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通巻149号(Vol.38-No.2)◇【リポート】第1回天津日中中医学シンポジウム

REPORT 第1回天津日中中医学シンポジウム
再び始まる日中学術交流の絆

[編集部]

「伝統医学の日中学術交流を再び強固なものに―」。そんな願いを実現すべく,2017年4月1日,中国・天津の天津中医薬大学において第1回天津日中中医学シンポジウムが開催されることになり,日本側訪中団に同行させていただく機会を得たので報告する。




日本と天津に架けられた交流の橋

 日本と天津中医薬大学との間に交わされた伝統医学の学術交流の芽吹きは30年前に遡る。東京・大森にある後藤学園と天津中医学院の姉妹校締結(1987年)が始まりだ。後藤修司学園長と兵頭明先生がその架け橋を築いた。これまで,この橋を渡り天津で中医学を学んだ日本人留学生は数多い。また兵頭先生と天津の劉公望先生が日中それぞれの代表となり共同で編纂した『針灸学』シリーズは,日本の鍼灸教育に中医学を導入する際の礎となり,いまもなお中医学を学習する者の最良のテキストとなっている。元・天津中医学院中医薬研究院院長の高金亮先生とその弟子・孟静岩先生が作った『中医基本用語辞典』,脳卒中後の麻痺等に用いられる醒脳開竅法を日本に紹介することになった石学敏先生の『写真でみる脳血管障害の針灸治療』など(いずれも東洋学術出版社刊),天津から日本にもたらされた中医学知識はすこぶる多く,人的交流も含め,日本と天津のつながりは強固なものであった。天津中医薬大学では2000年から現在までの間に日本人留学生164名(学習期間が半年以上の研修生・学部生・修士学生・博士学生)を養成し,毎年50~80名の短期研修生(学習期間が半年以下)を育成してきたという。
 しかし近年,学術交流の絆は細くなっており,現在の日本人留学生は7名しかいないという。両国を結びつけた絆をもう一度強固なものにしてゆくために今回の日中中医学シンポジウムが企画された。

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シンポジウムに先立ち記念撮影。



天津との交流をもう一度盛んなものに

 今回天津を訪問した訪中団は,団長の安井廣迪先生(安井医院・医師)をはじめとして,金沢から小川恵子先生(金沢大学付属病院漢方医学科・医師),富山から津田昌樹先生(はり灸夢恵堂・鍼灸師),新潟から笛木司先生(マツヤ薬局・薬剤師),静岡から本川哲也先生(静岡県庁診療所・医師),熊本から渡邉大祐先生(小雀斎漢方針灸治療院・鍼灸師),横浜から清水真知先生(薬剤師)・鈴木聖子先生(薬剤師)・加藤亮子先生(管理栄養士)(いずれも平安堂薬局)と筆者の10名。
 シンポジウムの発起人は団長の安井廣迪先生(写真)である。安井先生は,1990年の1年間,客員教授として天津で過ごした経験を持ち,天津との伝統医学交流を築いてきた1人だ。その安井先生は「かつては日本と天津の交流は非常に盛んだったが,現在は段々と交流が衰えていって非常に寂しい状況になっている。もう一度交流を盛んにしなければならない」と危機感を募らせる。「これをきっかけとしてもう一度かつてのような交流を皆さんにしてほしいと願っている。鍼灸だけでなく湯液も含めすべての分野で交流を深めたい」と今回のシンポジウムを企画したねらいを語る。あえて「第1回」と付けたのには,今後毎年1回開催して,2回,3回と継続することで交流をさらに深めてゆきたいという考えからだ。

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いまの天津の中医学を垣間見る

 現在,天津中医薬大学には,在校生が15,103人(大学院生3,457人,学部生8,004人,留学生2,113人,社会人教育学生1,528人)おり,中国の技術部門最高の称号である中国工程院院士3名(張伯礼・石学敏・劉昌孝)を擁する。中医学院・中薬学院・針灸推拿学院・看護学院・管理学院など16部門から構成され,大学直属の附属病院は3つ。最大の第一附属医院は南院・北院の2つからなり,両院合わせて敷地面積26万m2,ベッド数は2,600床,外来患者数は8千人/1日を超える。心・脳血管病の2大「国家中医臨床研究基地」であり,特に鍼灸に関しては中国全土の鍼灸センターとしての役割を担っており,鍼灸専門の施設として病院の規模・患者の数・医師の質のいずれにおいても中国屈指のレベルを誇っている。
 シンポジウムに先立ち,訪中団一行は天津中医薬大学の臨床技能トレーニングセンターを見学したり,天津市南郊外に2014年に新設された天津中医薬大学第一附属医院南院や,完成間近の大学新キャンパスを見学した。また中国を代表する大手製薬企業の「天士力」も訪問。同社を代表する中成薬・複方丹参滴丸はすでにFDA第3相試験を終えており,米国での上市が期待される最有力の中成薬の1つである。
 新キャンパスは街の中心部から車で1時間ほど西南方向へ行った郊外に位置し,広さは現キャンパスの約5倍の173万m2(東京ドーム37個分)という広大な規模を誇る。堀をうがち,山を築き,教育・行政関連の建物が林立し,さらにここには全国最大規模の中医薬博物館や中薬植物園,全国最先端の科学技術センター,中医薬国際教育センターが建設される予定だという。築かれた山にはたくさんの薬用植物が植樹されており,草木の緑色と水の青色に彩られるであろう新キャンパスには来年2018年に移転する。

