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通巻149号(Vol.38-No.2)◇【リポート】髙山宏世先生講演会

REPORT
髙山宏世先生講演会

『金匱要略』をもっと読もう―
 『金匱』の魅力と処方の活かし方


(編集部)
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『傷寒論』と『金匱要略』は『傷寒・金匱』と並び称せられ,いずれも漢方を学ぶ者の必読書だとされ,『傷寒論』を縦糸に『金匱要略』を横糸にして学ばなければならないといわれる。わが国でも江戸時代以降,日本の漢方は張仲景の医方を基礎として発展してきた。しかし現状では『金匱要略』は『傷寒論』ほど読まれていない。医療現場で活用される148ある医療用漢方製剤のうち『金匱要略』を出典とする方剤は48種類(金匱のみ29処方・傷寒論との重複19処方)もあるが,多くは処方の運用にとどまり,原典にまで触れる機会は少ない。今年3月,そんな『金匱要略』の原典の内容と魅力を紹介する講演会が開催されたので報告する。



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 2017年3月12日,都内にある「主婦会館プラザエフ」に105名の参加者が集い,髙山宏世先生の講演会が開催された(共催:東洋学術出版社・株式会社ツムラ)。『金匱要略』の原典の内容とその魅力を紹介するもので,大きく2部構成となっており,第1部では髙山先生の講演,続く第2部では大分県から織部和宏先生を招いて髙山先生との公開対談が開かれた。日本で著名な2人の漢方家による初の公開対談が実現し,始まる前から期待で胸が高鳴った。
 髙山先生といえば,真っ赤な表紙が印象的な『腹証図解 漢方常用処方解説』(通称『赤本』)の著者として知られる。漢方医学書のベストセラーの1つで,保険適用のエキス剤126処方を薬効別に収載し,見開きで方意・診断のポイント・処方の特性などをコンパクトにまとめたものである。特に処方の特徴をよく表した腹証図がユニークで,漢方を実践する医師の座右の書として手元に置いている先生も多いはずだ。
 その髙山先生が2008年に『傷寒論を読もう』を,さらに2016年にその姉妹篇として『金匱要略も読もう』を上梓した(ともに東洋学術出版社刊)。『傷寒・金匱』は漢方医学の原点であり,日本,中国を問わず,歴代の医家によって数多くの注釈本が著され,深くそして広く研究されてきた。日本では明治になるまで漢籍をたしなむのは知識人にとって当たり前のことであったが,現代では一部の研究者を除いて漢籍を苦にせず読める者は少なくなった。いつしか,漢方医学のバイブル『傷寒・金匱』でさえ原書に親しむには高い壁が生じていた。髙山先生の両書はその壁を乗り越えるための手引き書として刊行されたものである。
 『傷寒論』は刻々と変化する病に対していかに対応するかという視点で書かれており,おもに外感病に対する弁証論治について論述されているのに対し,『金匱要略』は「病を以て篇を分かつ」といわれる通り,疾病別の分類によって編纂され,おもに雑病に対する弁証論治について論述されている。両者はもともと一体のものであり,根底に流れる弁証論治の思想は共通しているが,異なる視点から編集されているため,両者はともに学ばなければならない。『傷寒論』を縦糸に『金匱要略』を横糸にして学ばなければならないとされるのもそれゆえである。
 講演会の第1部では髙山先生が,『金匱要略』の成り立ち,『傷寒論』との比較,なぜ読む必要があるのか,『金匱要略』の特徴と内容について1時間にわたって講演した。『金匱要略』を理解するうえでは北宋時代に大幅な編集の手が加わって誕生したことを押さえておく必要がある。そのことが「『金匱要略』は張仲景の原典を忠実に再現していない」という評価にもつながるが,その一方で新しい時代に即して改変されたことで現代でも通用する価値をもつものになったからである。ここでは講演内容の概略をリポートする。
 第2部では中医学と日本漢方を熟知する織部先生と髙山先生の公開対談が行われた。織部先生はわかりやすい『金匱要略』の解説書が少ないなかで,髙山先生の著書は最もわかりやすいと述べ,1時間半に及ぶ公開対談の口火を切った。ここでは会場の臨場感を再現して対話形式のまま掲載する。




