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日本中医学会設立の経緯について

 ――東洋学術出版社会長 山本勝司からのメッセージ
 
 
戸惑いの声
 昨年8月29日,日本中医学会の設立大会が成功裏に開催され,日本中医学会が正式に発足しました。しかし,経緯を知らされていない先生方にとっては,あまりにも突然のことで,相当戸惑われたと伺っています。降って湧いたように学会設立の話が伝わってき,どなたが中心なのかも見えず,中医学の臨床家ではない門外漢の西洋医学系の専門家が理事長に就かれているのを見て,不可解に思われたかたも多かったようです。また事務的な不慣れから学会設立の事前の根回しもなく,情報が行き届かなかったことも,戸惑いを強めたようでした。
 この経緯については,当初から関与してきました私,東洋学術出版社会長の山本勝司から,差し出がましいことですが,ご説明をさせていただきたいと存じます。また,拙文で当社と日本中医学会との関係についても,ご理解いただけるものと思います。
 
酒谷薫理事長について
 まずはじめに,日本中医学会の理事長を担任されている酒谷薫先生について,ご紹介いたします。
 酒谷薫先生は,日本大学医学部脳神経外科・光量子脳工学分野・先端医学系応用システム神経科学分野の教授です。現在日中医学協会の常任理事をも担当されています。
 酒谷先生は,もともと中医学とは無縁の先生でした。中医学と始めて出会われたのは,北京中日友好医院(日本政府がODAとして中国に無償提供)へ,脳外科の専門家として中国人医師を指導するために,6年間にわたって赴任されたときでした。
 同病院でご自身が担当されていた難病患者の症状が改善してゆくのを目の当たりにされて,酒谷先生は大いに驚き,患者たちに「どうしてそんなによくなったのだ?」と質問されたところ,中医治療のお陰だと答えたといいます。それから酒谷先生は,“中医とは何ぞや?”という疑問をおもちになり,それらの患者たちに中医治療を行っていた中医師たちに会い,中医学というものについてはじめて話を聞かれました。それいらい,西洋医学ではお弟子さんであったその中医師たちから,逆に中医学を本格的に教授してもらったといいます。
 

酒谷先生は,北京でのこの劇的な中医との出会いについて,ご自身の著書『なぜ中国医学は難病を治せるのか』(PHP研究所刊)に詳しく書かれています。同書は,最近,『日本中医学会雑誌』のコーナーで電子版の形で掲載されましたので,ぜひご覧いただきたいと思います。

☞『日本中医学会雑誌』コーナー


 
 同書をご覧いただければ,酒谷薫先生が中医とどのように出会われ,いかに中医学の世界観と臨床的威力に惹きつけられていったのか,先生の中医学への認識の遍歴をつぶさに見ることができます。この点では,中医学に魅了されてきたすべての中医学派の先生がたと,共通の感情をおもちであることが明らかになると思います。
 
 私が本書をたまたま書店で見かけて購入し,一気に読了して,たいへん感動し,ただちに酒谷先生にインタビューを申し込んだのが,10年前のことでした。それ以来,酒谷先生は,多くの人々にこの医学を知ってもらいたい,この医学に光を与えたい,そのために自分になにができるのか,いつも自問されておりました。
 あるとき先生は,「日本にはなぜ中医学会がないのですか」と質問されました。これだけの学問であるのに学会がないことを不思議に思われたのでしょう。わたしからは,「本来学会は絶対に必要なのですが,30年来そういう動きは臨床家の先生方の間からは生まれてきませんでした。自分たちで勉強をし,臨床力を高め合う小さな研究会はたくさんでき,活発な活動がされていますが,学会を作るなどという,ものすごい精力を吸い取られる大事業には興味をもたれないのでしょう」と答えましたら,酒谷先生は「では,私がお手伝いをしましょうか」とおっしゃったのです。以来数年の準備期間を経て,ようやく昨年に日本中医学会が正式に設立されました。まさか実現するとは思いもよらなかった日本の学会組織が,見事に誕生しました。これはひとえに酒谷先生の指導力,行動力,そして謙虚なお人柄によるものでしょう。大きな物事を推進するときは,このような全体を引っ張り突破する能力と勢いが必要です。日本の中医学派にとって,酒谷薫先生という貴重なリーダーを得たことを喜ばずにおれません。
 
盤石の体制が完成
 もちろん,学会成立までには多くの底辺の活動がありました。
 この学会の前身である「日本中医学大交流会」は7年にわたって活動を継続してきました。そこでは浅川要先生,兵頭明先生たち鍼灸関係の先生がたを中心に,学会設立を目指した地道な活動が行われてきていました。そこへ酒谷薫先生,安井廣迪先生,平馬直樹先生が加わって,全国規模の学会設立の活動が推進されたのです。これまでの鍼灸系中心の組織ではなく,医系と薬系を加えて総合的な中医学会が設立されたわけです。
 医系では,安井廣迪先生と平馬直樹先生が学術的な中心におられ,しっかりと日本の中医学の学術レベルの向上を目指されています。平馬直樹先生が学会長を勤めておられます。
 薬系では,猪越恭也先生という大御所をトップに得,山岡聡文先生にもご参加いただくことができました。
 それに,胡栄先生,路京華先生,戴昭宇先生,王暁明先生ら,優秀な在日中国人中医師がたくさん顔をそろえてくださっています。全国組織として盤石の体制ができたといえましょう。
 