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天津中医薬大学第一附属医院北院。

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天津中医薬大学第一附属医院南院。

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教学楼のロビーに建つ郭靄春先生(1912-2001)の銅像の前で。郭先生は中国における『内経』研究の第一人者。

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「天士力」の広大な敷地内に,社に貢献した人物の手形が並ぶストリートが。まるでチャイニーズ・シアター前に刻まれたハリウッドスターの手形・足形のようだ。



シンポジウムの概要

 シンポジウムは4月1日(土)に開催された。大きく「中薬・方剤」「鍼灸」「中医基礎理論」の3つのカテゴリーに分けられ,日中それぞれの演者が登壇し講演・質疑応答の形式で行われた。



●中薬・方剤

 先陣を切ったのは笛木司先生。笛木先生は自身が開発した『和剤局方』の煮散法を応用した中薬抽出法について講演した。煮散法とは薬方を粉末にしてから煎じるやり方のことで,宋代を中心に用いられていた方法。用いる生薬量が少ない・煎じる時間が短い・調剤が簡単というメリットがあるという。笛木先生はこの煮散法をさらに簡略化し,粉末にした方剤を熱湯に浸漬するだけで煎液を得る方法(Immersing Powdered Crude Drugs:IPCD法)を考案した。抽出効率は通常の煎法より高く,4分以内に抽出が完了するという。生薬資源の消費を抑制するうえでも興味深い方法と思われた。
 小川恵子先生は硬化療法や手術が困難な小児リンパ管奇形に対し,漢方治療が奏効した例を報告した。患児には著しい自汗があったことから『金匱要略』の「腠理を開き,汗大いに泄れ」を目標に越婢加朮湯エキスを与え,まだ自汗が取り切れないため黄耆建中湯エキスを兼用。その結果,自覚症状としてあった蕁麻疹は軽減し,リンパ管奇形も縮小傾向がみられたという。
 中国側からは馬迪先生が伝統的な湯剤の煎じ方と,天津中医薬大学第一附属医院で行われている現代的な煎じ方を紹介。同病院では①伝統的に土鍋で煎じる(小児用),②ステンレス製容器で煎じる,③マイコン煎薬機を用いるなどの方法が採られている。特にマイコン煎薬機はマイコン制御によって自動的に火加減を調整し,攪拌,煎じカスの除去等を行い最終的にパック詰めされた煎剤を作る。また同病院での品質管理の状況や煎薬室のバーコード管理のプロセスについても紹介した。
 呉嬌先生は,葛根と石膏の薬対の最適な配合比率を究明した研究について紹介。葛根引子(1:4),葛根白虎湯(1:2.5),麻黄葛根湯,(1:1)桂枝石膏湯(3:8)(カッコ内は葛根と石膏の比率)の4つの伝統方剤を用いて,①原方剤,②石膏を除く,③葛根と石膏の比率を1:2に調整するという3つの方法でそれぞれ煎じ,葛根素の抽出量を比較した実験である。結果は『傷寒論』の葛根石膏湯の葛根と石膏の比率と同じ1:2が最も煎出量が多いことが明らかになったという。

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『和剤局方』の煮散法にヒントを得て考案したIPCD法について講演する笛木司先生。

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治療困難な小児リンパ管奇形に対し,漢方エキス剤治療が奏効した例を報告した小川恵子先生。



