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通巻155号(Vol.39-No.4)◇【印象記】鍼の聖地・茨木で日本伝統鍼灸学会

印象記
 鍼の聖地・茨木で日本伝統鍼灸学会

【編集部】



去る2018年11月24日~25日の両日,大阪府茨木市の立命館いばらきフューチャープラザにて,「第46回日本伝統鍼灸学会学術大会・第27回日本刺絡学会学術大会」(会頭:井上悦子)が開催された。開催地の茨木市は,最古の鍼の流儀書といわれている『針聞書』の編纂者・茨木元行が活躍した地であり,この茨木を「鍼の聖地」と位置付けたうえでの開催となった。

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 本大会は,『針聞書』と茨木にまつわる講演のほか,気口九道脈診・打鍼術・刺絡鍼法の実技など現在日本で実践されている鍼灸術の実技供覧,各会派が一同に会した特別企画,日本鍼灸のアイデンティーを探るシンポジウム,日本伝統鍼灸における腰痛治療の標準化を目指すシンポジウムなど盛りだくさんの内容で実施された。ここでは取材できた一部の演題について「中医」の視点から感じたことを記す。



『針聞書』と茨木

 「ハラノムシ」で一躍脚光を浴びた鍼の流儀書,それが『針聞書』だ。戦国時代の1568年に大阪茨木で活躍していた今新流開祖の茨木元行が,先人の口伝を集大成して編纂した書といわれる。本書の内容は大きく2つに分けられ,鍼治療のマニュアルといえる前半部と,ハラノムシとその住処である五臓六腑の絵図からなる後半部で構成されている。前半部は後に扁鵲新流と入江流(後に杉山流につながる)に継承されたそうで,本書にあるのはその雛形であるという。

 大会では,本書の調査研究に当たった長野仁氏(森ノ宮医療大学大学院教授)の基調講演をはじめ,『針聞書』と茨木に関連する演題がいくつか組まれていた。日本の流儀書の研究は「中医」にとってそれほど関心の高いテーマではないかも知れないが,本書には鍼の深度,性別・体質・表裏による刺し方の違い,病人の虚実や急慢の見分け方,補の鍼と瀉の鍼のコツ,予防の鍼,施術者の心構えなどが列記された総論と,病症別の治療各論が記されているとされ,流派や学派を超えて,「鍼師」にとって有用な内容があると思われた。



中国の進める標準化

 近年, WHOのICD-11やISOを舞台にした伝統医学の国際標準化の動きが活発化している。それを受け,シンポジウム「世界の鍼灸事情」では,最前線の交渉の場で丁々発止とわたりあってこられた形井秀一氏,東郷俊宏氏,斉藤宗則氏の3名が交渉の舞台裏や議論の背景・現状・今後の課題などについて語った。

 大きなテーマとなったのはやはり中国であった。ISOを舞台にした中国との熾烈な交渉の様子はこれまでにもさまざまなところで伝えられてきた。今回は「伝統医学の標準化について,中国は政府の政治課題である『一路一帯』にもとづいて行動しており,伝統医学分野ではWHO・ISO・WFAS(世界鍼灸連合会)を舞台にTCMの世界標準化が大きな目標になっている。そんな中国とどう付き合っていくかが大きな課題である」ことが示された。パネリストからは,世界には日本や韓国と異なり自国で体系的な伝統医学をもっておらず,さらに高額な医療費のかかる現代医学を導入しづらい国もある。そんな国にとって,国際的なお墨付きを得たTCM(国際標準化された中国伝統医学)が導入されることは歓迎すべきことと捉えているといった主旨の指摘もあった。国際会議の舞台では投票によって物事が決められてゆくため「数の論理」は見逃せないポイントであるので,世界にはこうした状況があることも知っておいたほうが良いだろう。



日本鍼灸のアイデンティティーとは

 ①中国鍼灸との比較(浅川要氏),②海外からみた日本鍼灸の特異性(スティーブン・ブラウン氏),③日本伝統鍼灸における鍼施術の実態調査(横山奨氏),④『針聞書』に記載された鍼の本質(長野仁氏)といったさまざまな角度から,「日本鍼灸とは何か」を探るシンポジウムがあった。

 パネリストからは,触診重視・刺激の調節(表層の刺激)・灸の利用が日本鍼灸の特徴であるといった点や,管鍼法・打鍼法・接触鍼法など日本独特のテクニックが開発されてきたことが,中国鍼灸とは異なった発展を遂げてきた日本鍼灸の特異性であるといった指摘があった。日本鍼灸のアウトラインがおおむね示されていたように思われた。

 一方,中医鍼灸について,浅川氏は「中医鍼灸は弁証論治を特徴とするものの,近年,中国では弁証論治は鍼灸の治療指針とはなっておらず,従来の臓腑・気血・経絡を三位一体とした弁証論治から経絡弁証に比重を置いた弁証論治(臓腑・気血弁証を行わないということではなく相対的に経絡弁証に比重を置くということ)にシフトしようとしている。中国では病院鍼灸が主体となっており,手間暇のかかる臓腑・気血・経絡弁証を実施することは困難で,必然的に病変部位と経絡流注のみを視野に入れた弁証論治にならざるを得ない状況がある」と述べ,中国における最近の鍼灸の状況を明らかにしたうえで,「日本においては鍼灸師は独立業種であり,診断から治療まですべてが委ねられている。日本でこそ積極的に臓腑・気血・経絡弁証による弁証論治を導入すべき」と提言した。ここには日本における中医鍼灸の目指すべき姿が浮き彫りになっていたように思われたが,日本伝統鍼灸学会という舞台で,果たしてどれほど理解を得られたであろうか。


 今回,初めて日本伝統鍼灸学会を取材した。本会はもともと「日本経絡学会」を前身とし,1996年に「経絡治療」の枠を外して,日本の伝統派鍼灸が大同団結すべく現名称に変更した経緯をもつが,その狙いが体現された大会であったと感じられた。また2日間のプログラムを見ただけでも,大会実行委員長である長野仁氏の力の入れようが伝わってきた。実際,どの演題も面白く,勉強になった。

 大会当日の11月24日未明,2025年に万国博覧会が大阪で開催されることが決定した。テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」で,サブテーマは「多様で心身ともに健康な生き方」だという。大阪を舞台にした「鍼灸熱」がますますヒートアップすることは確実で,この先も目が離せない。(I)





中医臨床 通巻155号(Vol.39-No.4)特集/丹渓医学


『中医臨床』通巻155号(Vol.39-No.4)より転載



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