学会に期待するもの
 日本の中医学派も現在ひとつの転機を迎えていると思われます。
 30年余にわたって中国から現代中医学を導入し,これを実践して,貴重な臨床経験を積み上げてきました。高度な学識と臨床力をお持ちの先生がたがたくさんおられ,多くの患者の病苦を救ってこられました。しかし,現代中医学という見事な医学体系を学び取ったにもかかわらず,それを十分に医療現場で生かし切れず,ジレンマに陥っている先生がたもいらっしゃいます。臨床教育の場がない日本ではやむを得ないことですが,学会ができた以上,ぜひとも先生がたの悩みを共有し,解決してゆける組織に育っていってほしいものです。
 
 1.漢方エキス製剤
 なによりも,制度上の問題があります。生薬が扱いづらく,漢方エキス製剤という道具しか使えない環境のもとで,中医としての決定的な打開の道がまだ見えていないように思えます。エキス製剤を有効に活用する方法論が確立できず,逆にエキス製剤に手足を縛られるという閉塞状態がいまだに解決されていません。漢方エキス製剤に対して中医学派としてどう対応すべきなのか,どうすればエキス製剤運用において主導性を発揮してゆけるのか,ぜひ医系の先生がたが総力を挙げて討論し,解決の道を探っていただきたいものです。
 学会ともなれば,政財官とも連携することによって,これまで考えられなかった難しい問題も解決できる条件が生まれてくるはずです。中国は単味生薬のエキス製剤を世界的に普及させるために動いています。また,アメリカFDAで「複方丹参滴丸」がⅡ相臨床試験を通過し,「通心絡」も近くⅡ相臨床試験を通過するといわれます。その日本への導入もそう遠くはないと思われます。
 
 2.中医弁証論治の体系
 今日の弁証論治の体系は,1955年に任応秋先生が伝統中医学を総括したうえで,初めて提起され,長年の討議のうえ現代中医学の理論と臨床の柱として位置づけられることになりました。これは新中国になって,大量の中医師を養成しなくてはならないという,マス教育時代の必要に応じて提起された医学体系の整頓であり,標準化作業でありました。この弁証論治の体系は,複雑で多様性に富んだ伝統中医学を見事に集約して,整った一大体系に仕上げました。伝統中医学の価値と威力を飛躍的に発展させた体系であり,日本の中医学を目指す先生がたが心躍らせて学んできた学問です。
 しかし,この体系は完成された固定的な体系ではありません。たえず現実と実践のなかで試練を受け,持続的に発展する進行形の学問です。中国で過去に大流行をみた日本脳炎やB型肝炎,エイズ,SARS,さらには糖尿病,ガン,アトピー性皮膚炎,心疾患,肺疾患,肝疾患,腎疾患,血液疾患をはじめ数多くの難治性疾患,そして慢性疾患から老人性疾患……,様々な新しい疾患に直面するなかで中医学の治療能力が磨かれてきました。それでも臨床との乖離があると,たえず「弁証論治の限界性」とか「弁証論治の困惑」といった非難が起こり,理論体系のより高い進歩が求められます。また,社会的政治的要因によって,中医学が医療現場から遠ざけられることもたびたびありました。西洋医学からの圧力は,中医学の価値を再認識するための肥やしとなり力となって,よりたくましく育ってきています。つまり,中医学は,これからも進化を続ける生きた学問だということです。
 西洋医学が高度に発達した環境のもとで,日本の中医学派は,すでに30年の実践を踏まえて,十分に中医弁証論治の体系の進化発展に寄与できる体力を作ってきたと思います。いまこそ,日中の専門家が向き合って真摯に経験交流と議論を行い,弁証論治の体系をより臨床に密着した,より有効な体系にしあげてゆくべきときがきていると思います。
 
 3.グローバル化する中医学
 これまで,日本の先生がたは,世界の動向とはほぼ無縁に中医学を勉強してこられましたが,世界ではわれわれの想像以上のスピードと規模で中医学の国際化が進行しています。それに合わせて,さまざまな問題も発生しています。ISO問題もそのひとつですが,これにどう対処してゆくべきなのか,日本の対策が求められています。国際問題への対応は,日本中医学会のやるべき大きな仕事となります。
 
 いま,日本における中医学が直面している課題が明確になってきました。これまでの研究会レベルでは解決できない,難しく大きな課題です。ぜひ中医学を学ぶすべての先生がたが,この学会組織に参加されて,役割を果たしてくださることを願っております。
 人材も整い,期待と機運も盛り上がっています。日本中医学会は発展の絶好のチャンスを迎えています。
 日本中医学会の生気あふれる活躍を期待いたします。
 

東洋学術出版社会長 山本 勝司
2011年2月


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