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通巻116号(Vol.30 No.1)◇インタビュー



 現在,中国では莫大な資金を投入して,自然・社会科学分野の基礎研究に力を入れている。そのなかには中医学に関する研究も含まれ,その成果が気になるところだ。
 また中医学の教育においては,真に臨床力のある人材を養成するにはどうすればよいのか,さまざまな教育方法が試みられている。
 今回,中国における技術分野の最高研究機関である中国工程院の院士であり,中医師養成の教育機関・天津中医薬大学の学長という立場にある張伯礼教授に,大局的な視点から中医学の基礎研究の動向と教育問題についてお話いただいた。
【聞き手:編集部】

張伯礼教授

◇張伯礼教授のプロフィール
1948年生まれ。1982年天津中医学院卒業(医学修士)。天津中医薬大学学長,教授,博士課程指導教官,中国工程院院士。心脳血管疾患の中医治療と,中医薬現代化の基礎研究に従事。中医理論を継承し,現代科学の方法を積極的に取り入れ,血管性認知症・脳卒中・血液の過粘稠度症,および神経細胞に対する中医薬の保護作用を研究する。張教授は現代工学技術を積極的に取り入れ,中医工程研究所を創設。舌診の客観化・証候の規範化の研究を系統的に推し進めた。国家の第7~10回までの各5カ年計画の科学技術関係の5項目,973計画の2項目,863計画の2項目のほか,数多くの国家レベルの研究課題を担当。現代科学技術の理論と方法を用いて中医薬学を研究し,数多くの重要な成果を上げている。



中医学の発展―この50年を振り返って
 この50年,中医学は非常に発展しました。中医学と西洋医学がお互いに足りない部分を補い合いながら進んでいるところが非常に大きな変化です。ただし両者は補い合ってはいますが,お互いに取って代わることはできません。
 中医学と西洋医学は人体を診るという目的は共通していますが,その見方と方法が異なっています。現在の病気は人々のライフスタイルの変化に伴った病気に変わりつつあります。このような病気に対しては,さまざまな角度から,いろいろな方法によって治療していくことが必要です。中医学には長い歴史があり,たくさんの治療方法があり,非常に高い効果があります。
 世界の医学界が中医学に注目していることもあって,中医学の発展速度は非常に速いです。しかし中国は経済的にめざましい発展を遂げてはいるものの,医薬に関しては解決しなければならない大きな問題があります。医療は,方法が簡単で,値段が安く,一般の人たちに受け入れられるサービスを提供することが大切です。特に中国の農村部ではこうした医療が必要とされています。1960年代,中国の農村では「はだしの医者」が医療活動にあたっていましたが,今後,政府は農村に配慮した医療政策を取る必要があるでしょう。
 現在,中国では西洋医学を導入していますが,西洋医学ですべての病気を解決できるわけではありません。中医学と西洋医学の両方で,お互いに足りないところを補い合いながら治療していくことが,現在の最も優れた方法であり,中国の国民にとって受け入れられやすい医療です。
 50年という長いスパンでみると中医学はかなりの発展を遂げました。現在では各省に中医薬大学(学院)がありますし,病院のなかにも中医科が設置されています。教育面でも非常に発展しています。中医学を学ぶ学生は全国で11万人おり,中医学の研究を行う人たちも年々増加しています。そうした発展は中国に限らず世界規模で進んでいます。

国家レベルで強力に推進される中医基礎研究
 現在,中国では国家レベルで自然・社会分野における基礎研究を強化しようとしています。「国家重点基礎研究発展計画」,いわゆる「973計画」です。これは,1997年に召集された国家科学技術部の第3回会議で決定されたことから「973計画」と呼ばれています。対象となるのは,農業・エネルギー・情報・資源環境・人口と健康・新材料に関する基礎研究です。私たちはこのうちの健康課題を担当しています。私が最初に行ったのは方剤に関する基礎研究です(1999年の973項目「方剤関鍵科学問題的基礎研究」)。ここでは,複方丹参方*における薬効物質と作用機序について研究しました。「方剤配伍規律研究」(2005年)では,現代医学の機器などを用いて中医の方剤がどのように作用するのかを現代医学の観点から研究しています。
 こうした研究ではすでに成果が上がっており,現在,中医学の研究に対して1年につき6,000万元(日本円で約8億円)が国庫から拠出されています。973計画は中医薬の基礎分野において非常に大きな貢献を果たしているのです()。