講演
「『金匱要略』をもっと読もう」
髙山宏世



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『金匱要略』の成り立ち

 『金匱要略』の起源は『傷寒論』とともに後漢末の張仲景が著したとされる『傷寒雑病論』十六巻だとされる。後世,傷寒(急性発熱性疾患)を扱った部分が『傷寒論』,雑病を扱った部分が『金匱要略』になったといわれている。ただ『傷寒雑病論』の原書は早くに失われ,その内容はいくつかの写本や注釈書の形でバラバラに流布・伝承されてきた。
 現在私たちが目にする『金匱要略』は,北宋時代に国家事業として『傷寒雑病論』を再編出版した宋版によって誕生したものが直接のルーツである(編集部注:現存するのは,宋版『金匱要略』にもとづき刊行された元~明代の版本に由来するものである)
 宋版『金匱要略』が刊行された経緯は校訂を行った高保衡・孫奇・林億らの序文に記されている。それによると,北宋時代には『傷寒論』十巻が伝わっているだけで,雑病の部分が伝わっていなかったが,翰林学士の王洙が北宋政府の図書館で虫食い状態の『金匱玉函要略方』三巻を発見。この書を校訂するにあたり,上巻の傷寒部分はすでに『傷寒論』を校行済みだったため削除し,中・下2巻を編集・整理し,全3巻25篇,計262方の書として刊行したという。髙山先生は「林億らが思い切った編集の手を加えたことで,『金匱要略』の内容が分類・整理されて読みやすく,理解しやすい書物になった」と指摘する。

『金匱要略』と『傷寒論』を比べると

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 『傷寒論』は万病を外感病の1つ傷寒で代表させ,発病から最終段階までを経時的に論述し,三陰三陽(太陽・陽明・少陽・太陰・少陰・厥陰)の六経に分類して,病の進行・変転を陽病から陰病へとダイナミックに捉えている。それに対し『金匱要略』は,雑病(傷寒以外の病のすべて)を取り上げ,外感病も内傷病もすべて並列に取り扱い,病を俯瞰的に整理して,病ごとに臓腑・経絡に分け,気血水を弁証して表裏・寒熱・虚実の病性を明らかにして論治している。
 原典の継承にも違いがあり,「『傷寒論』は原典を比較的忠実に継承・保存されているのに対し,『金匱要略』は原典が散逸し,唐宋時代の医学も取り入れて大胆に編集されている。このことによって,『金匱要略』は張仲景の原書を忠実に再現してないので価値がないという評価と,新しい時代に即して改変されたことで現代でも通用する価値をもつものになったという評価に2分される」という。

なぜ『金匱要略』も必要か?

 髙山先生は講演のなかで,「『傷寒論』は,動の視点に立ち,傷寒という1つの代表的な病を取って病はどのように発生し,どのような進行の過程をとって症状はどのように変化し,病変部位はどう移り変わり,経過はどのように分岐し,どのような終末を迎えるか。そして病の各時期ではどのような対策や処置を講ずるべきかなどを,順を追って論述している。つまり『傷寒論』を読めば,病の概念・一般法則・治療や予防の方法の基礎を知ることができる。一方の『金匱要略』は,静の立場から,数多くの病を分類・整理して,個々の病の診断や治療の具体的な方法を互いに対比しながら提示しており,『傷寒論』よりも実際的な有用性は高い」と指摘する。そのうえで『傷寒論』を縦糸に,『金匱要略』を横糸として,必ず両方の視点と知識を習得しておかないと漢方の臨床では実用にならないと強調する。

傷寒六経は臓腑経絡弁証にも応用できる

 傷寒六経の病位は,太陽病は表,陽明病は裏,少陽病は半表半裏,三陰病はすべて裏証と位置付けられており,三陽病は六腑と陽経脈,三陰病は五臓と陰経脈と連携しているため,六経弁証を行うことで,その病の臓腑経絡を定位することができるという。一方『金匱要略』は臓腑経絡で分け気血津液を分析していくという弁証論治を行うため,この部分で両者は結びつき,矛盾なく両方を活用できると述べる。
 また傷寒六経で用いられる基本処方で,エキス剤にあるものを抜き出して分類してみると,『金匱要略』と重複している処方が多いことがわかる。そのことからも髙山先生は「『傷寒論』と『金匱要略』を統一して理解しないと,臨床的に不十分なものになる」と指摘する。

