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通巻159号(Vol.40-No.4)◇【リポート】第9回日本中医学会学術総会

REPORT 第9回日本中医学会学術総会
 次世代につなぐ中医学

―編集部―

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2019年10月5~6日,東京江戸川区のタワーホール船堀にて,第9回日本中医学会学術総会が開催された。今大会の総合テーマは「次世代につなぐ中医学」(会頭:別府正志)。古典を正しく理解するための最新の知見,中医学と最新科学との融合,症例検討のセッション,次世代をになう学生たちへの伝統医学の教授法,国際交流,鍼灸実技など,充実した内容で実施された。ここでは目を引いたいくつかの演題についてリポートする。





会頭講演 「傷寒論の三陽三陰編」
別府正志(東京医科歯科大学)

 ひとくちに『傷寒論』といっても,歴史上,張仲景が著したとされる『傷寒論』のテキストは数多くあり,どのテキストにもとづくかによって,『傷寒論』の理解は大きく異なる。そのため,『傷寒論』がどんな経過を辿って現在まで伝えられてきたのかを知っておくことは大切である。会頭講演はまさにそのことに目を開かせてくれる内容であった。
 講演では,宋代の成無已の『注解傷寒論』とそれ以降の『傷寒論』は取り上げず,一般に最善本とされる『宋板傷寒論』(以下『宋板』)にスポットを当てた。そして『宋板』の三陽三陰篇を読み解くことで,この本がいかに不自然な編集の手が加えられたおかしなものであったかを明らかにしていった。
 『宋板』は,宋以前の隋唐医学では常識であった「陽病発汗・陰病吐下」という攻撃的な治療法から,「太陽病発汗・陽明病下法・少陽病和法・陰病温裏」という攻法から補法までをカバーする治療法への転換をはかった本であったという。それは,『宋板』以前に出された『脈経』『備急千金要方』『千金翼方』『太平聖恵方』『金匱玉函経』,そして日本の『医心方』などの「傷寒論」を引くテキストを通覧することで見えてくる。
 『宋板』の三陽三陰篇は,太陽病の条文のボリュームが非常に大きく,各篇のバランスが不自然なほどいびつな構成になっている。それは,それまで太陽・陽明・少陽の各篇にバラバラに存在していた発汗を指示する条文を,『宋板』では太陽病篇に移動させたためであるという。
 そうした事実は,『宋板』以前の「傷寒論」テキストを見ていくことで明らかになるが,「傷寒論」を理解するためには,まず『傷寒論』にはさまざまなテキストがあることを理解しておくことが大切で,さらに各テキストを仔細に比較することで,『宋板』では理解しにくい条文もクリアになっていく。別府氏は,その一例として,太陽病篇12条の「太陽中風,陽浮而陰弱,陽浮者,熱自発,陰弱者,汗自出,嗇嗇悪寒,淅淅悪風,翕翕発熱,鼻鳴,乾嘔者,桂枝湯主之」を引き,このうちの「陽浮而陰弱」の解釈をあげる。この部分は「脈は軽取では浮,沈取では弱」と理解されることもあるが,宋以前のテキストである『太平聖恵方』を見ると,「太陽中風,脈其陽浮而弱。浮者熱自発。弱者汗自汗。……」とあり,「太陽中風では,脈の陽が浮き,かつ弱い。脈浮なので自ずから熱を発し,脈弱なので自汗する」と,その内容は非常にクリアである。
 『傷寒論』のさまざまなテキストを広い視野を持って読むことが大切であることを思い知った講演であった。

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写真① 今大会の会頭を務めた別府正志氏。
『傷寒論』にはさまざまなテキストがあること,そして1つのテキストにとらわれず広い視野を持つことの重要性に気付かせてくれた。



シンポジウム「宋以前の古典を中心とした,正しい古典の認識とは」

「宋以前『傷寒論』考:六経不伝論」
岡田研吉(研医会診療所)
 宋以前の『傷寒論』を代表する『太平聖恵方』巻八・六経病の太陽病篇は,上・中・下篇の構成にはなっておらず,条文数も他の5経とバランスが取れている。一方,『宋板傷寒論』(以下『宋板』)は,太陽病篇の178条が突出して多く,ついで陽明病篇の84条が続き,厥陰病篇に至ってはわずかに4条文(『金匱玉函経』)だけである。このアンバランスがいかにして生まれたのか,岡田氏はそれを「六経不伝」の病理概念にもとづく編纂のためと仮説を立て,その原因を探った。
 岡田氏は,太陽から陽明への伝経の阻止を示す太陽病篇8条「針足陽明,使経不伝則癒」の記載等と,『脈経』『千金翼方』『銅人腧穴針灸図経』などの記載をあげながら,『宋板』の各六経の病理条文群は,針灸理論を根拠に成立してきたと指摘する。さらにそこに,経方の処方条文が併合され,『宋板』の六経病篇が成立したと述べる。そして本質的に別系統である両者の媒介となったのが,『諸病源候論』であるという。
 さらに金・元医学では,針灸理論と本草を帰経学説のもとで融合をはかっているという。太陽病から厥陰病まで順番通りに伝変する日期病態は,必ずしも実際の臨床と一致するわけではない。そのため,各六経病期自身において内部病理変化を重視した『六経六層傷寒論』の必然性が生じたのだという。ここにおいて,8条「若欲作再経者,針足陽明,使経不伝則愈」は,「再経の不伝」から「傷寒一日太陽病から傷寒二日陽明病への伝経阻止」へと変化し,「葛根断太陽入陽明之路」に昇華したと指摘する。そして『宋板』の本草学は,張元素~李東垣~王好古~羅天益等の金元医学を経て,『本草綱目』で完成をみたとまとめた。