複方丹参方:丹参・三七・氷片の3味からなる。1975年より上海中薬二廠で研究が始まり,1977年開発に成功し生産されるようになった。活血化瘀・理気止痛の効果を有し,冠動脈疾患・狭心症・胸悶などの治療に用いられる。


表 973計画で実施されている中医学関係の基礎研究(一部)
http://www.973.gov.cn/AreaItem.aspx?fid=05にもとづき編集部で作成)
項目(年度)と各課題 担当者(所属)
証候規範及其与疾病,方剤相関的基礎研究(2004)
 ・証候規範与弁証方法体系的研究 王慶国(北京中医薬大学)ほか
  ほか6課題
絡病学説与針灸理論的基礎研究(2005)
 ・絡病与血管病変相関性研究及治療対策 呉以嶺(河北以嶺医薬研究院)
  ほか7課題
方剤配伍規律研究(2005)
 ・中薬組分配伍作用模式的基礎研究 張伯礼(天津中医薬大学)
   ほか5課題
中医基礎理論整理与創新研究(2005)
 ・中医五臓相関理論継承与創新研究 徐志偉(広州中医薬大学)
   ほか5課題
基于臨床的経穴特異性基礎研究(2006)
 ・経穴効応特異性基本規律及生物信息基礎研究 梁繁榮(成都中医薬大学)
 ・経穴特異性効応及其関鍵影響因素研究―基于醒脳開竅針刺治療脳梗死的研究  石学敏(天津中医薬大学第一付属医院)
  ほか7課題
中医弁証論治療効評价方法基礎理論研究(2006)
 ・弁証論治臨床評价基礎原理,方法和技術平台研究 劉保延(中国中医科学院)
  ほか4課題
中薬薬性理論継承与創新研究(2006)
 ・中薬薬性成因研究 黄璐琦(中国中医科学院)
  ほか7課題
中医病因病機的理論継承与創新研究(2006)
 ・肝硬化「虚損生積」的中医病因学研究 劉平(上海中医薬大学)
 ・心血管血栓性疾病「瘀」「毒」病因学的系統研究 陳可冀(中国中医科学院)
  ほか7課題
基于臨床的針麻鎮痛的基礎研究(2007)
 ・針麻鎮痛中高級中枢痛覚信息調制回路的作用 万有(北京大学)
   ほか6課題
中薬薬性理論相関基礎問題研究(2007)
 ・基于四性的中薬性-効-物質関系研究 王振国(山東中医薬大学)
  ほか7課題
基于中医特色療法的理論基礎研究(2007)
 ・中医特異性手法治療脊柱病「経筋」和「骨錯縫」理論基礎研究
 房敏(上海中医薬大学)
  ほか4課題