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金匱要略の弁証

 『金匱要略』の弁証は,まず五臓六腑・経絡・器官のどこの病気であるかを大別し(臓腑弁証),次に気・血・津液のなにがどのように異常なのかを見ていき(気血津液弁証),病の陰陽,表裏(部位),虚実・寒熱という属性(病気の性質)を判断していく。これは現在の八綱弁証に近い形であり,①定位→②定性→③総括という手順になる。
 そして総括したものに対して,表のものは発散し,裏のものは吐かすか下すか,寒のものは温め,熱のものは冷やし,虚は補い,実は瀉すという『内経』の治法にもとづいて随証施治していく。
 髙山先生は「臨床書としての『金匱要略』はこのように医学の思想として,1つの系統立てた論述がなされており,この点が,単なる症状対応の処方集とは違った点である」と指摘する。そのため「中医学や『内経』理論を理解していないとなかなか理解できない面もあるけれど,逆に『金匱要略』を学べば,伝統医学の理論体系が自然にわかってくるような仕組みになっている」とも述べた。
 また『傷寒論』の三陰三陽の構成から,『金匱要略』において臓腑経絡ごとに篇を分けていく論の立て方になっている点に,医学思想の発展・変化をみることができるという。

『金匱要略』は五行理論を主柱に構成

 陰陽・五行は,現代において漢方医学を敬遠させる要因の1つであるが,髙山先生は「医学における陰陽・五行とは2進法と5進法による分類法に過ぎない」と強調する。陰陽と五行は古代に誕生した中国思想の根幹を成すものであり,哲学思想としてだけでなく中国のあらゆる文化や思想,学術に影響を与えたものである。医学も大きな影響を受けているが,「深く研究する場合は別ですが,臨床に応用していく場合の陰陽五行説は,ただの分類法だと割り切っていただきたい」と述べる。「2進法と5進法を組み合わせていくことは,物事の分類・整理法として非常に優れた点がある」という。
 またその5進法は「木・火・土・金・水」の5つの属性によって分けられており,ややこしい部分ではあるけれども優れた点でもあるという。この5つの属性に従って五臓を中心に腑や諸器官もすべて五行で分類していく。同じ属性のもの同士は同列上に配列され,臓腑や器官相互間の生理現象や病理変化は,五行の相互支援である相生と相互制約の相克の理論で関係付けて説明・処理されている。
 『傷寒論』は陰陽理論を中心に弁証論治されているが,『金匱要略』は五行理論を主柱に構成されており,その考え方は『金匱要略』の構成や内容に色濃く反映されているという。

気・血・津液の病変

 臓腑・経絡に分類したら,気・血・津液(水)の病変にそれぞれ分けていく。(篇名の丸数字は篇番号)
気の病変には,虚証の気虚・気陥と実証の気滞・気逆があり,五臓の気虚や血虚に関しては「⑥血痹・虚労病」,肺気の虚実は「⑦肺痿・肺癰・欬嗽上気病」,脾胃の気虚および気滞については「⑩腹満・寒疝・宿食病」「⑰嘔吐・噦・下利病」,気の異常は「⑳婦人雑病」などの諸篇でも論じられている。
 血の病変には,虚証の血虚と実証の瘀血があり,血虚の証は「⑥血痹・虚労病」「㉒婦人雑病」などで論じられ,「⑯驚悸・吐衄下血・胸満・瘀血病」では瘀血による出血をはじめ諸種の病証を論じ,⑳~㉒の婦人病の篇も瘀血の諸病を載せている。
 体液の異常は津液の不足(虚証)である陰虚と,水液の過剰・停滞(実証)である痰飲病・水気病などなどがあり,「②痓・湿・暍病」の痓病,「③百合・狐惑・陰陽毒」の百合病,「⑦肺痿・肺癰・欬嗽上気病」の肺痿は心肺の陰虚内熱,「⑬消渇・小便利・淋病」の消渇などは陰虚証による津液不足の病である。痰飲(水気)証は『金匱要略』ではさまざまな病の原因として重視されており,「②痓・湿・暍病」の湿病,「⑫痰飲・欬嗽病」「⑭水気病」の3篇では中心テーマになっている。

『金匱要略』にみる同病異治

 『金匱要略』には本は虚証で,標に現れてきたものは実証という本虚標実のケースがたくさんある。たとえば「⑨胸痹・心痛病・短気篇」に,同じ胸痹に対して枳実薤白桂枝湯(枳実・厚朴・薤白・桂枝・栝楼仁)という通陽散結・行気去痰して胸痹の標治を行う処方と,人参湯(人参・白朮・甘草・乾姜)という補陽散寒・温中益気の働きで胸痹の原因になっている心と脾の陽虚を治す本治の処方とが出てくる。本病ははじめに胸陽不足という虚があり,それに陰寒の邪という実が重なって生じたもので,本虚標実あるいは因虚致実の証である。この場合,「急なれば標を治し,緩なれば本を治せ」として標治を先行させるか,「病を治すには必ず其の本を求めよ」の教えに従って本治を行うかの判断を迫られる。標治を優先するなら枳実薤白桂枝湯,本治を優先するなら人参湯となり,同じ病・同じ証候に対しても,状況や判断によっては同病異治でまったく異なった処方が起こり得るという





