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通巻132号◇【インタビュー】呉澤森先生,高橋楊子先生に聞く

「弁トレ」コメンテータがみた日本の中医学◇呉澤森先生,高橋楊子先生に聞く

高橋楊子先生  呉澤森先生


昨年暮れに本誌の看板企画「弁証論治トレーニング」が単行本になりました(『「証」の診方・治し方―実例によるトレーニングと解説―』)。本欄がスタートしたのは1994年(通巻56号)で,当初は,平馬直樹先生,浅川要先生,戴昭宇先生,石川家明先生,小髙修司先生,関口善太先生,渡辺明春先生,仙頭正四郎先生らが読者回答に対するコメントや症例を寄せてくださいました。呉澤森先生と高橋楊子先生のコンビは,1995年(通巻61号)の第6回からでした。以来,現在まで18年間にわたって続き,69回を数えます。18年といえば,本誌33年の歴史のじつに3分の2近くにあたり,いかに両先生が日本の中医学普及のために情熱を傾け,献身的に力を貸してくださったかがわかります。本日はそんなお2人からみた日本の中医学の動向を伺います。(編集部)


「弁トレ」は基礎と臨床をつなぐ有効な訓練法


 編集部:本誌の「弁証論治トレーニング」では18年にわたって症例提供と回答者へのコメントをいただき,本誌はまさに両先生とともに歩んできました。
 :このコーナーには毎回読者が投稿してくれていますが,投稿していないけれどこのコーナーを楽しみに読んでくれている方がもっと大勢いることでしょう。今回,連載から単行本になって,まるで「一石激走千層浪」(池に石を投げると波紋が広がる)のようになることを期待しています。この本はたんなる症例集ではなく,われわれ2人のコメンテータがそれぞれの解釈によって,臨床で陥りやすい注意点をアドバイスしているので,基礎から臨床をつなぐとても良い本になっています。
 高橋:本で得た知識を臨床で使えるものにするためにはトレーニングが必要です。これはなにも中医学に限ったことではなく西洋医学でも同じです。ただ病院なら医局などでカンファレンスや症例検討を行う機会がありますが,日本は個人病院,個人薬局,個人鍼灸院が多く,なかなか症例を検討し合ったりカンファレンスを行ったりして臨床の腕を磨く機会がありません。多くの方がどうすればよいか,独り悩んでいるのが実情です。その意味から,この本は臨床力を磨くよいトレーニングの場になるでしょう。さらに,ここに収録されている症例は日本における症例です。日本人の体質を反映し,薬や鍼灸の治療に対する日本人の反応を反映したものです。確かに本を使ったトレーニングは「畳の上の水練」かもしれません。しかし1つの有効な訓練方法であることは間違いありません。中医学の臨床は,西洋医学の臨床より難しいと思います。なぜなら,西洋医学では内科,胃腸科,耳鼻科,婦人科,皮膚科と,科目ごとに分かれていますが,中医学は科に束縛されず,どんな患者でもやって来るからです。それに応えるためには,たくさんの知識が要求されますし,さらに総合的かつ高度な診断力が求められます。
 編集部:18年間,この連載を続けてきていかがでしたか。
 高橋:本当はこんなに長く連載するとは想像もしていませんでした。私の日本語のレベルも高くはなかったので,最初,原稿を書くのも毎回悪戦苦闘の連続でした。だけど,中国に「教学互長」という言葉があるように,たまたま私が教える立場になっていますが,学ぶ人と教える人とがともに刺激し合いながら進歩していると感じます。回答者は自分たちの経験にもとづいていろいろな角度からアプローチしてこられるので,私にとってもいい勉強になっていますし,鍼ではありますが呉先生のコメントもすごく勉強になっています。
 弁証の目的は結局患者を治すことに尽きます。教科書に書かれているものは基本ルートのようなもので,実際の臨床ではさまざまなルートがあります。たとえば富士山に登って朝日を見るのが目的であったとします。ガイドブックを見て登る人もいるでしょうが,各人の経験によって選ぶルートは違いますし,服装も軽いもので速く登るのか,しっかりと厚着するのか,あるいはどういう時間帯に行けばぴったりと日の出に合うのかと,いろいろなアプローチがあります。たまたま私がアドバイスした症例はAというルートで行くことを示していますが,別のBやCのルートで行く人もいるので,もし修正する必要があるなら修正し,最善の治療ルートを探し出せるようになればよいでしょう。


