかし後にこの解説がすべて取り除かれてしまって,8つの症候だけが補中益気湯に適合する症候だというような考え方で使われるようになりました。このように応用されている処方は非常に多いですね。実際にはおおもとの病態解釈がわかっていれば8つの症候を忘れてしまっても応用が利きます。
 結局,中国医学の根幹をなす陰陽学説・五行説・運気論といったものを受け入れるか受け入れないかが大きな違いだと思います。先ほど,日本中医学会の任務が,中国伝統医学本来の身体観・弁証論治の治療を専門的に研究することだと話したのは,われわれは結局それを受け入れているということです。こうしたものを科学的な真理として信じているかどうかはまったく別な話です。そういうものが土台になって医学ができているということを受け入れてそれも研究していこうという姿勢です。さらに具体的な治療の場でどのツボを選び,どの薬方を選ぶのかということについても,それらを充分応用していく立場であるということです。

 編集部  こういう陰陽・運気・五行が中医学の考え方の基礎ですが,中医の先生方も,実際に患者さんを診断するときは,現象から薬方を導いてはいませんか?

 平馬  最終的な処方に,この薬が要るか要らないかを判断するには,細かい症状に対応させていくことも必要になるかもしれません。しかしまず大まかに患者の虚実とその程度,寒熱のバランスを把握することを非常に重視します。最終的には虚も強いけれどもいったん無視して病邪の除去をはかろうと判断することもあるわけですね。
 特にエキス剤などで普及している処方は歴史的な治療効果が検証された名方剤で,一種の約束処方になっています。そういう処方には幅広い臨床効果がありますから,患者さんの症候とぴったり一致しなくてもある程度カバーできます。それをうまく使えるかどうかは,使う人のカンの裁量に左右されます。カンのいい人は日本漢方的な方証相対のやり方をとても上手に運用されるのだと思いますね。
 ただ,最近の日本東洋医学会の演題などを聞いていても,なぜその治療で効果があったのかという考察には中医学の伝統理論や現代中医学の用語などを使って解説している方たちがずいぶん増えてきました。中医学の知識や考え方は,日本漢方をしていると自認なさっている方たちのなかにも浸透してきていると考えています。ですから,それほど違和感なく交流していくことはできるのではないかとは思います。
 先程述べたように陰陽・運気・五行などの理論を受け入れるかどうかが大きな違いですから,それを専門に研究していく学会が必要だというのが,学会を立ち上げた大きな理由です。

平馬直樹先生のプロフィール
1952年生まれ。1978年,東京医科大学を卒業。同年,北里研究所付属東洋医学総合研究所医局に入局。大塚敬節先生・矢数道明先生に師事。1987年より2年間,中国中医研究院広安門医院に留学。朱仁康(皮膚科)・路志正(内科)・朴炳奎(腫瘤)らに師事し,臨床研修を行う。1990年より牧田総合病院牧田中医クリニック診療部長。1996年より平馬医院副院長,後藤学園入新井クリニック漢方診療部長を兼任。現在,平馬医院院長。2005年より日本医科大学東洋医学科講師も務める。
『図解よくわかる東洋医学』(池田書店・2005)を共著,『中医学の基礎』(東洋学術出版社・1995)を監修。


『中医臨床』通巻121号(Vol.31 No.2)に掲載


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