公開対談
「『金匱』処方の魅力と運用」
髙山宏世×織部和宏



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 織部和宏先生は,中医学をハルピンから日本に留学していた中国人医師から学び,さらに日本漢方,特に腹診を古方派の大家・山田光胤先生に師事して学んできた。中医学と日本漢方の両方を熟知する織部先生は,今回の対談相手としてまさにうってつけであった。
 織部先生は大塚敬節先生や奥田謙三先生の本で『傷寒論』を学び始めたという。その後浅田宗伯の『傷寒論識』やその師匠筋にあたる中西深斎の『傷寒論弁正』など日本漢方的な解釈のものを読んできた。一方の『金匱要略』はわかりやすいテキストが少ないという。はじめて納得がいったのが中医学の『金匱要略浅述』という本で,これは『内経』の側面から解説したものであった。
 そんな織部先生は「自分が読んだなかでは,髙山宏世先生の『金匱要略も読もう』が最もわかりやすい」と語る。ただし「しっかり理解するためには,中医学の知識もある程度必要だろう」と言い添える。髙山先生の『金匱要略も読もう』は条文ごとに丁寧な解説が施されているが,背景にある病態生理を中医学によって説明しているため,中医基礎理論の知識をもっていたほうが理解が進むだろうとのことであった。
 対談は『金匱要略』の第一篇から順を追って,織部先生から髙山先生に問いかけるようにして始まった。

臓腑経絡先後の病

織部:「臓腑経絡先後の病の脈証」が『金匱要略』の冒頭にもってこられているのには,なにか背景があるのでしょうか?
髙山:本篇を総論として冒頭にもってくることにより,本篇以下の臓腑経絡の病を論じた諸篇の内容が,『内経』医学の体系に沿って互いに密接に関連し合ったものであることを読者に印象付ける効果を期待したのでしょう。ここでは,一臓が病めば五行の相生相克により他の臓腑に伝変していくこと,未病を治すことが大切であることの2つの基本的な立場が強調されています。『金匱要略』は北宋時代に大幅な編集の手を経てできました。現代の編集技法に至る過渡期にある総論の書き方だと思えます。
織部:冒頭に五行の相生相克が出てきます。たとえば脾の病を診たら,これは肝が高ぶったために脾に影響が出ているためではないかと思いを馳せるうえでも,五行論は大切ですね。

痓・湿・暍病

織部:第二篇からが各論ですが,「痓・湿・暍病」篇を各論の最初にもってきたのはなぜでしょうか?
髙山:『傷寒論』では陽病から陰病へと進んでいきますが,『金匱要略』でも病は浅いところから深いところへ入っていくと認識されています。痓(けい)・湿・暍(えつ)の病はいずれも外邪によって発症する表証ですから最初にもってきて,次第に裏証を論じる構成になっています。
織部:中医学では風・寒・暑・湿・燥・火が外邪ですが,風寒の邪によって発症するのが痓病,湿邪によるのが湿病,暑邪や火邪によるのが暍病ですね。

百合・狐惑・陰陽毒病

織部:次が「百合・狐惑・陰陽毒病」篇ですけれども,百合病というのがどうもよくわかりません。
髙山:この部分は『金匱要略』では歯切れの悪い部分ですね。本態は口苦・小便が赤い・脈が微数などの証候から心・肺の陰虚内熱と考えられますが,肺癰病のような呼吸器症状ではなく,精神的な症状が現れています。しかもこの精神症状も心の症状とみられますが狐惑病や陰陽毒病のように臨床像がはっきりせず漠然としています。解説書を見ると「百脈一宗」,つまりすべての血脈を集め支配している肺と心の病とする説が有力ですが,潤肺止咳・清心安神の効能をもつ百合根が主治する病の総称とする説もあります。
織部:大塚敬節先生以下どの先生も,どうもここだけは歯切れが悪いですね。しかし,はっきりと篇を設けて書いてある以上,当時は割合によくみられた病態だったのでしょうかね。
髙山:狐惑病は現代のベーチェット病に似ているといわれますが,これも諸説あって,狐のように出没が定かでないからだという説は皆さんご存じだと思いますが,一種の寄生虫病だとする説もあります。
織部:ここで甘草瀉心湯(半夏・黄芩・乾姜・人参・甘草・大棗・黄連)が出てきます。江戸時代の医家・中神琴渓が,夢遊病で毎晩夜中に起き出して舞を踊る娘や,憑依妄想によって猫の仕草と鳴き声が止まらなくなった婦人に甘草瀉心湯を出して治した話があり,少なくとも中神琴渓は狐惑を狐に憑かれたようなものと解釈していたようです。私たちは甘草瀉心湯をよくアフタ性口内炎の頑固なものに使ったりしていますが,いろいろな解釈があるようですね。
髙山:中神琴渓のエピソードは顕著な例です。一方で甘草瀉心湯は実熱とはいえない虚熱に近いような全身性の熱証を取る働きもありますので,ますますどちらだろうかと首を捻らせられることになります。
織部:これなど完全に異病同治の例ですね。