弁証を基本に 評価は客観的に


 編集部:この20年,日本の鍼灸の状況をどうみていますか。
 :規制緩和以降,鍼灸学校の新設が急増して,鍼灸を学ぶ学生はかなり増えました。これは鍼灸の広がりという意味ではプラスですが,じつは両面あってこんなに大勢の鍼灸師の受け皿がいったいどこにあるのかというマイナス面があります。鍼灸師はこれからどうやって自らの力を発揮して社会に貢献すればよいのかという問題に直面しています。
 中医鍼灸の基本は弁証論治です。そして実践こそが真偽を判定するということも肝に銘じておかなければなりません。実践がなければ,いくら口で上手に言っても成り立ちません。われわれの行っているのは医療なのですから,目の前の患者の病を治すことができるのか,効果があるのかが最も重要です。弁証論治の有用性を証明するには必ず実践によらなければなりません。
 ただ,鍼灸治療の効果を評価する方法は,これまでのように患者の主観に頼って「良くなった」「楽になった」というだけでは十分ではありません。客観的な検査データの改善,たとえば糖尿病ならばヘモグロビンA1cや24時間持続血糖といった検査値を治療前後に測定して評価するべきです。そのためには医療機関との連携を深めていくことが欠かせないでしょう。弁証論治は中医学の核心であり,絶対に捨て去ることはできません。ですから客観的な評価によって弁証論治の効果を確かめていく必要があるでしょう。
 編集部:呉先生が来日されて18年,日本の鍼灸界をみてレベルアップしているでしょうか。
 :来日当初は,講演後に質疑を求めても質問が出なかったり,出てもその内容は非常に浅いものでした。でも今はかなりいい質問が出てきます。この点についてはレベルが上がったといえるでしょう。雑誌などを見ても,臨床報告や論文を書いて活躍する先生が増えレベルが上がっていると感じます。ただ,レベルが上がっている人はいるけれど人数がまだまだ少ない。大勢の人がまだ普及の段階に留まっているとみています。
 私の知る限り中医鍼灸を実践する人の数は増えています。鍼灸学校の教育でも,以前はごく限られた学校でしか中医学を教えていませんでしたが,いまはどうでしょう。私の教え子たちも大勢学校の教員になって活躍しています。その意味では中医学の教育や中医鍼灸の応用は以前よりだいぶ拡大しました。ただ,このレベルでは臨床応用はまだまだ困難です。おそらくそのレベルアップのために今回の本が役に立つでしょう。鍼灸学校の在学生や,経験の浅い鍼灸師で中医学を勉強した人がこの本を読むと非常に参考になるはずです。