経典を読み,臨床経験を積み重ねることが大切
 50年以前の中医学の教育というのは師が弟子を取る徒弟制による伝承でした。徒弟制にはメリットとデメリットの両方があります。メリットは師につくことによってさまざまな臨床経験を積むことができ,師の経験を目の当たりにして勉強することができることです。デメリットは1人の師につくことで他の先生の経験に触れることができず,系統的な教育を受けることができないことです。また1人の師につくことができるのはせいぜい数人程度ですから育成できる人数も制限されてきます。
 大局的にみて現在の中医学教育はうまくいっているといえるでしょう。現在の教育方法は1人の生徒がさまざまな先生の意見を聞いたり,その経験を目の当たりにすることができます。ただし1人の先生につける時間が制限されてしまうのが欠点の一つです。
 ここ数年,全国的に中医学教育の質は向上してきているのですが,問題も起きています。その一つは,現在の学生は中医学の思考方法があまり身についていないということです。中医学を勉強しながらも西洋医学の方に目が向いていて,中医学が西洋医学化している恐れがあります。中医学の優れた面は,全体をみるという整体観があることですが,西洋医学のように臓器別にフォーカスしてしまってはこの中医学の優位性を発揮することができません。また,現在は中医学を学ぶ学生が増えてきたため,以前よりも臨床現場に立って自ら経験を積む機会が減ってきているのも問題です。
 中医学の教育上最も大きな問題は,広い視野に立って中医学をみることができず,思考が狭くなっていることです。ですから,中医学の思考法をどのように広げてゆくのかということが課題です。症例を取り上げ,病因が何かということを含め,舌診や脈診など四診による弁証論治の思考を深め,中医学の思考法をもう少しレベルアップできるように力を入れています。
 臨床面でも以前は3年生から病院実習の機会を与えていたのですが,現在は2年生から始めて,極力先生と一緒にさまざまな実地経験を積むよう方向転換をはかっています。自分の手を動かしてしっかりと経験を身につけることができ,臨床力を強化するには非常に効果のある方法です。
 さらに学校教育にも師弟教育が取り入れられつつあります。以前にはなかったのですが,現在は5年生の時に指導教官を決めて,その先生について学んでいます。また研究生の臨床においても老中医やその他の経験のある指導教官について研鑚を深めさせているところです。
 現在,私が提唱しているのは,よりたくさんの経典を読むことと,より多くの臨床経験を積むことです。そこで,医師として10年以上のキャリアを積んだ人をもう一度再養成する,「老中医について学ぶ徒弟制」を行っています。こうした経験を積むことで,臨床能力や医師能力のレベルアップにつながります。
 現在,大学の中医系課程における中医学と西洋医学の科目の比率は7対3です。現在の中国では西洋医学を知らずに治療はできませんので西洋医学の知識は必須です。中医学の思考方法を身につけるだけでなく,できるだけ多くの西洋医学の知識を吸収することは悪いことではありません。西洋医学の検査を,中医学だから,西洋医学だからといって分けるものではありません。中医学には望聞問切の四診がありますから,臨床にあたってはそれと併せて考えるべきです。

中医学独自の評価基準と評価方法を確立
 中医学には必ず臨床的な効果があります。そうでなければ中医学の存在価値はありません。西洋医学にしても然り,薬物にしても然りで,効果があるから存在するのです。問題となるのは評価基準と評価方法です。中医学的にみれば効果があっても,西洋医学的にみれば効果がないという矛盾がなぜ起きるのかといえば,それは研究方法が異なっているからです。西洋医学からみれば中医学の研究は厳密性に欠け,科学的でないとしてなかなか認められません。統計も方法が完璧でない,レベルが高くないということで受け入れられません。私たちもこうした問題を非常に重くみています。
 西洋医学と中医学の評価基準は異なっています。例えば狭心症患者の場合,中薬を飲んで胸の痛みが取れても,西洋医学では心電図をみてそれが改善されていなければ効果があるとは認められません。患者は実際に胸の痛みがなくなっているにもかかわらずです。がんを例にすると,西洋医学では腫瘍のサイズが小さくならなければ効果があるとは認められません。中医学ではがんに伴う痛みが治まり,QOLが改善するだけでも効果があったとみなします。西洋医学と中医学の隔たりはこのようにたいへん大きなものがありますから,私は研究テーマの一つとして,中医学独自の治療標準・診断標準を定めて,それによって研究を進めていこうとしているところです。
 冠動脈疾患・高血圧・糖尿病などのいわゆる生活習慣病や,加齢に伴う臓腑機能の衰えによって引き起こされる病気に対して,中医薬は非常に大きな効果を発揮できます。西洋医学では生活習慣病や老人性の疾患に対して顕著な効果を上げることのできる方法があまりないのですが,中医学と合わせることによって患者のQOLを高めたり,臨床効果を上げることができますから,両方をうまく使って治療をすることに目を向けています。
 日本と中国は同じ東アジアということもあり共通する部分も多いです。今後,情報交換を緊密にして,よい関係で仕事を進めていきたいと思います。
(取材:2008年11月3日・天津)


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