瘧病

織部:次に瘧病が出てきます。
髙山:瘧病は寒熱往来して悪寒戦慄や発熱を伴う発作が間欠的に起こるのが特徴で,現代のマラリアと似ているようですが,『金匱要略』には病因が書かれておらず,臨床像とそれに対する治法を中心にしているようです。
織部:瘧病といえば,地球温暖化が進行する現代において,媒介する蚊が北上してくる可能性があります。このまま温暖化が進めば日本に上陸する可能性もあり,抗マラリア薬の耐性が強まっていることを考えれば,対症療法的に本篇が役立つかも知れませんね。

中風・歴節病

織部:次は「中風・歴節病」篇です。中風は現在の脳血管障害と理解してよろしいでしょうか?
髙山:そう思います。この中風は『傷寒論』でいう表証を呈する太陽病中風ではなく,正気が虚しているところに風邪を受けて発症した雑病の中風で,半身不随や口眼喎斜(顔面神経麻痺による歪み),言語障害や意識障害など神経学的症状を伴う脳血管障害です。
織部:処方がいくつか出てきていて,髙山先生は著書のなかで「虚寒証の中風に候氏黒散」と書かれています。浅田宗伯の『橘窓書影』には,幕末の川路聖謨が脳卒中のような症状で最初に尾台榕堂が診て傷寒として大柴胡湯を出して効果がなく,次に診た浅田宗伯が風によるものとして侯氏黒散を出して良くなったことが載っています。候氏黒散はどういうふうに使ったらよろしいのでしょうか?
髙山:候氏黒散(菊花・白朮・防風・細辛・茯苓・牡蛎・人参・礬石・当帰・乾姜・川芎・桂枝・黄芩・桔梗)は昔から内傷・雑病の中風で意識もおかしくなっているようなときに使っていたようです。中風の初期段階で引きつけて熱も高い実証のときには風引湯を使い,一歩進んで実から虚に移っていくようなときには候氏黒散を使い,気血ともに虚してしまうと古今録験続命湯が使われています。侯氏黒散は理中丸(人参・甘草・白朮・乾姜)から甘草を抜いて茯苓を入れた形で補虚し,四物湯(当帰・芍薬・川芎・地黄)の半分の当帰・川芎で血虚を補い,さらに冷えに対して桂枝・細辛,風証と考えて防風,熱に対して桔梗,発散剤として菊花・黄芩,精神症状に牡蛎,清熱に礬石が入っている処方で,寒熱錯雑した中風証に使われます。
織部:髙山先生も著書で症状の1つに「眩暈・ふらつき」をあげていらっしゃいますが,浅田宗伯も候氏黒散を使うポイントは「眩暈甚だしきものに効がある」と言っています。また宗伯の先輩の辻元松庵も「しばしばこの方を用いた」と言っており,江戸末期の元幕臣たちにはストレスが多く,この時期肝鬱の人が増えたといわれていますので,使うチャンスが結構あったのでしょうね。
髙山:侯氏黒散はエキス剤にないので,いまはお使いになる方は少ないと思いますが,エキス剤がない頃にはよく使われていた大事な処方で,私も三考塾で寺師睦宗先生から続命湯と候氏黒散はしっかりと習いました。
織部:侯氏黒散は礬石(明礬)が含まれていて使いにくいので,私は竜骨で代用しています。では風引湯はどうでしょう?
髙山:風引湯には竜骨と牡蛎の両方が入っていますが,竜骨と牡蛎は実熱が心から浮き出してきて精神症状を起こす実証に対しても,陽気が腎陰の制約を振り切って浮上してくる虚陽上浮によって精神症状を来す虚証に対しても,いずれも使うことができます。風引湯はいろいろな清熱剤と一緒に竜骨と牡蛎が使われており,陽気が外に漏れるのを掴んで引き下げる働きがあり,特に竜骨にその働きが顕著です。もちろん牡蛎にもその働きはあり,牡蛎は虚熱による精神状態や煩躁・口乾によく働きます。
織部:竜骨と牡蛎の使い分けは大切ですね。
 歴節病に出てくる桂芍知母湯を使うポイントは?
髙山:これも寒熱錯雑しているときに使うものですが,薬味が多いような気がして私はあまり使いません。ある程度症状が固定化した関節リウマチで,ときどき症状が出るというような人には使いますが,この処方を知り尽くして出している感じにはなりませんでした。
織部:変形性膝関節症に対し病名漢方的に防已黄耆湯がしばしば使用されますが,高齢者で気血が虚し上下の筋肉が瘦せ衰え,関節は瘦せずに鶴の膝のようになった膝関節痛(鶴膝風)の場合,防已黄耆湯を使うとただでさえ少ない水を抜いてしまうためかえって悪くなってしまいます。そんな病態に対しては体に栄養と潤いを与えながら関節の炎症も取る大防風湯を,さらに関節にだけ熱をもって炎症がある場合には桂芍知母湯を使っています。
髙山:一般のマニュアルには熱証であれば越婢加朮湯,表の虚証であれば防已黄耆湯と書いてありますが,水を抜いたことで悪化する人もいるわけですから,抗リウマチ剤を飲んだけれども胃の具合が悪かったりして続けられないような方には桂芍知母湯の適応でいいと思います。
織部:寒と湿がからんで痛いという場合はどうでしょうか?