●鍼灸

 津田昌樹先生は鍼を刺入せず皮膚に接触することで治療する接触鍼法の概要を紹介した後,実技を披露した。接触鍼は直接「気」に働きかけることができ,微細な気の操作がしやすく,随証的に応用範囲が広いことが特徴で,皮膚を治療対象とし,痛みがなく感染のリスクがほとんどないというメリットがあるという。津田先生は小学生から30歳くらいまでに対してはほとんど接触鍼で治療しており,比較的男性が多く,呼吸器・消化器系疾患といった内臓の機能的なものに適応し,全身的に用いるが特に肩背部に多用するという。応用範囲はかなり広範に及ぶが,特にほとんど痛みのない接触鍼法は身体感覚が繊細で敏感になっているがん患者の緩和ケアに有用である。
 郭義先生は眼精疲労治療に用いる「眼鍼方」について講演するとともに実技を披露した。まず鄭魁山の過眼熱刺鍼法について紹介。鍼灸の効果を上げるうえでは選穴だけでなくそこにどのような手技を施すかが重要である。講演では熱補法の主要穴の1つである風池穴の使い方を解説し,押手を使って穴周辺に気を留める守気の重要性を強調した。さらに郭義先生が「眼鍼方」(風池・印堂・陽白・魚腰・太陽・攅竹・上睛明・承泣・外関などの9穴を使う)を用いた臨床観察研究について述べ,本方が眼精疲労に対し一定の効果を上げたことを紹介した。
 陳澤林先生は腕踝鍼の基礎と臨床および将来の展望について話した。腕踝鍼とは手首に6つと足首に6つある取穴点を用いて治療する鍼法のことで,麻痺や痛みだけでなく内科・婦人科・皮膚科等各科に及ぶ広範囲の疾患に用いることができるとされる。すでに中国では2009年に腕踝鍼の国家標準(GB)が公布されている。陳先生は腕踝鍼が誕生してから日が浅く,研究数は不足しているため,多施設でより多くのサンプルを集めた研究が必要であると結んだ。
 馮宇先生は,円皮鍼療法の概要と将来の展望について講演した。皮内鍼は日本ではなじみ深い鍼であるが,中国では埋鍼法とも呼ばれており,現代中医鍼灸の父・承淡安が赤羽幸兵衛氏の皮内鍼を模倣して作ったという。2008年に公布されたGBの鍼灸技術操作規範の1つとして皮内鍼の基準が定められている。肥満・顔面麻痺・頸椎症・小児遺尿・不眠症等に用いられることが多いという。浅刺・無痛・便利・持続性といった点に優れる皮内鍼は,難しい手技が不要で,経絡と穴をマスターするだけで用いることができるため,今後さらに広がることが期待されると述べた。

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刺さない鍼の接触鍼法を披露する津田昌樹先生。

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眼鍼方を披露する郭義先生。効果を引き出すためには手技の修得が欠かせない。



●中医基礎理論

 安井廣迪先生は日本の漢方医学の特徴について講演した。中医学では症候をもとに病態を分析し,証を弁別し,治法を立て,それに応じた処方を用いる弁証論治を用いるが,日本の漢方医学では症候と処方を直接結び付ける方証相対を用いる。方証相対の創始者・吉益東洞は病因病機を論じず,症候と処方選択の間をブラックボックスとして直接処方に結び付けたが,東洞以後はブラックボックスのなかに口訣を入れた形の方証相対に変化した。さらに現在ではブラックボックスのなかに,気血水・表裏・寒熱・六病位などをカテゴリー分類として取り入れ,さらに口訣だけでなく統計学も入った形の方証相対になっていることを解説した。
 シンポジウムの最後は,孟静岩先生が陽気および扶陽派とその理論について講演した。陽気にはもともと,自然界の雲気と呼吸の息,さらに万物のもととした道家哲学の概念などの意味があり,『内経』では陰陽の変化はこの世で最も根本的な変化形式であり,「陽は気を化し,陰は形を成す」つまり陰は物質の基礎,陽は動力と認識されている。陽気は生命活動を主導するものであり,温煦・防御の働きを有する。こうした考えは後に扶陽派の形成に結び付き,張仲景・李東垣・張景岳・趙献可,さらに清代末の鄭欽安へとつながる。現代の扶陽派は陰陽学説を基礎とし「陽主陰従」を提唱し,扶陽こそが重要であり,「扶陽抑陰・用陽化陰」を主張する。臨床においては乾姜・桂枝・附子といった温陽通陽の薬物を用いると結んだ。

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今回のシンポジウムの発起人であり訪中団の団長の安井廣迪先生。
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『中医基本用語辞典』の主編者でもある孟静岩先生。




 今回の訪中・シンポジウムは張伯礼学長はじめ,孟静岩先生・郭義先生ら多くの天津中医薬大学の先生方に支えられて実現した。また張伯礼先生のもとで学び,18年間天津に滞在し現在も日々の臨床や日本語クラスの生徒たちの教師としても活躍する柴山周乃先生と大勢の日本語クラスの学生らに支えられた訪中でもあった。彼らの用意周到な受け入れ体制と交流にかけた熱意なくしてこれほどの充実感は得られなかったであろう。9年前に筆者が天津に取材で訪れたときにも感じたことであるが,日本語を話せる専門家や,日本語を学ぶ学生の多さは他の地域にない特色であり,単に言葉の壁を超えるだけでなく異文化に対する理解度も群を抜いており,このシンポジウムが今後第2回,第3回と継続してゆく土台はしっかりしていることが確認できた。今後の発展に期待感を強くして天津の地を後にした。(井ノ上 匠)





中医臨床 通巻149号(Vol.38-No.2)特集/薬局における漢方・生薬製剤の中医学的運用(後篇)


『中医臨床』通巻149号(Vol.38-No.2)より転載


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