中医学の考え方は柔軟 大事なのは理念


 編集部:高橋先生はいかがですか。日本の中医学はレベルアップしているでしょうか。
 高橋:私が来日した頃は中医学がまだ浸透していない感じで,「中医学ってなに?」と聞かれることが多くありました。ある医師の言葉ですが「漢方でさえも変わり者,中医学ならなおさらだ」と言われました。だけどこの20数年をみていたら,鍼灸学校における中医教育の広がりだけでなく,北京・上海・遼寧・黒竜江といった中国の中医薬大学の日本分校が設置され,中医学を学べる機会が格段に増えました。さらに昔なら,中医学を勉強するには神戸中医学研究会の数冊の本くらいしかありませんでしたが,今では中医の臨床だけでなく,中医養生や薬膳といった範疇まで,関連する書籍が雨後の筍のように出版されています。先ほど呉先生が指摘した普及の段階に留まった方は確かに多いです。だけど地道に勉強を続けて臨床レベルを上げている医師や薬剤師,鍼灸師もいらっしゃいますし,なかにはいまも中国から老中医を呼んで,ほんとうに高いレベルで中医学を追求して,難病に挑もうとする方たちもいます。
 編集部:日本の現状は中国とは違って,煎じ薬を存分に使える環境が少なく,エキス剤の運用が圧倒的に多いです。エキス剤を運用するうえで中医学をどう活かせばいいでしょうか。
 高橋:日本の医師の7割がエキス剤を使っていると言われていますね。
 編集部:最近では9割ともいわれています。
 高橋:9割といえばたいへんな数ですが,じつは9割といっても,その多くは漢方のことは詳しくわからないけれど患者の要望があったり,あるいは他の方法もないので漢方メーカーの発行している手引きを見ながらとりあえず使ってみた,という方たちです。
 編集部:こむら返りに芍薬甘草湯を使うというようなやり方ですね。
 高橋:ええ,西洋医学の考え方で使っています。これは弁病的な使い方ですが,中医学の神髄は弁証論治です。弁証論治にプラスして弁病的な方法を加えていけば良い治療になりますが,弁病的な使い方しかやらないのでは,これは漢方医学の治療ではないし,まして中医学の治療でもありません。なぜならそこには,患者の個の状況を重要視するという漢方医学や中医学の理念が入っていないからです。もちろん,最初は漢方薬を取りあえず試してみるという姿勢で構いません。ただ,試してみて効果があったのなら,ぜひとも「なぜ効果があるのか」という理由を探るために中医学,あるいは漢方医学を勉強してほしい。そして一歩踏んだらさらに深く踏みこんでみてほしいと思います。
 たとえば漢方医学を少しかじった先生なら花粉症に対してすぐに小青竜湯を使うでしょう。しかし,この方がもし,疲れると花粉症が悪化する,あるいはカゼを引きやすい,舌を見ると淡くて歯痕があって白膩苔,脈が弱かったら,何をイメージしますか。体の中の正気がすでに弱くなっている。カゼを引きやすいなら肺気が弱くなっている。もし軟便・下痢しやすいなら脾気が弱くなっていますね。水様性の鼻水が寒飲や風寒が肺を犯しただけで起こっているなら,小青竜湯で構いませんが,患者さんのベースに肺気虚や脾気虚があれば,玉屏風散などを使います。エキス剤に玉屏風散がなければ,補中益気湯や人参養栄湯などを使って,まずベースの体質を立て直して,小青竜湯で邪気を除くのなら,それは立派な中医学の治療といえます。道具は何でも構わないのです。
 編集部:たしかに生薬かエキス剤かという選択はいわば道具の問題ですね。
 高橋:そう,あくまでも道具です。もちろん湯液は自由に加減できるのでさらに良いと言えるかもしれません。しかし手元に物がないのならエキス剤で組み立てればいいのです。中国でも,患者さんの都合に合わせて,たとえば出張等で煎じられないなら,丸薬で治療することもあります。丸薬とエキス剤は同じようなものです。中医学の考えは柔軟です。硬直不変なものではありません。大事なのは伝統医学のもつ理念です。

(この記事は,『中医臨床』132号から一部を転載しました)


弁トレコメンテーター,高橋先生,呉先生


プロフィール
呉 澤森(ご・たくしん)
1946年中国上海市生まれ。中医師。
1983年,上海中医学院(現・上海中医薬大学)大学院修士課程修了後,WHO上海国際鍼灸養成センター臨床指導教官。上海市鍼灸経絡研究所主治医師(のち教授)。1988年1月,社団法人北里研究所東洋医学総合研究所研究員として来日。1993年3月,日本はり・きゅう師資格取得。同年,東京恵比寿に呉迎上海第一治療院設立。2008年,上海中医薬大学鍼灸学院と提携,日本中医臨床実力養成学院設立。
神奈川衛生学園専門学校,日本医学柔整鍼灸専門学校などで非常勤講師を務める。著書に『鍼灸の世界』(集英社)がある。


高橋 楊子(たかはし・ようこ)
上海中医薬大学医学部および同大学院修士課程卒業。同大学中医診断研究室常勤講師,同大学附属病院医師。
1988年来日。東京都都立豊島病院東洋医学外来の中医学通訳。現在,上海中医薬大学付属日本校客員教授。日本中医薬研究会や漢方クリニックなどの中医学講師および中医学アドバイザーを務める。雑誌『中医臨床』(東洋学術出版社)の「弁証論治トレーニング」で出題と回答を連載中。
著書に『東洋医学で食養生』(世界文化社・共著),『CD-ROMでマスターする舌診の基礎』『[実用]舌診マップシート』(ともに東洋学術出版社)がある。

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