髙山:そこに冷えがあれば烏頭湯です。ただ,附子剤も烏頭もおそるおそるではなく思い切って使わないと駄目なようです。
織部:それはよくわかるのですけれど,80歳くらいの高齢で心臓が悪い方が来られた場合,烏頭湯には麻黄と烏頭がありますから,寒と湿が原因とわかっていても使いにくいです。
髙山:その場合は桂枝加附子湯など。
織部:甘草附子湯とか。
髙山:表証だけのときは桂枝加附子湯で,表裏の証がともにある場合は甘草附子湯です。あと,芍薬の必要の有無をみて使い分けます。
織部:古今録験続命湯は医療用にありませんが,生薬の量は少ないもののOTCにはあります。
髙山:急性期では使ったことがありませんが,急性期を過ぎた脳卒中の後遺症には使っていました。
織部:私のクリニックから車で10分くらいの所に,脳神経科病院があるのですが,麻痺で当院に駆け込んで来られた患者さんにOTCの続命湯を2袋飲ませて,紹介状を書いて行かせたら,10例中半数くらいは,病院に着いたときにだいぶ症状が良くなっていたとか,CTを撮ったら出血層が広がっていなかったということがありました。もちろん現在は江戸時代ではありませんから,続命湯だけ与えて家に帰らせるようなことはできませんが。
 次の八味丸はあまりにも有名過ぎる処方ですが,いかがでしょうか?
髙山:私のクリニックでは煎剤も出していましたから,続けて飲ませる場合には丸薬にし,急性では湯液にして使い分けていました。その際,丸薬では乾地黄,湯液では熟地黄を用います。丸薬は蜜を煉って作るため胃腸障害を起こしません。
織部:乾と熟を使い分けたほうがよいということですね。四物湯ではどうでしょうか?
髙山:四物湯の場合も煎剤で出すときは熟地黄が多かったですが,たとえば虚熱がずっと続く人の場合,陰虚があったりするので,こういった場合は乾地黄のほうがいいです。
織部:『金匱要略』には八味丸だけですが,エキス剤には六味丸と牛車腎気丸があります。どう使い分けていましたか?
髙山:陰虚燥熱によって四肢煩熱があったり,陰虚陽盛で六味丸の適応の人は意外に多いです。臨床的に腎陰虚証は多いので,『傷寒・金匱』の時代にもあって然るべき処方だったでしょう。牛車腎気丸はあまり使いませんでしたが,腎陽虚で水腫を伴い利水薬を加えなくてならないときには優れた処方です。
織部:最後に越婢加朮湯が出てきます。普段からよく使っていますし,特に花粉症の時期に,実証タイプでまぶたが腫れるような場合に使うチャンスが多いですね。
髙山:織部先生がおっしゃったような場合,エキス剤でいくなら越婢加朮湯は好都合ですが,鬱熱があり,まぶたが腫れるだけでなく,痛痒いのであれば大青竜湯がいいでしょう。あるいは大青竜湯と小青竜加石膏湯を使い分けて用います。石膏は非常に面白い生薬で,私には大量に50gぐらい使うようなことはできませんでしたが,石膏を抜きにして漢方は語れないですね。
織部:湯本求真先生は50gから100gくらい使ったという話もありますし,私もアトピーで熱の強いケースに石膏をよく使っていますが,10gくらいから始めて徐々に増やしていっても20~25gくらいが上限のような気がしています。
髙山:気分の清熱剤として石膏に勝るものはありません。
織部:その気分は葉天士の衛気営血弁証の気分証のことでしょうか?
髙山:はい。『金匱要略』の「水気病」篇にも気分・血分という言葉が出てきますが,これとは意味が違います。『金匱』では,陰寒や水湿によって気の流通を邪魔された結果生じた病変を気分といい,血行不良が原因で水気病を発した場合を血分といっています。私の言っている気分は,陽明病の陽明経証で,白虎湯や白虎加人参湯を使う機能的な熱性病変で,非常に高熱を発するものです。
織部:江戸時代の本を読んでいると,これは気分の病だとか,血分の病だと書かれていたり,『金匱要略』にも気分や血分という言葉が出てきます。葉天士の衛気営血弁証の気分証や血分証というのもあります。ですから文章にその言葉が出てきたらその気分や血分とは何なのか理解したうえで解釈しなければなりません。たとえば陰虚は,中医学では陰を形成する腎精や津液・血の不足のことであって,そのために相対的に熱を生じて虚熱証が現れるなどと考えます。しかし,日本漢方の陰虚証は陰病期で虚証の人と理解されているので冷えの症状が現れることが多いのですね。そうすると中医学の陰虚と日本漢方の陰虚では寒熱がまったく逆になる可能性もあります。ですから,どういった立場からその言葉を使っているのかを理解しておかなければ同床異夢のような感じになってしまいます。
髙山:そうですね。中医学で陰虚といえば,六味丸を中心とした処方が出てきますし,日本漢方の陰虚証だと四逆湯になります。