「伝統的中国医学テキストの変遷についての検討
~傷寒と寒石散(乳石発動)を題材に~」

牧⻆和宏(牧⻆内科クリニック)
 『宋板傷寒論』(以下『宋板』)は,隋唐・五代十国を経て,散逸していた「傷寒論」を宋代に再編集した文献であり,過去の姿を正確に復元したものではない。講演では,傷寒六経概念の時代的な変遷として,①陽病附子発汗が行われなくなり陰病附子温裏が追記された事情と,②陽明病に下法が加わったいきさつについて述べた。
 ① 附子は古来,傷寒(狭義傷寒)発症初期(太陽病)の発汗剤(瀉剤)として用いられていた。それが気候の変動に伴い,狭義傷寒の病態が温病・時気病などの「広義傷寒」に変化し,発汗過多による副作用から附子による発汗治療が忌避されるようになった経緯が『千金方』『外台秘要』『太平聖恵方』『宋板』それぞれの「傷寒例」の記述に反映されているという。また,「陰病裏実の下法・裏虚の温裏」として下法と温裏法が両論併記され,附子剤の陰病への配置転換が行われたという。
 ② 一方,容易に熱化する性質を有する「広義傷寒」においては,陽明病の段階で燥熱便秘に承気湯が用いられるようになった。元来,発汗法が主体であった陽明病治療が,承気湯下法に変化し,結果として「太陽病(表)→少陽病(半表半裏)→陽明病(裏)」という,宋以前とは異なる認識が出現したのだという。
 牧⻆氏は,『宋板』三陰三陽篇は,『素問』熱論流の「陽病発汗・陰病下法」に,陽病の下法,陰病の温裏法などが入り交じった「ハイブリッド傷寒論」と考えるのが妥当だと指摘する。宋以前の傷寒治療(陽病発汗・陰病吐下)を守備範囲に加え,『宋板』およびその後発本の特殊性を理解することによって,さらに広範で精緻な臨床運用が展開される可能性が示唆されると述べた。
さらに講演では,不治の病とされる「乳石発動」(鍾乳石・石英などの服用による副作用)への対応が記載される『外台秘要』の条文を取り上げ,宋以前の文献(『新雕孫真人千金方』『太平聖恵方』『千金翼方』『医心方』など)と,宋改以降の文献である『聖済総録』の条文をそれぞれ比較検討することで,『外台秘要』が宋改において大きく書き換えられたことを指摘した。



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写真② 台湾から招かれた林伯欣氏(中国医薬大学)は,「『弁証論治』その概念の再認識および未来展望」と題して講演。中医学の柱である「弁証論治」とは何かを改めて示し,その意義を述べた。核心は病因病機にあり,臨床では患者の身の上に起こった病因病機をイメージする能力がなければならないと強調する。


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写真③ 毫火針を披露する劉恩明氏(香港中国中医特色療法研究院)。毫火針のルーツは『黄帝内経』の火針であるが,劉氏は,直径0.25~0.35mmの3種,針長10mm~45mmの7種の毫火針を考案し規格化している。艾の代わりに針によって皮膚の中に直接熱エネルギーを送り込むもので,本質は「内灸法」だという。疼痛・潰瘍・腫脹・水腫・痙攣・萎縮などの病態を改善させる。

 会頭講演ならびに『傷寒論』のシンポジウムを通して,宋以前に著されたとされる文献であっても,宋改を経ていれば,その内容が大きく書き換えられている可能性が高く,古典文献を取り扱う際には注意を払う必要があることを強く感じた。
 その他,本大会では,「中西医結合の最前線」と題したシンポジウムも開かれ,「中医学と免疫学」(高橋秀実),「世界の統合医療の現状と動向」(小野直哉),「中医学とAI」(酒谷薫)などの演題を通して,中医学と最新科学を融合した最新の知見について知ることができた。
また,1つの症例を3人のコメンテーター(梁哲成・郷家明子・藤田康介)が独自の角度からそれぞれ弁証して,討論を深める「あなたの症例を名医が解く」(座長:岸奈治郎)というセッションも行われ,病態認識の奥深さを学ぶことができた。治療者の経験や背景の違いによって,治療に至るルートはまさに三人三様。しかし中医学という共通の言語を通せば,学術討論を深めることができる。中医学を学ぶ意義に改めて気付かせてくれた取り組みであった。
 来年は区切りとなる記念すべき「10回大会」(会頭:酒谷薫)である。2020年11月22日・23日に東京大学の柏の葉キャンパスで予定されている。ぜひいまから予定を押さえておいていただきたい。(文責:編集部)



中医臨床 通巻159号(Vol.40-No.4)特集/脾胃の調理を再考する

『中医臨床』通巻159号(Vol.40-No.4)より転載


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