血痹・虚労病

織部:次は「血痹・虚労病」篇ですけれども,本篇は慢性疾患に対する治療のエッセンスが結構入っていて示唆に富んだ篇だと思います。まず血痹ですが,どう考えればいいですか?
髙山:本篇では,血痹については冒頭に少し触れられているだけで,大部分は虚労病に関する記述です。血痹は気血不足があるところに風邪を受けて血行が阻害され四肢の痺れや麻痺を生じる病ですが,血だけでなく気もかかわっているので,広い意味では血痹も虚労病(種々の原因から起こる元気や精血の不足による慢性の消耗衰弱性疾患の総称)のなかに入れても構わないと思います。気血のうち血の病変が強いのが血痹で,気の病変が強いのが虚労病として扱われているものだと考えてもよいでしょう。
織部:血痹に用いる黄耆桂枝五物湯は使うチャンスが多いですね。虚労病には桂枝加竜骨牡蛎湯,小建中湯,黄耆建中湯,酸棗湯(酸棗仁湯)などいろいろな処方が出てきますが,桂枝加竜骨牡蛎湯のポイントは?
髙山:桂枝加竜骨牡蛎湯は,腎の陰陽両虚による気血の不足があって,腎陽が腎陰からの滋養と制約を失って虚陽が浮き上がり,精神症状を呈したものに使います。心の陰陽がともに消耗・不足して,心の陽気が腎精や血など陰の要素を振り切って上にあがっていくと精神症状が起こりやすくなりますが,処方中の竜骨と牡蛎はそういう場合に使えます。また牡蛎には腎が腎精を固摂できず精が漏れ出すのを止める働きがあるので,特に下焦の固摂作用を守るという目的でも桂枝加竜骨牡蛎湯が使えます。
織部:桂枝加竜骨牡蛎はエキス剤にあるので使うチャンスは多いですね。
髙山:酸棗湯は肝血が不足して,『霊枢』に記されているように陽気が夜になっても肝に納まりきらず不眠となるものに使います。ところがこれだけではなかなか効かないことから,最近は抑肝散などがよく使われているようです。しかし肝腎から虚陽が浮越するのを抑えて引き留め,潜陽安神させる働きを強化する目的で桂枝加竜骨牡蛎湯を併用したほうがいい不眠症も多いでしょう。
織部:『金匱要略』ではありませんが帰脾湯は?
髙山:心脾の虚であれば帰脾湯,肝の虚であれば酸棗仁湯を使います。
織部:つまり同じ虚証の不眠症をみても,心の問題なのか肝なの問題なのか弁証する必要があるということですね。
髙山:『金匱要略』のアプローチは,五臓のいずれに問題があるのかを診ることが出発点になります。

痰飲・水気病

織部:最近は健康のためといって水をたくさん飲む人が増えています。しかし脾腎陽虚の人に水をどんどん飲ませるのはどうなのだろうと疑問に思う例が目立っています。『金匱要略』は水の代謝に関してもかなりのページを割いていますね。
髙山:体液の異常は津液の不足(虚証)である陰虚と,水液の過剰・停滞(実証)である痰飲病・水気病などがあり,『金匱要略』では「痓・湿・暍病」篇,「痰飲・欬嗽病」篇,「水気病」篇の3篇の中心テーマになっています。表では「痓・湿・暍病」篇が,裏では「痰飲・咳嗽病」篇が参考になり,理論的な背景に関しては「水気病」篇を参考にすべきでしょう。日本人は体質的に脾虚痰飲証民族ともいうべきで,脾胃が弱いためにエネルギー供給が不足しやすく,痰飲が溜まりやすい,いわゆる因虚致実の例が多いですね。気虚であっても陽虚であっても,痰飲証が現れてきます。ですから水飲の代謝が悪いときは,陽虚があれば補陽の薬を,気虚があれば補気の薬を考えなくてはいけません。
織部:昔は「難病奇病をみたら,瘀血を疑え」,少し前は「寒を疑え」などといわれていましたが,最近は痰飲も馬鹿にならないと思っています。ちょっとおかしいなというときは,五臓六腑のどの病であっても痰飲がこびり付いているのではないかと疑っています。たとえば副鼻腔炎に対して辛夷清肺湯でなかなか治らないとき,瘀血によるものとみて辛夷清肺湯に桂枝茯苓丸加薏苡仁を合方するのも手ですが,舌に苔が付いていたら二陳湯を合方すると上手くいくケースがあります。
髙山:津液は五臓六腑に行き渡っていなくてはならないものですが,これが過剰になって痰飲になるといろいろな病証を引き起こしますので,『金匱要略』でも水については非常に詳しく述べています。これは『傷寒論』や『金匱要略』が臨床医学システムとして進歩してきたからでしょう。



【編集部】
対談ではこの後,婦人疾患を取り扱う婦人病3篇(婦人妊娠病,婦人産後病,婦人雑病)が続く予定であったが,時間の都合で詳しく触れる時間がなくなってしまったのは残念でした。現代でも十分に通用する実際的価値の高い内容であるだけに,『金匱要略』の婦人疾患をメインテーマとした対談の機会を心待ちにしたい。




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髙山 宏世(たかやま・こうせい)
漢方三考塾

1962年,九州大学医学部卒業。1963年,九州大学医学部第三内科教室入局。1970年,福岡鳥飼病院内科勤務。1974年,髙山クリニック(福岡市中央区)開業。1979年,寺師睦宗先生に師事。2007年,院長職を辞任。以後,執筆と講演活動に専念。
おもな著書:『腹証図解 漢方常用処方解説』(1988年),『古今名方 漢方処方学時習』(1998年),『弁証図解 漢方の基礎と臨床』(2003年),以上3冊は漢方三考塾叢書,日本漢方振興会漢方三考塾発行。『傷寒論を読もう』(2008年,東洋学術出版社)『金匱要略も読もう』(2016年,東洋学術出版社)ほか多数。



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織部 和宏(おりべ・かずひろ)
織部内科クリニック院長

1973年,神戸大学医学部卒業。1976年,九州大学温泉治療学研究所内科入局。1980年,大分赤十字病院第二内科部長。1986年,織部内科クリニック開業。
おもな著書:『漢方事始め』(日本医学出版),『各科の西洋医学的難治例に対する漢方治療の試み』(たにぐち書店),『各科領域から見た「冷え」と漢方治療』(たにぐち書店),以下共著として『漢方診療二頁の秘訣』(金原出版),『名医と治す漢方辞典』(朝日新聞社),『漢方治療の現場から』(たにぐち書店),『漢方川柳い・ろ・は・に・ほ・へ・と』(協和メドインター),『山田光胤先生からの口伝』(たにぐち書店),『東洞先生はそうおっしゃいますが』(たにぐち書店)など。





中医臨床 通巻149号(Vol.38-No.2)特集/薬局における漢方・生薬製剤の中医学的運用(後篇)


『中医臨床』通巻149号(Vol.38-No.2)より転載


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